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農業と環境 No.134 (2011年6月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 小麦のゆくえ、2020年に組換え品種登場予定

今年(2011年)5月11日、米国農務省は、モンサント社と BASF 社が共同開発した乾燥耐性トウモロコシ(MON87460 系統)の商業栽培承認に向けてパブリックコメント(意見募集)を開始した。この系統は土壌細菌、Bacillus subtilis 由来の低温刺激タンパク (Cold shock protein) B遺伝子を導入したもので、乾燥条件でも植物細胞の働きが正常に保たれる。北米の野外試験では、乾燥条件下で非組換え品種とくらべて収量が約10%増加したという。乾燥ストレスに強いとともに、農業用水代(コスト)を10〜15%節約できるのがセールスポイントだ。早ければ2012年から米国とカナダで栽培する予定としているが、北米での栽培承認や輸出先での食品安全性審査などで2012年からの商業利用は難しいかもしれない。しかし、審査手続きによる遅れを除くと、技術面ではほぼ当初の目標通りの期間で新品種を完成させたことになる。

今回はトウモロコシではなく、小麦の話題。2009年5月に米国、カナダ、豪州の小麦生産者団体が共同で、バイテク種子メーカーに組換え小麦の開発を要望した。それに応える形で、2010年7月にモンサント社と BASF 社が組換え小麦の共同開発を正式に表明し、2020年までに乾燥耐性や高収量品種の実用化をめざすと発表した。その後、他のバイテクメーカーや研究機関も相次いで小麦のゲノム(遺伝子情報)解析や新品種の育成計画を発表している。

最近の動き

停滞していたバイテク小麦の研究開発が大きく動いたのは、2009年5月の米・加・豪の生産者団体連合からのリクエストだ。背景には、北米ではトウモロコシとダイズは組換え品種など画期的新品種が登場し、小麦の栽培地が奪われるという業界の危機感と、豪州では干ばつ続きで、今から乾燥耐性品種の開発を進めなければ間に合わないという開発側の焦りがあった。小麦の栽培は比較的冷涼乾燥条件が適しているが、過度の乾燥には耐えられない。とくに北米の生産者が望んでいるのは、農業用水を節約できる乾燥耐性や肥料吸収効率の高い品種だ。バイテク小麦開発に関する2010年7月までの動きは、農業と環境125号(2010年9月) をご覧いただきたい。その後のおもな出来事は以下のとおりだ。

2010年 7月 モンサント社と BASF 社が組換え小麦の共同研究開発を開始。10年後に商業化目標。

8月 農業生物資源研究所、横浜市立大、京都大が小麦のゲノム解析で国際共同プロジェクト創設。

8月 豪州の小麦育種メーカー (Inter Grain 社) とモンサント社が資本提携。

8月 イギリス・リバプール大などの研究チーム、小麦ゲノム配列解読を発表(日本の研究チームは完全な配列解明ではないと評価)。

12月 西オーストラリア州農業局、組換え乾燥耐性小麦の研究開発に着手。

12月 バイエル社、イスラエルの Evogene 社や米国・ネブラスカ大と乾燥耐性、高収量品種開発で共同研究開始。

2011年 1月 モンサント社、組換え小麦の開発は第1段階 ( phase 1 )。BASF 社と共同で乾燥耐性、高収量品種の開発をおこなうほか、新たな除草剤耐性品種も計画と発表。

1月 全米小麦業者協会 (USW)、「2050年の世界の小麦輸入動向」 レポート発表。

全米小麦業者協会 (USW) の予測レポート

2011年1月、USW は 「2050年の小麦の需給動向予測」 と題する調査レポートを発表した。「世界の人口は増え続け、小麦の需要も増える」、「人口が大幅に増える地域ではどんなに頑張っても、小麦の生産量は追いつかない」、「小麦の需要は2010年より大幅に増え、米国産小麦の輸出機会も拡大する」、「ヨーロッパや日本では組換え食品への懸念・反発が強いが、人口増加国向けに組換え小麦の開発も積極的に進めるべきだ」 と強気のレポートだ。40年先のことを正確に予測するのは難しいが、単に人口増加だけでなく、地域・国別に生産性向上(収量増加)の可能性や消費動向を加えた上での分析で、自給国から輸入国に転ずるインドや、もともと小麦の栽培には向かない東南アジアの将来動向など、興味深い内容だ。レポートは国連機関の統計資料をもとに、人口増加、一人あたり消費量の変化、自国での生産量を求め、「需要 − 国内生産 = 輸入量」 として2050年の動向を推定している。調査対象とした人口の多い9つの地域・国の傾向は3つに分けられる。

(1) 輸入量が減るのはメキシコと中国

メキシコは2010年とくらべて人口は1800万人増加するが、自国での生産性も向上するため輸入量は現在の330万トンから210万トンに減少する。中国は6400万人増加するが、人口の伸びは2030年ころをピークに減少し、現在100万トンの輸入量はほぼゼロになる。ただし中国の推定値には USW 内部でも異論があり、USW 会長は輸入状態が続くのではないかと述べている。

(2) アフリカ、中東、インドは人口増に生産追いつかず

5つの地域・国の40年後の小麦輸入量と人口の増加は、北アフリカ(2900万トン、7500万人)、サブサハラ(南ア共和国を除くサハラ砂漠以南)(2300万トン、8億4100万人)、中東(1500万トン、1億1000万人)、インド(1200万トン、4億人)、ブラジル(400万トン、1400万人)の順となっている。これらの国・地域では生産性も向上するが人口の増加に追いつかず、現在より大幅に輸入が増える。とくにインドは現在、世界2位の小麦生産国でほぼ自給できているが、大量輸入国に転ずる。これは一人あたり年間消費量が現在とほぼ同じ63キログラム(kg)と推定した結果だが、主食である小麦の消費量が大きく変化することは期待できず、インドが大量輸入国になるのは確実だとしている。

(3) 完全輸入の東南アジアはさらに輸入量増加

東南アジア1位の人口大国であるインドネシアは40年後に5500万人増の2億8800万人に達し、小麦の輸入量も人口増に比例して160万トン増える。フィリピンは5200万人増加して1億4600万人となり、輸入も170万トン増える。両国とも、もともと小麦の栽培に向かない気候条件でありながら、一人あたり年間消費量はインドネシアが21kg, フィリピンが26kgとかなり高く、今もほぼ全量を輸入している。上記(1)、(2)の地域・国のような自国での生産性向上は期待できず、一人あたり消費量もインドネシアはほぼ同じ、フィリピンでは28kgと微増することから、人口増加分だけ、小麦の輸入依存度は高くなる。

以上9地域・国のデータから、USW レポートは小麦の輸入量(市場取引量)はこの地域だけでも、現在の6840万トンから1億5300万トンと約2.2倍も増加し、米国産小麦の輸出市場も拡大すると予測している。

日本の小麦のゆくえ

日本の小麦自給率は14%(2008年)で、毎年約550万トンを輸入している。輸入先は米国、カナダ、豪州の3国でほぼ全量を占める。日本人は食生活の変化でコメを食べなくなり、1人あたり消費量は年々減っているが、その分、小麦の消費量が増えたわけではない。農水省の調査が始まった1960年の年間1人あたり消費量は25.8kgで、1967年に31.6kgまで増加したが、その後40年間はほとんど変化せず、32kg前後で推移している(2011年3月、農水省統計)。2009年と2010年は春先の高温多雨の影響などで北海道産小麦が不作となり、自給率は11%に低下し、輸入量は約600万トンに増えた。しかし、日本の総人口は今後、確実に減少するので、小麦の輸入量が大幅に増加することはないだろう。

40年先の2050年はともかく、2020年に北米で乾燥耐性の組換え小麦が実現すると、日本の小麦輸入市場にどんな影響がでるのだろうか。組換え小麦の開発をリクエストした米・加・豪3国の生産者・事業者団体は、日本に組換え小麦を買うように迫るつもりはないようだ。表示義務のない食用油や家畜飼料と異なり、食用小麦は 「組換え使用」 という義務表示が課せられることを十分認識している。過去10年のイネやトウモロコシでの未承認組換え系統の混入トラブルを教訓とし、ダイズとトウモロコシでの収穫から集荷、船積みまでの分別管理システムを参考にして、市場の要求に応じて 「非組換え (non-GM) 小麦」 を提供する体制を作るようだ。組換え品種の実用化に見通しがついた時点で、混入トラブル防止のため、食品と飼料の安全性審査を日本に申請することになるだろう。日本の小麦の生産性向上のネックとなっているのは、湿害や収穫前の多雨による穂発芽障害であり、乾燥耐性品種の栽培は考えられないが、たとえ日本で栽培する予定がなくても、野外で栽培したときを想定して、環境(生物多様性)への影響評価も申請するかもしれない。2020年まであと9年。まだまだ先か、もうすぐなのか。確かなのは、組換え小麦の商業化によって、トウモロコシやダイズと同じように、「非組換え (non-GM) 」、「遺伝子組換えではない」 という市場取引分野ができ、従来の小麦がプレミア(割増)価格付きの特別商品になることだ。そのとき、日本産小麦は 「遺伝子組換えでない」 という表示を追い風にして、自給率を向上させることができるのだろうか? こちらの方は確実にとは言い切れない。

おもな参考情報

「2050年の世界の小麦輸入動向」(2011年1月、全米小麦業者協会)
http://www.uswheat.org/uswPublic2013.nsf/xsp/.ibmmodres/domino/OpenAttachment/uswpublic2013.nsf/8C4E4E65781BB55085257C150061511A/body/Wheat%20Import%20Projections%20Towards%202050%20-%20C.%20Weigand%20Jan%202011.pdf(最新のURLに修正しました。2014年9月)

「麦の需給に関する見通し」(2011年3月30日、農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/press/soushoku/boueki/110330.html

「小麦のゲノム解析国際プロジェクト開始」(2010年8月12日、農業生物資源研究所)
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/press/20100812/

モンサント・BASF社高収量・耐乾燥性小麦の共同研究発表 (2010年7月7日)
http://news.monsanto.com/press-release/basf-plant-science-and-monsanto-expand-their-collaboration-maximizing-crop-yield(最新のURLに修正しました。2014年9月)

乾燥耐性トウモロコシ (MON87460) の意見募集 (2011年5月11日, 米国農務省)
http://www.aphis.usda.gov/newsroom/2011/05/ea_corn.shtml

農業と環境125号 GMO情報 「バイテク小麦のゆくえ、生産者連合からの期待と注文」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/125/mgzn12509.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

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