生物研の瀬筒秀樹らの研究グループは、紫色や黒色の色素の合成を抑えることにより、カイコの卵や体の色を人為的に変える方法を相次いで発見し、その成果を英国の科学雑誌Nature Communicationsほかで発表しました。成果の概要と、今後の応用についてご紹介します。
近年カイコの遺伝子組換え技術を使って、遺伝子の機能解析や、医療などに役立つ有用物質の生産が盛んに進められています。遺伝子組換えカイコを作る際には、卵や眼で光る蛍光タンパク質を「遺伝子組換えマーカー」として目的の遺伝子と一緒にカイコに導入し、「光る」ことを目印として遺伝子組換えが起こったカイコの卵を判別します。しかしこの方法には高価な蛍光顕微鏡が必要である、卵が着色している実用系統で使用できない等の問題があり、新たな遺伝子組換えマーカーの開発が望まれていました。
普通のカイコ(左)の卵や成虫の眼は濃い紫色ですが、赤卵変異体のカイコ(右)ではどちらも赤色になります。
カイコの卵や眼は通常濃い紫色ですが、「赤卵」という変異体ではいずれも赤色になり、特に卵の色の違いは肉眼で簡単に判別できます(上図)。そこで私たちは、赤卵の原因遺伝子を突き止めれば、色の違いを遺伝子組換えマーカーとして利用できるのではないかと考えました。解析を進めた結果、赤卵変異体では紫色の色素の合成に必要な「Bm-re」という遺伝子が壊れているために、紫色の色素が作られず、卵や眼が赤くなることがわかりました。実際に、普通のカイコの卵でBm-re遺伝子の働きを抑えると卵の色が赤卵変異体と同じ色となり、卵の色を変えることができました。さらに同じ方法で、甲虫の眼の色を変えることにも成功しました。
次に私たちは、黒い色素に注目しました。昆虫の体の黒い色は、「ドーパミン」という物質から作られる黒いメラニンが主成分だと考えられています。ドーパミンからはメラニンの他に、透明な「クチクラ」の合成に使われる物質も作られます。そこで私たちは、ドーパミンから透明なクチクラを合成する経路を強化すれば、メラニンの合成が抑えられるのでは、と考え、カイコでドーパミン→→→クチクラの合成過程で働く「Bm-aaNAT」という遺伝子を強く働かせてみました。その結果、狙い通りふ化直後の1齢幼虫の色を通常の黒色から明るい褐色に変えることに成功しました。さらにBm-aaNAT遺伝子は、他の昆虫の黒いい色も薄くできることがわかりました。
今回発見した「Bm-re遺伝子」と「Bm-aaNAT遺伝子」はいずれも、カイコの新たな遺伝子組換えマーカーとして有望です。Bm-re遺伝子は卵の色を肉眼で判別可能、Bm-aaNAT遺伝子は卵が着色している実用系統で使用可能、という従来のマーカーにはない利点を持っています。これらのマーカーを利用できるようになれば、遺伝子組換えカイコを利用した研究開発を効率化、加速化できると考えています。
研究グループの主要メンバー
左端が筆者、左から2番目がこれらの研究を中心的に行った特別研究員の二橋美瑞子。
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