【豆知識】

コラム

コクゾウムシと縄文土器

2012.02.22 宮ノ下明大

コクゾウムシはドングリで発育するのか?

今、縄文土器から次々とコクゾウムシが発見されています。コクゾウムシそのものではありません。土器にその形がスタンプされた痕として見つかります。
縄文土器の中に混入したコクゾウムシは、土器が焼かれると燃えてなくなりますが、その形は土器側に残り、これをコクゾウムシの圧痕と呼んでいます。土器に開いた小さな穴にシリコンを注入し型を取り、走査型電子顕微鏡で拡大してみると、コクゾウムシの形が見事に現れるのです。土器の製作された年代が特定できれば、まさしくその時代にコクゾウムシが存在し、土器中に練り込まれたことを意味しています。

土器に姿を残すコクゾウムシ
土器に姿を残すコクゾウムシ

コクゾウムシは縄文時代に朝鮮半島から伝来した稲作栽培技術とともに、貯蔵されたコメに付いて日本に侵入したと考えられてきました。ところが、これまでコメの存在が確認されていない縄文時代の土器からもコクゾウムシの圧痕が発見されたのです(小畑,2008)。これは稲作伝来の時期がさかのぼったということなのでしょうか。

朝鮮半島から来たのではなかった?
朝鮮半島から来たのではなかった?

稲作伝来以前にコクゾウムシが日本に生息したとすれば、コメとは別に本来の食物があったはずです。私達は、堅果類(ドングリ)が縄文時代のコクゾウムシの有力な食物ではないかと考えています。

そこで、ドングリでコクゾウムシが発育するかどうかを調べる目的で、公園からシラカシ、スダジイ、マテバシイのドングリを拾い、クリの実は農家から購入しました。外側の硬い殻を剥いでコクゾウムシに産卵させ、25℃で飼育して次世代の成虫の出現を待ちました。その結果、クリ、マテバシイ、スダジイでは35日程度で成虫となり、ドングリを食物として利用できることがわかりました(宮ノ下ら,2010)。

ドングリで発育するの?
ドングリで発育するの?

この発育期間は玄米と比べても大きな差はありません。ただし、シラカシだけは発育に60日以上かかりました。玄米では1粒から1頭ですが、クリでは1個から平均10頭以上のコクゾウムシ成虫が羽化しました。
また、殻が付いた無傷のドングリに対してコクゾウムシは産卵できませんが、ドングリに割れ目や、加害昆虫の脱出によってできた穴があれば、そこから侵入して産卵することがわかりました(宮ノ下ら,2010)。

成虫羽化率表

2010年に種子島の遺跡から出土した縄文前期の土器から、コクゾウムシの圧痕が見つかりました(Obata, et al., 2011)。その年代は1万5百年前と推定され、稲作伝来の時期とは大幅にかけ離れていたのです。縄文土器に圧痕として残るコクゾウムシは、やはりコメとは別のものから発生したと考えられました。縄文人が貯蔵したドングリに発生したコクゾウムシが土器に混入した可能性があります。コクゾウムシは古来、日本に分布していた土着昆虫と呼べるのではないでしょうか。それは、1万年以上も前から、日本人の食生活(食物貯蔵)と深く結びついた昆虫だったのかもしれません。

現在、私達は縄文時代の遺跡から出土するドングリを対象にして、コクゾウムシの発育を調べる実験を進めています。コクゾウムシの圧痕がいったい何を意味するのか。まだ仮説の域を出ません。これから考古学と昆虫学の知見が蓄積され、その全貌が明らかになることを期待しましょう。楽しみです。

謝辞

本コラムの内容は、熊本大学の小畑先生に確認をいただきました。お礼を申し上げます。

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参考文献

  • 小畑弘己(2008)極東先史古代の穀物3.「雑穀資料からみた極東地域における農耕受容と拡散過程の実証研究」研究成果報告書(平成16-19年日本学術振興会科学研究費補助金).
  • 宮ノ下明大・小畑弘己・真邉彩・今村太郎(2010)堅果類で発育するコクゾウムシ.家屋害虫 32(2): 59-63.
  • 小畑弘己(2010)東北アジア古民族植物学と縄文農耕、同成社.
  • Obata, et al (2011) A New Light on the Evolution and Propagation of Prehistoric Grain Pests: The World's Oldest Maize Weevils Found in Jomon Potteries, Japan. PLoS One 6(3): e14785.
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更新日:2023年10月06日