スケーティングバクテリア仮説の提案

仮説

細菌運動の不思議な現象を説明するために、溶液の微細構造を考慮した仮説を提案した。これは次の概念と近似からなる。この考え方は、高分子溶液物理学における「レプテーションモデル」から発想したものである。

  1. 線状高分子は溶液中でゆっくりと動くネットワークを形成する。
  2. 物体のごく近傍には高分子が入り込まない空間(仮想空間)が存在する。
  3. 物体の運動は、仮想空間の中の運動(高分子ネットワークと無関係な運動)と仮想空間の外への運動(高分子ネットワークの再構築をともなう運動)とに分けられる。
  4. 上述した2種類の運動に対してそれぞれ見かけの粘度を決めることができ、それを用いれば従来の流体力学理論(抵抗力理論)を採用することができる。
  5. 仮想空間内の運動に対する見かけの粘度は水と同じ、仮想空間外への運動に対する見かけの粘度は高分子溶液の巨視的粘度と同じであると近似する。

上述した仮説はスケートと似ているので、「スケーティングバクテリア仮説」と名付けた。

スケーティングバクテリア仮説の概念を表す模式図
緑色の棒はべん毛繊維の一部、紫色の曲線は高分子を示す。棒の周りには高分子が入り込まない仮想空間(水色の筒)が存在する。棒の軸方向の並進運動と軸まわりの回転運動は仮想空間の中の運動なので、高分子から力を受けない。一方、軸と垂直方向の並進運動は仮想空間から出なければならないので、高分子ネットワークから大きな抵抗力を受ける。


定式化

細菌の運動モデル
細菌細胞の各部分に働く力を図のように表すと、一定速度で運動しているときの運動方程式は抵抗力理論を用いると下記のように表すことができる。

ここで、F は力、T はトルク、添字cfm は細胞、べん毛繊維、べん毛モーターを表す。