飼料作物病害図鑑

ライグラス いもち病 リスク評価スコア3.0 (3,3,3)

激発圃場 病徴(別の病徴) 病原菌(分生子、他宿主菌との比較) イタリアンライグラスへの接種病徴(上:ライグラス菌、中:オーチャードグラス菌、下:ライムギ菌)

病徴:暖地で発生が多い斑点性の糸状菌病。病斑は短い紡錘形で、灰白色、周縁部は褐色となることが多い。病斑の長さは2-5mm程度であるが、激発すると病斑が融合し、葉全体を枯らす。また、播種1ヶ月程度の幼苗期に発病すると株全体が枯死する立枯症状を引き起こす。芝草では西南暖地を中心に、夏季に播種したペレニアルライグラス子苗で激発することがあり、円形〜不定形のパッチを形成する(田中 2007)。

病原菌:Pyricularia oryzae Cavara [=Magnaporthe oryzae B. Couch]、子のう菌
日本では1970年に静岡で初めて自然条件下での発生が報告されたが、これはイネいもち病菌によるものであった(農林水産研究文献解題〜ライグラスの病害)。ライグラス本来の病原菌はイネいもち病菌と同種であるが、イネに対する病原性は無い、または品種によっては弱い病原性を示し、ライグラス類の他、フェスク類、チモシー(杉山ら 1990, 加藤ら 2000)、アゼガヤ、カゼクサ(西見ら 2006)に強い病原性を示す。メヒシバは抵抗性反応を示す(鈴木ら 2015)。イネ菌はライグラスへの病原性は弱いが、イネ圃場内ではライグラスに感染できる(荒井・鈴木 2007)。エンバク菌のライグラスへの病原性はごく低い(杉山・松本 1985)。ライグラス菌系は栽培植物寄生菌群に属するが(草場ら 1999, Tosa et al. 2007)、同菌群のシコクビエ菌系とは明らかに異なる(山頭ら 2004, Kusaba et al. 2006)。ライグラス菌は、オーチャードグラス、ライムギ、エンバク菌などと共に相互の宿主に感染し、これらは同一菌系と考えられる(月星 2011d)。RAPD法(浦田ら 2000)およびフィンガープリンティング法(荒井・鈴木 2008)による個体群解析が試みられている。日本産ライグラス菌のハプロタイプは米国産に比べ単純であり、米国由来であると考えられている。ライグラス菌は低温ではコムギに非病原性であったが、コムギ菌はライグラスにある程度の病原性を示すとも報告されている(中川ら 2003)。庄内地方の野生化したイタリアンライグラスでは、メヒシバいもち病菌 P. greseaが多数を占め、これらはイタリアンライグラスにP. oryzaeとは異なるタイプの病斑を形成し、毒素ピリカラシンHを産生した(鈴木ら 2015b)。ライグラスを含むイネ科寄生菌群はMagnaportheとは異なることが分子系統から明らかにされた(Murata et al. 2014)。


生理・生態:イネおよびライグラスのいもち病菌に対する抵抗性反応(荒瀬ら 1983, 1984)およびイネ葉摩砕液の抵抗性への影響(荒瀬・高津 1986)が明らかにされている。立枯症発生のための発病適温などの条件が解明された(角田ら 2002, 2003)。病斑拡大および胞子形成など抵抗性の要因解析が行われた(月星ら 2008a, 2008c)。一部の抵抗性系統では細胞内にパピラ様構造を形成し、菌の侵入を阻止することが報告されている(月星ら 2013d)。ライグラスいもち病菌にはコムギに対する非病原力遺伝子PWT3があり、これを破壊するとコムギへの病原性を獲得する(井上ら 2015, トリンヴィら 2015)ことなどから、進化の過程でライグラスからコムギへの宿主移動が起きたと推定されている(Tosa and Chuma 2014, Tosa et al. 2016)。

防除法:冠さび病との複合抵抗性検定法(井上ら 1990, 1992, 1995)、幼苗による立枯症検定法(角田ら 1998, 1999)および圃場検定法(山下ら 2010)が開発され、これらをもとに抵抗性品種「さちあおば」(水野ら 2002, 2003)、「Kyushu 1」(荒川ら 2016a, 荒川 2021)および「はやまき18」(日本草地畜産種子協会 2017)が育成された。ライグラスの抵抗性選抜効果も明らかになっており(藤原ら 2003, 荒川ら 2016b, 2018, 2019, 2020, 桂ら 2018, 上山ら 2019)、切離葉による抵抗性検定等により(Takahashi et al. 2009)、JFIR-14など新たな抵抗性系統も育成・登録されている(佐々木ら 2012, 平田ら 2012)。抵抗性遺伝子LmPi1, LmPi2についてはAFLP解析等により、連鎖地図でのマッピングとDNAマーカーが開発されている(Miura et al. 2005, Takahashi et al. 2010, Takahashi et al. 2014, 高橋ら 2014)。また、播種期の気温が24℃以上になると発病しやすいことから、激発地では播種期を遅らせることにより、被害を軽減できる(角田ら2003)。抵抗性品種の播種適期(尾崎ら 2002, 清ら 2015)およびエンバクとの混播の効果(深川ら 2002a, 2002b)が明らかになっている。暖地で年内の収量を確保するためにエンバクとイタリアンを混播する場合は、より抵抗性の強い「Kyushu 1」などを用いる必要がある(桂 2019)。ライグラスのエンドファイト感染個体はいもち病に対してより抵抗性を示した(島貫ら 1999a, 1999b)。他病害抵抗性育種のためにいもち病を抑える薬剤(福原・角田 2001)および殺菌剤種子粉衣による防除(月星ら 2010a, 2010b, 東ら 2011a, 2011b)が報告されているが、農薬登録がないため使用できない。

総論:角田(2002), 田中(2007), 西見ら(2009), 月星(2011c, 2011d, 2012d, 2019)



ライグラスいもち病菌は分子系統解析の結果、イネいもち病菌やコムギ菌、オオムギ菌、ライムギ菌、ベントグラス菌などとともに、Pyricularia oryzae 栽培植物寄生菌群(CC-group)に分類される(左図)。このグループ内でも寄生性は分化しており、ライグラス菌はイネには病原性がない、イネ菌はイネには強い病原性、ライグラスには弱い病原性があるなどが報告されている。
β-tubulin領域に基づくイネ科植物寄生性いもち病菌の分子系統樹(NJ法,数値はブートストラップ確率)
ライグラスいもち病の発生調査の結果、本病の推定分布北限は9月の月平均気温22℃境界線とほぼ一致した(月星ら 2010b)。今後の気候温暖化現象で平均気温が60年後に3℃上昇すれば、発生北限は本州北端に到達すると予想される。また、9月の日平均気温が22℃を超える日数により発生リスクを予測した結果、東北北部以北はリスクが低いが、東北南部では今後発生するリスクが高いと推定される(左図)
発生リスク予測および60年後の発生分布予想

畜産研究部門(那須研究拠点)所蔵標本(いもち病罹病葉)

標本番号 宿主和名 宿主学名 症状 採集地 採集年月日 採集者
N12-15 アワ Setaria italica Beauv. いもち病 宮崎県椎葉村不士野 日添 1979.9.12 西原夏樹
N12-67 宮崎県都城市横市 1979.9.14 西原夏樹・岡田 大
N13-13 千葉県印旗郡印西町 1969.10.7 西原夏樹
N12-23 イネ Oryza sativa L. 栃木県矢板市安沢 1979.7.17
N13-31 ウィーピングラブグラス Eragrostis curvula Nees 栃木県西那須野町草地試験場見本園 1972.10.12
N13-34 栃木県西那須野町栃木県酪農試験場 1974.9.20
N13-35 1974.9.4
N12-10 エノコログサ Setaria viridis (L.) Beauv. 宮崎県日向市圧手 1979.9.11 西原夏樹・田村紘吉
N12-77 唐津市郊外櫨の谷 1979.10.14 西原夏樹
N13-26 千葉県八衛町千葉県酪農試験場 1974.8.29
N14-26 オヒシバ Eleusine indica (L.) Gaertn. 熊本県菊池郡西合志町九州農試 1975.10.28
N13-21 栃木県西那須野町栃木県酪試 1975.10.10
N13-27 千葉県八衛町千葉県酪農試験場 1974.8.29
N13-30 栃木県西那須野町栃木県酪試(自生) 1974.9.4
N13-38 栃木県西那須野町栃木県酪試 1975.10.2
N13-29 いもち病・葉腐病 栃木県西那須野町栃木県酪試 1974.9.20
N13-37 オヒシバ類 Eleusine floccifolia (Forssk.) Spreng. いもち病 栃木県西那須野町栃木県酪試 1975.10.2
N13-16 カラードギニアグラス Panicum coloratum L. 熊本県菊池郡西合志町九州農試草地部 1975.9.4
N13-39 シコクビエ Eleusine coracana (L.) Gaertn. 栃木県西那須野町栃木県酪試 1975.10.2
N15-39 スイートバーナルグラス Anthoxanthum odoratum L. 千葉畜試 1972.9.26
N22-84
N13-28 栃木県西那須野町草地試験場 1974.8.16
N13-36 スイートバーナルグラス(?) Anthoxanthum odoratum? 栃木県西那須野町草地試験場芝生 1974.9.14
N13-25 トールフェスク Festuca arundinacea Schreb. 栃木県西那須野町草地試験場 1974.8.13
N13-24 トールフェスク(野生種) 栃木県西那須野町草地試験場(野生)
N13-19 トキワメヒシバ Digitaria smutsii Stent 熊本県菊池郡西合志町九州農試草地部 1975.9.4
N13-22 ナルコビエ Eriochloa villosa (Thunb.) Kunth 千葉県八街町千葉県酪農試験場 1972.10.3
N13-20 ヌカキビ Panicum bisulcatum Thunb. 栃木県西那須野町草地試験場 1975.10.2
N12-22 ヌカキビ(アシボソ?) Panicum bisulcatum? 栃木県西那須野町草地試東宿舎菜園水道栓脇 1979.7.20
N12-34 ヌカキビ? Panicum bisulcatum? 栃木県矢板市安沢 1979.7.17
N15-16 ヒエ Echinochloa utilis Ohwi et Yabuno 山形湯花原 1972.8.26
N14-34 マコモ Zizania latifolia (Griseb) Turcz 佐賀県伊万里市府招 1975.10.31
N13-14 千葉県佐原市水郷 1969.7.19
N13-15 千葉県成東町 1969.10.7
N13-18 ミョウガ Zingiber mioga Roscoe 栃木県西那須野町草地試(自生) 1975.10.20
N22-68 メヒシバ Digitaria ciliaris (Retz.) Koel. 千葉酪試 1972.7.21
N13-83 熊本 1975.9.4
N13-23 リードカナリーグラス Phalaris arundinacea L. 栃木県西那須野町草地試験場 1972.10.12
N13-32 栃木県西那須野町草地試験場(糞尿多用試験区) 1974.8.15, 1974.9.20
N13-33 栃木県西那須野町栃木県酪農試験場 1974.9.4

(月星隆雄,畜産研究部門,畜産飼料作研究領域,2021)


本図鑑の著作権は農研機構に帰属します。

前のページに戻る