さる10月21・22日、農業環境技術研究所 (つくば市) において、「農薬の作物残留と大気中挙動−規制と研究−」 をテーマとして、第10回有機化学物質研究会および第27回農薬環境動態研究会を開催しました。
農薬は作物の健全な生育を確保するための有用な農業資材ですが、間違った使用や農耕地以外の場所への流出や拡散によって、ヒトの健康や環境に悪影響をおよぼす可能性があります。そのため、わが国の行政において、それらの悪影響がおよばないように、これまで農薬取締法や食品衛生法の改正を繰り返してきました。食の安全については、平成18年度にポジティブリスト制度が導入されるとともに、作物残留の適正実験規範、いわゆるGLP (Good Laboratory Practice) も、平成20年3月31日に公布され、来年度から本格的に導入されることとなりました。また、大気中挙動についても、周辺住民の吸入曝露(ばくろ)の観点からドリフト (農薬が大気中を飛散・拡散すること) の防止を中心にさまざまな取り組みがされています。また、OECD (経済協力開発機構) や Codex (FAOとWHOが合同で作る国際的な食品規格) における農薬のリスク分析はますます進化するとともに、国際的調和も求められています。しかし、このような農薬に関連した食の安全や大気経由の曝露(ばくろ)に関する行政対応に対して、その裏付けとしての研究対応は必ずしも十分とはいえません。
農薬の作物残留に関連したテーマは、第20回(平成15年)、第23回(平成18年)、第25回(平成20年)の 「農薬環境動態研究会」、農薬の大気中挙動に関連したテーマは、第21回(平成16年)の同研究会や第6回(平成18年度)有機化学物質研究会などでも取り上げてきました。
本年度は、農薬の作物残留や大気中挙動に関する規制の国内外の最近の動向と、対応する研究の取り組みの現状を紹介することによって、わが国で推進すべき農薬研究の方向を明確化することをめざしました。11名の講師に講演していただき、その後総合討論などを行いました。
参加者は、都道府県の農業試験場、行政、植物防疫関係団体、関連民間団体など、206名でした。
開催日時:平成22年10月21日(木曜日) 10:00 〜 22日(金曜日) 12:20
開催場所:農業環境技術研究所 大会議室
参加者数:206名
(農環研:37、他独法:12、大学:3、公設試験機関:40、行政:8、民間:74、関連団体:32名)
講演題目と講演者:
平成22年10月21日(木曜日)
あいさつ 佐藤洋平(農環研)
趣旨説明 與語靖洋(農環研)
<第一部> 作物残留
講演1.食品安全管理におけるリスクアナリシス〜リスク評価とリスク管理の関連性 山口治子(京都大学)
講演2.農薬の ADI 決定における作物残留の位置づけ 佐藤京子(食品安全委員会事務局)
講演3.農薬の作物残留に関する国際的な動向 石岡知洋(農林水産省)
講演4.農薬 GLP 制度の概要と作物残留性試験への適用 赤川敏幸(農林水産消費安全技術センター)
講演5.農薬の作物残留GLP試験の実際 松澤幸一郎(化学分析コンサルタント)
講演6.マイナー作物における農薬残留試験の実態 石坂眞澄(農環研)
講演7.生産現場における農薬残留分析 谷川元一(奈良県病害虫防除所)
総合討論1:「作物残留に関する農薬規制に求められる研究課題」
平成22年10月22日(金曜日)
<第二部> 大気環境
講演8.大気中農薬の規制に関する海外の動向 長澤直子(住友化学株式会社)
講演9.大気中農薬の規制に関する国内の動向 荒木智行(環境省)
講演10.航空防除の現状と飛散低減対策について 芳賀俊郎(農林水産航空協会)
講演11.農薬のスプレードリフトにおける微小粒子の生成 小原裕三(農環研)
総合討論2:「大気環境に関する農薬規制に求められる研究課題」
論議の内容:
<作物残留: 1日目>
講演1では、食品の安全管理において、国際的に採用されているリスク分析 (リスクアナリシス) やリスクコミュニケーションについて、リスク管理 (リスクマネジメント) 目標とリスク評価 (リスクアセスメント手法) とを関連付けながら、その枠組みとともに具体的事例について紹介されました。
講演2では、食品安全委員会を中心に、リスク分析 (リスク評価) や農薬行政について、ヒト健康の観点から概説するとともに、作物残留試験と一日摂取許容量(ADI)との関連性や、急性参照用量(ARfD)への今後の取り組みについて体系的に紹介するとともに、消費者の農薬に対する意識についても言及されました。
講演3では、OECD の農薬作業部会(WGP)における家畜代謝・残留試験、加工試験、輪作作物(いわゆる後作物)の代謝・残留試験、Codexの残留農薬部会(CCPR)における食品や飼料の分類、グループごとの代表作物について紹介されました。
講演4では、来年度から開始する農薬 GLP 制度について、行政の立場から、1) 組織・責任体制 (単一場所と複数場所)、2) 試験手順の標準化・実施・資料の保管、データの信頼性保証、さらには複数場所における試験、3) GLP 適合確認について紹介されました。
講演5では、講演4を受けて、実際の分析機関における GLP 試験への取り組みが紹介されました。具体的には、組織体制、標準手順書(SOP、Standard Operating Procedures)、計画書の作成、試験の実施、および信頼性保証について具体的事例とともに解説されました。
講演6では、わが国におけるマイナー作物への農薬登録促進を目的とした都道府県試験研究機関における作物残留試験や、同作物のグループ化や効率的な農薬残留評価、特に後者の農薬残留を推定するモデルに関する研究成果が紹介されました。
講演7では、農薬の作物残留実態調査、農薬のドリフト実態調査(ナス・ウメ)、奈良県が独自に開発した農薬ドリフトの簡易低減ネット、作物残留基準超過時の対応のための農薬の有姿抽出法(*1) について、県の取り組みが紹介されました。
<大気中挙動: 2日目>
講演8では、大気中農薬への曝露に関して、曝露対象者(農薬散布者、農作業者、Bystander(*2)、居住者)、リスク評価、各種曝露量推定モデル(EFSA(*3) モデル等)、毒性試験などについて、規制を含む欧米の情報を中心に紹介されました。
講演9では、農薬散布後に散布区域外にドリフトする農薬の経皮吸収または吸入による影響を対象に、大気を経由した農薬のリスク評価やリスク管理に向けて、環境省を中心に進められた取り組み (使用基準、行政通知、ガイドライン、マニュアル等) について紹介されました。
講演10では、農薬の航空防除について、その利用状況の推移(有人ヘリと無人ヘリ)、無人ヘリにおける農薬の散布特性(ドリフト発生要因)、ドリフト低減対策と散布装置の実用化等について紹介されました。
講演11では、農薬のスプレードリフト(散布時にノズルから直接的に系外に飛散・拡散する微粒子)について、大気中浮遊粒子の特性と従来のドリフト低減対策、微小粒子分布測定のための装置開発、水で希釈する農薬製剤や点着剤の特性、各種製剤における散布時の微小粒子発生の特徴と抑制について紹介されました。
両日行われた総合討論においては、今後どのような研究を推進すべきかの具体的アクションまで議論することはできませんでしたが、農薬の作物残留や大気中挙動に関してさまざまな意見が交換され、今回取り上げた話題に関連する研究の重要性を改めて認識することができました。
参加者へのアンケートの結果によると、今後取り上げるべきテーマとして、より農業現場に結びつく研究の紹介や、引き続き産学官のバランスが取れた構成を望む声が多くありました。今年度は、中期計画の節目でもありますので、次年度以降の研究会の構成や運営方法については、参加者の皆様のご意見も参考にしつつ、さらに工夫を加えていきたいと考えています。
*1: 作物を磨砕(まさい)等せずにそのままの状態で溶媒を添加して、主に作物表面に付着した農薬を抽出する方法
*2: 農薬散布時または直後に近くを通る通行人など
*3: European Food Safety Authority(欧州食品安全機関)の略