Toward a Global Network for Persistent Organic Pollutants in Air: Results for GAPS Study
Environmental Science & Technology 40(16); 4867-4873 (2006)
POPs(残留性有機汚染物質、Persistent Organic Pollutants)とは、人の健康や生態系に対して有害な物質のうち、環境中での長期残留性、生物濃縮性、長距離移動性をあわせ持つものをいう。POPsによる地球規模の汚染を防止するため、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(POPs条約)が2004年5月に発効し、国連環境計画(UNEP)の後援によって地球規模での監視体制が構築された。監視の対象となっている物質は現在のところ、DDT、ドリン類、クロルデン、マイレックス、ヘプタクロールなど9種類の有機塩素系農薬(以後OCP類とする)と、PCB類、ダイオキシン類、フラン類である。
地球規模でPOPsを監視するための環境媒体としては、二枚貝をはじめとする生物、人の母乳などのほか、大気が重視されている。大気中のPOPs濃度の測定には、大量の大気を吸引して捕集資材に通し、目的とする成分を捕集するハイボリウムアクティブエアサンプラーによる方法がこれまで使われてきた。だが、この方法には、高価な装置や電力が必要で、地球規模での実施やデータの比較は困難であった。そこで、もともとは揮発性物質の捕集に用いられていたパッシブエアサンプラーを、半揮発性あるいは不揮発性の有機化学物質であるPOPsの捕集に用いる研究が進められている。パッシブエアサンプラーは、単純、安価、電力が不要などの利点があるため、ハイボリウムアクティブエアサンプラーを補完する意味でも今後重要になると考えられる。
ここで紹介する論文は、全球規模でのPOPsの分布を評価する際に、パッシブエアサンプラーを利用できるかどうかの実証研究(Global Atmospheric Passive Sampling (GAPS) 研究)の結果をまとめたものである。GAPSネットワークは、極域を含む世界の41地域で、2004年12月から2005年3月までの間、ポリウレタンフォーム製のディスクを用いたパッシブエアサンプラーを設置し、同時に大気サンプリングを行った。カナダ環境省がパッシブエアサンプラーを用意し、各地域の担当者との連絡(設置方法、捕集時期などの統一)、送付、回収、分析のすべてを同一機関で行った。そのため、分析機関が異なることによる結果のばらつきが抑えられ、各地点での分析データの比較が容易になった。
評価の対象とした物質は、POPsに指定されているOCP類とPCB類、将来POPsに指定される可能性のある臭素化ジフェニルエーテル(PBDE)類とヘキサクロロシクロヘキサン(HCH)である。全球規模での捕集の結果、α-HCH、クロルデン、ディルドリン、DDTとその異性体が、ほとんどの地点で検出された。いくつかの地点では高い値を示し、その要因として、過去に使用されたものが環境から再放出されていること、あるいは現在も継続して使用されていることが考えられた。
各物質の大気中濃度(幾何平均)は、HCH(α-HCHとγ-HCHの合計)が 8.5 pg/m3、クロルデンが 2.6 pg/m3、ディルドリンが 0.8 pg/m3、DDTの代謝物であるpp'-DDEが 0.8 pg/m3であった。現在も農薬として使用されているγ-HCH (リンデン)とエンドスルファンが、高い濃度(それぞれ 5 pg/m3と 58 pg/m3)で検出され、地域差も大きかった。PCB類とPBDE類は、過去の使用パターンを反映して、都市とその近郊で高く、PCB類は 17 pg/m3、PBDE類は 4 pg/m3であった。( pg(ピコグラム) = 10-12(1兆分の1)g )
この論文の研究成果はきわめて意味のあるものであり、GAPSネットワークでは、POPsや今後POPsとして指定される可能性のある物質について、全球規模での分布、季節変動や年次推移を調査することを計画しているようである。農業環境技術研究所では、現在使用されている農薬のうちから、今後POPsとして懸念される農薬を簡便に選別するための「マルチメディア(多媒体)モデル」の開発に取り組んでいる。残念ながら、この論文で述べられているGAPSネットワークに、日本からの参加はなかったが、将来的には研究計画に積極的に参加していく必要があるだろう。
(有機化学物質研究領域 小原 裕三)