人類が農業を開始して以来、誤った農地管理による土壌侵食や塩類集積が土壌生産力を低下させ、それがメソポタミア文明やローマ帝国からマヤ文明などの滅亡の一因になったことは広く知られている。一般向けの著作として、古くは T.カーターと V.G.ロディールの 「世界文明の盛衰と土壌」(農林水産業生産性向上会議、1957) や C.S.ヒックスの 「土と水と文明」(紀伊國屋書店、1977)、最近では J.ダイアモンドの 「文明崩壊」(草思社、2005) など多数あり、日本では石弘之の諸著作、たとえば 「環境と文明の世界史」(洋泉社、2001) が詳しい。土壌研究者の著作としては、D.J.Hillel の 「Out of the Earth」(The Free Press, 1991, 未翻訳) や佐久間敏男ら編 「土の自然史」(北海道大学図書刊行会、1998) などがある。
そうした中で、アメリカ・ワシントン大学の地形学研究グループの教授である著者 D.モントゴメリーは、地形学者らしく、土壌の生成速度と侵食速度を定量的に見積もり、その差と土壌の厚さから農業が維持できる時間を計算し、文明が維持された年数と合っていることで、土壌侵食が文明の崩壊の主要因であることを明らかにしていく。この数値の提示は、一般の人々にとっては煩雑と思われるかもしれないが、より正確な因果関係と将来予測を明示している。このようにして、現在に至るまでの農地の土壌生産力低下の歴史と未来について詳述している。
この土壌侵食や土壌生産力維持などの問題のための解決策について、これまでの著作の多くが将来の人口調節、遺伝子組換え作物の開発や情報ネットワークの発展など不確実な技術に求めていた。それに対して著者は、これまでの歴史の中の少数の成功事例 (たとえば、アマゾンのテラ・プレタと呼ばれる黒色の土壌をはぐくんだ農法) や土壌侵食を防ぎ、物質循環を利用した土壌生産力の延命が図られている実例の観察にもとづいて、不耕起栽培、有機農業と都市農業という明確な技術を提示している。不耕起栽培がすべての土壌に適応できるものではなく、有機農業もコスト上昇が生産物価格に反映されるか補助金の支給を前提とすることを認めつつ、人々の発想の転換を求めている。また、これらの技術が地球温暖化に伴う気候変動に適応できる技術であるとともに、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出削減につながる技術であることにも希望を見いだしている。
しかし、低コスト・集約的農業に向かっている現在の農業を転換させるのは容易ではない。
ところで、千年以上にわたり、土壌侵食防止と生産力維持を図ってきた水田についても言及してほしかった。十分な降水量が保証される地帯でしか適用できないという前提があるために省かれたのかもしれないが、水田作には食料生産を持続していくための多くの技術的ヒントがある。
目次
第1章 泥に書かれた歴史
第2章 地球の皮膚
第3章 生命の川
第4章 帝国の墓場
第5章 食い物にされる植民地
第6章 西へ向かう鍬
第7章 砂塵の平原
第8章 ダーティ・ビジネス
第9章 成功した島、失敗した島
第10章 文明の寿命