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農業と環境 No.142 (2012年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(10): 遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP

はじめに

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価リサーチプロジェクト(RP)では、遺伝子組換え作物(GM作物)や外来生物を対象に、それらが生物多様性に及ぼす影響を評価する研究を行っています。

このような研究の重要性が脚光を浴びたのは、1993年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連環境開発会議で調印された 「生物多様性条約」 に端を発します。この条約では生物の多様性を生態系、種、遺伝子の3つのレベルでとらえ、生物多様性の保全やその構成要素の持続的利用を図ることなどが目的とされました。その後、わが国では1995年に 「生物多様性国家戦略」 が策定され、2004年には 「カルタヘナ法」、2005年には 「外来生物法」 が相次いで施行されました。このような生物多様性を保全しようとする機運の高まりのなか、GM作物を適切に管理し、侵略的な外来生物を防除するために必要な知見が強く求められるようになりました。

私たちのRPはこのようなニーズを真正面から受け止めるために、以下のような研究を展開しています。

4つの研究段階

私たちのRPでは植物、昆虫、貝など多様な生物を対象に、さまざまな角度から研究を展開していますが、いずれの研究も図1に示す4つの研究段階に位置づけることができます。

はじめに、1) 研究対象の実態に迫るために野外調査を行います。続いて、2) 持ち帰った試料を実験室で分析し、また得られた結果をわかりやすく説明するための数式やプログラムを作成します。さらに、3) 1)、2)の結果を踏まえ、現状の評価や将来の予測を行い、最終的に 4) 対策の検討に必要な情報提供や具体的な対策の提案を行います。

生物多様性に対する影響評価は非常に大きな研究課題ですが、私たちは常に4つの研究段階を意識することで研究を着実に進めています。

「野外調査による実態把握」→(「実験室における分析」←→「数式やプログラムの作成」)→「現状の評価や将来の予測」→「情報提供や対策の提案」  (流れ図)

図1 GM作物や外来生物の研究における4つの段階

GM作物や外来生物の生物多様性に及ぼす影響の評価手法の開発

近年、特定外来生物に指定されるカワヒバリガイが関東地方に侵入・定着し、各地の利水施設網において通水障害などが発生しています(図2)。現地で行われている被害対策は個体密度の高い施設における手作業による駆除が中心で、被害の拡大を予防する取り組みは十分ではありません。そこで、カワヒバリガイの侵入・定着した利水施設の構造や水質、幼生の動態などを分析し、潜在分布域を予測することにより被害の拡大を未然に防ぐ研究を行っています。

関東地域の水系図上に、カワヒバリガイを確認した場所と確認できていない場所をそれぞれ記入。霞ヶ浦の南側の湖岸、利根川の中流から河口付近などに分布するほか、東京都内でも発見されている。(地図)

図2 霞ヶ浦及び利根川水系におけるカワヒバリガイの分布状況

外来生物の被害を防止するためには、問題となる生物の侵入を阻止するとともに、すでに定着した生物を防除する措置も必要です。国立公園に侵入・定着した外国産緑化植物を調査することにより、「雑草リスク ( = 影響度 × 対象地域内の生育可能面積 )」 と 「防除コスト ( = 単価 × 対象地域内の生育面積 )」 という二つの評価軸を組み合わせた 「管理優先度評価」 の手法を開発し、外国産緑化植物の影響を軽減するための予防措置の提言をめざしています(図3)。

「雑草リスク」(極小、小、中、大、特大)と「防除コスト」(極小、小、中、大、特大)の組合せで、「管理優先度」を決定する。(表)

図3 管理優先度の概念図(雑草リスクが大きく、防除コストが小さい種から防除する)

GM作物と非GM作物の共存のための管理手法の開発

現在、世界のGM作物の栽培面積は増加の一途をたどっています。わが国においてはGM作物の商業栽培は行われていませんが、将来、GM作物が導入される可能性はゼロではないでしょう。GM作物と同種の非GM作物、あるいは近縁の野生種の間で発生する交雑は可能な限り低いレベルにとどめる必要があります。

交雑を防止する技術としては、ア)空間的隔離、イ)防風施設を用いた隔離、ウ)時間的隔離 の3種類があります。ア)と イ)の対策ではGM作物との距離をおくなどである程度の対策が可能ですが、ウ)の時間的な隔離については、具体的な指標がなく栽培体系のなかで活用するには至っていません。そこで、GMダイズと近縁野生種のツルマメを対象に(図4)、播種日や品種を変えた時の 「開花重複度」 を確率的に予測する手法を開発し、交雑抑制の技術として有効な指標を提案したいと考えています(図5)。

(写真)

図4 GMダイズ・40-3-2 系統(左)とツルマメ(右)

GMダイズとツルマメの開花の重複(横軸:時間、縦軸:開花数)。上下2つのグラフは、重複日数が同じでも、重複部分の面積(重複度)が異なっている)(概念グラフ)

図5 GMダイズとツルマメの開花重複度(開花重複日数は同じでも開花重複度は大きく異なる)

GM作物と非GM植物の共存を図るためには、交雑や混入の抑制に取り組むだけでなく、それらを適切にモニタリングする必要があります。従来の統計手法では、ほ場の大きさや形などの空間的異質性が十分に考慮されておらず、適切な検定を行う上での潜在的な問題となっています。このような問題点を克服した、より優れた統計手法の確立にも取り組んでいます。

これから

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RPは、平成13年度から22年度までの10年間、GM作物と外来生物の生態リスクを研究してきた、2つのRPが合流することにより発足した新しいRPです。上で紹介した研究事例のほかにも、GM作物からこぼれ落ちた種子に由来する個体の存続可能性評価、外来植物の分布と土壌特性の関係の解析、地理情報システムやデータベースを活用した外来生物の潜在分布域の予測など、多角的な研究を進めています。引き続き、これらの知見や手法を融合することにより、国民の疑問や行政の求めに対してタイムリーに答えたいと考えています。

(遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP リーダー 芝池博幸)

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介

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