農業環境技術研究所の 天野達也 生物多様性研究領域研究員が、第1回(2010年度)日本鳥学会黒田賞を受賞しました。この賞は、鳥類学で優れた業績を挙げ、これからの日本の鳥類学を担う同学会の若手会員に授与するもので、本年度が第1回となります。2010年9月18日から東邦大学習志野キャンパスで開催された日本鳥学会2010年度大会において、受賞記念講演が行われました。
天野研究員は、これまで多くの研究を手がけ、25編の論文を国際誌に発表しています。時間空間的異質性の高い農地生態系に生息する鳥類の場所選択や移動に関する意志決定パターンの解明と行動予測モデル、および、日本の農地生態系の変遷に伴う鳥類群集の変化の要因の解明の研究が評価されました。
受賞記念講演の要旨は次のとおりです。
鳥類個体群の時空間動態を明らかにする包括的アプローチ
天野達也
(農業環境技術研究所)
多様な環境に適応して生息する鳥類の生態を理解するために、また、地球規模で進む環境改変が鳥類に与える影響を理解するために、どのような研究が必要なのだろうか。私が今のところ持ち合わせている答は、「多様な研究が必要」である。生態学や保全生物学の急速な発展に伴い、生物の動態を理解するために多様な研究アプローチが確立されてきた。
しばしば、如何にそれぞれが一般性の高い有効な研究アプローチであるかが議論の的となるが、どのアプローチにも長所・短所が存在し、未だ生物の動態を理解するための唯一無二のアプローチは得られていない。
例えば、鳥類個体群の動態はしばしば異なる時空間スケールで異なる生態学的プロセスによって支配されている。さらに、異なる時空間スケールでは、調査によって得られるデータがもつ情報量やその質なども大きく異なる。そのため、鳥類個体群の時空間動態を適切に理解するためには、階層的な時空間スケールの中で作用する様々な生態学的プロセスや取得できるデータの質を考慮した包括的な研究アプローチが必要となる。
このような考えの下、私はこれまで特に農地に生息する鳥類に注目し、変化する環境下での個体群の時空間動態を理解するため、国土・景観・局所という三つの空間スケールで異なるアプローチを用いた研究を展開してきた。
マクロ生態学的アプローチを採用した国土スケールの研究では、長期モニタリングデータから日本に生息する鳥類の全国レベルでの個体数変化を定量化してきた。特に大きな時空間スケールでは鳥類の動態を規定するプロセスを直接明らかにすることは一般に困難である。そこで種の生態学的特性で個体数変化のパターンを説明する種間比較法によって、鳥類個体群の動態に大きな影響を及ぼす駆動要因を推定した。次に景観スケールの研究では、景観生態学で注目される景観要素の不均一性が水田地帯で鳥類の生息分布に与える影響を明らかにし、特に水田が農地を占めるアジア地域において先駆的な研究として重要な知見をもたらした。最後に局所スケールでは、行動生態学における最適採食理論を利用して、マガンとチュウサギの空間分布決定プロセスを理解する研究に取り組んできた。これにより、採食パッチ選択・放棄、食物選択、群れ形成、食物探索経路などに関わる意思決定則が明らかとなり、その意思決定則に基づいた空間分布予測モデルの構築も可能となった。
一連の研究により、時空間スケールによって異なる生態学的プロセスや取得できるデータの質を考慮した、鳥類個体群の時空間動態を明らかにするための包括的な研究アプローチが確立された。これまでの研究で得られた知見は、複数の時空間スケールで様々な脅威にさらされている鳥類個体群を効果的に保全していくためにも重要な貢献を果たすだろう。