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情報:農業と環境 No.92 (2007.12)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: カルタヘナ議定書の宿題

カルタヘナ議定書とは

地球温暖化問題や温室効果ガス削減目標などと関連して 「京都議定書」 という言葉はよく見聞きするが、遺伝子組換え生物に関する話題では 「カルタヘナ法」 という言葉は出てきても、「カルタヘナ議定書」 が登場することは少ない。日本は2003年に生物多様性条約カルタヘナ議定書を批准し、この議定書を担保するための国内法 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法) が2004年2月から施行された。カルタヘナは、議定書策定のための国際会議が開かれた南米コロンビアの都市である。

カルタヘナ議定書は、遺伝子組換え生物の野外 (開放系) での使用が、生物多様性の保全と農業などの持続可能な利用に悪影響とならないよう適切な予防手段を講ずることを目的としており、植物だけでなく、動物、微生物などすべての (バイオテクノロジー技術により改変された) 遺伝子組換え生物に適用される。議定書ではとくに「国境を越えた移動(transboundary movement)」に焦点をおいており (第4条)、輸入国は輸出国側から事前に提供された情報に基づき、輸入を認めるかどうかを決定する。

議定書締約国会議 (MOP)

議定書の中味はすべて固まったわけではない。第35条 「評価及び再検討」 で 「(前略) 締約国会議は、この議定書の効力発生の5年後に及びその後は少なくとも5年ごとに、この議定書の有効性についての評価 (この議定書の手続及び附属書についての評価を含む) を行う」 とあり、変化の大きい組換え生物をめぐる技術革新や社会情勢を考慮している。議定書締約国会議 (Meeting of Parties, MOP) で現在も具体的実効策が協議されている条項も多く、効力発生5年後にあたる2008年5月にドイツで開催されるMOP4が1つの節目の会議となる。

カルタヘナ議定書締約国会議 (MOP) の開催状況

 第1回 (MOP1) 2004年2月 クアラルンプール(マレーシア) 
 第2回 (MOP2) 2005年5月 モントリオール(カナダ)  
 第3回 (MOP3) 2006年3月 クリチバ(ブラジル) 
 第4回 (MOP4) 2008年5月 ボン(ドイツ) 
 第5回 (MOP5) 2010年 名古屋 (立候補,MOP4で開催地決定) 

生態学・保全生物学の役割

遺伝子組換え生物の使用による生物多様性への悪影響を防ぐために、生態学や保全生物学研究者はどのように係わっていくべきか? カナダ生物多様性条約事務局の Hill と Sendashonga は、Conservation Biology (保全生物学) 誌で 「カルタヘナ議定書で生態学・保全生物学と関係する分野はたくさんある。各国の研究者はもっとカルタヘナ議定書に関心を持ち、議定書の実効性に貢献すべきだ」 と述べている。これは2004年2月にアメリカ生態学会が「遺伝子組換え生物と環境:現在の状況と勧告」 というタイトルの政策提言書を発表したのに刺激を受け、「他国の研究者も専門分野でもっと積極的な情報発信や貢献をしてほしい」 と呼びかけたものである。

アメリカ生態学会 (Snow ら 2005) は、現在広く米国で商業栽培されている除草剤耐性や害虫抵抗性組換え作物の利益を認めた上で、 (1) 今後商業利用が見込まれる新規の形質をもった組換え植物や組換え動物・微生物ではより詳細に潜在的な環境リスク評価を行うべきであり、 (2) 開放系での商業利用が認可された後も必要に応じて環境モニタリングを行うべき――など従来よりも慎重な立場に立った提言をしている。

Hill らは、議定書で未解決や協議中の事項として以下の6項目をあげ、生態学・保全生物学分野との係わりを紹介している。

(1) 組換え生物のリスク評価、管理、識別・同定および技術移転を扱う公的機関の能力が途上国ではまだ十分には整っていない。「能力構築」(第22 条)はMOP1 (2004年会議) から重要課題となっている。

(2) 「リスク評価」(第15条)と「リスク管理」(第16条)はMOP3 (2006年会議) で細部についてより詳細に検討され、評価・管理の適用範囲が組換え植物以外にも広がるだろう。

(3) MOP3ではリスク評価・管理と関連する他の科学的および技術的な問題も検討される予定。

(4) 「組換え生物の取り扱い・輸送・包装・表示」(第18条)に関する文書はまだ未決定。MOP3では最初に表示の基準様式について議論される予定。

(5) 「責任と救済」(第27条)は少なくとも2007年まで交渉が続き、組換え生物による生態影響の潜在的シナリオやメカニズムについて議論され、MOP4 (2008年会議) までに決定される予定。

(6) 「事前の情報に基づく合意 (Advance Informed Agreement, AIA) 」 (第7条) の免除、つまり、生物多様性に有害な影響を与える可能性が低く、輸入の決定にあたりAIAを免除できる組換え生物の特定は、MOP5 (2010年会議) までに検討される予定。

Hill らは、これら6つの事項に科学者が係わり、MOPの交渉過程に影響を与える具体的方法として以下の5つをあげている。

(1) MOPで直接、研究者の知見・情報を発表する(特設ブースの設置も可能)。

(2) MOP以外の関連会議で知見・情報を発表する。

(3) 国際プロジェクトの派遣専門家として途上国の能力構築に貢献する。

(4) 市民意識の促進や講習・教育活動のための文書・資料を作成し自らも参加する。

(5) 議定書の交渉過程に関与する国の機関で働く。

Hill らの紹介が日本の生態学・保全生物学研究者の国際 (または国内) 貢献にどの程度積極的な刺激となるかはわからないが、遺伝子組換え生物を巡る問題は国内だけに収束せず、途上国を含む国際問題と関連していることは知っておくべきであろう。

「責任と救済」

ところで、第27条 「責任と救済 (Liability and Redress) 」 とは何だろうか? 第27条には 「この議定書の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議は、その第1回会合において、改変された生物の国境を越える移動から生ずる損害についての責任及び救済の分野における国際的な規則及び手続を適宜作成することに関する方法を、これらの事項につき国際法の分野において進められている作業を分析し及び十分に考慮しつつ採択し、並びにそのような方法に基づく作業を4年以内に完了するよう努める」 と記されており、先送り事項となっている。

「責任と救済」は議定書の作成時から、この条項そのものを入れるかどうかで各国間で紛糾した経緯がある。現在も途上国を中心に組換え生物による損害が発生した場合の厳格な責任を求める声が強く、さらに損害に対する補償措置として基金の拠出を組換え生物の開発国や企業側に求めている。一方、日本や欧州連合など先進国側は、「今までに組換え生物によって生物多様性を損なうような環境損害は起こっていない。生物多様性 (生態系) への損害の定義やその因果関係の検証方法も明確に提示されていない」と反論し、補償基金の拠出についても反対の立場をとっている。今年 (2007年) 10月にカナダのモントリオールで開催された特別作業部会でも協議されたが合意が得られず、2008年3月のコロンビアでの作業部会に持ち越された。2008年5月にドイツで開催されるMOP4で最終的な合意が得られるのか、現時点では見通しは立っていない。

除草剤耐性や害虫抵抗性Bt作物など遺伝子組換え作物の商業栽培が始まって10年以上になるが、世界のいずれの地域でも生物多様性に悪影響を与えるような有害事例は報告されていない。除草剤抵抗性雑草の出現 (情報:農業と環境90号) やBtトウモロコシ畑の害虫相の変化 (情報:農業と環境91号) は農耕地生態系における急速かつ大きな変化ではあるが、これは栽培管理法の変化によってもたらされた結果であり、生物多様性や自然生態系に回復不能な損害を与えるような有害影響とは規定できないだろう。第27条 「責任と救済」 は 「組換え生物の国境を越えた移動の結果生ずる損害」 を対象としているが、このような損害の具体例が明確に示されないまま協議が続けられているようだ。

組換え生物、とくに組換え作物をめぐる問題は日本でも社会的関心が高いが、世界視野でみると、貿易・経済や政治的要因に係わる部分が大きいようである。2010年には名古屋で第10回生物多様性条約締約国会議とともに第5回カルタヘナ議定書締約国会議 (MOP5) の開催が予定されている。2010年には、どんな問題が組換え生物を巡る主要な関心事になっているのだろうか。

おもな参考情報

Hill and Sendashong (2006) Conservation Biology, Genetically Modified Organisms, and the Biosafety Protocol. Conservation Biology 20(6): 1620-1625.
(保全生物学、遺伝子組換え生物、およびバイオセーフティ(カルタヘナ)議定書)

白神孝一 (2007) 生物多様性条約カルタヘナ議定書「責任と救済」の動向について.バイオサイエンスとインダストリー 65(8):29-31.

Snow et al. (2005) Genetically Engineered Organisms and the environment: Current status and recommendations. Ecological Applications 15(2): 377-404.
(アメリカ生態学会による政策提言書「遺伝子組換え生物と環境:現在の状況と勧告」)

カルタヘナ議定書(和文テキスト、外務省作成) http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty156_6.html

カルタヘナ議定書第27条「責任と救済」に関する作業部会 http://www.cbd.int/doc/?mtg=BSWGLR-04 (最新のページに変更しました。2012年1月)

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