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農業と環境 No.173 (2014年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所の30年 (8)農業環境インベントリー研究の系譜

1.はじめに

農業環境問題を対象とする研究においては、農業環境を構成する土壌、水、大気、昆虫、微生物、動物、植物に加え、これら環境構成要素と農業活動などによって投入される肥料や農薬との相互の関係を把握することが重要である。このためには、これら要素の調査・観測・分析などによるデータの蓄積と、同時にそれらを収集・分析するための手法の開発が必要である。

2001年の独立行政法人への移行とともに、これら農業環境の構成要素に関する情報の収集と、研究活動や行政・農業生態管理に役立つ利用法の開発を目的として農業環境インベントリーセンターを設立し、標本の作製と保存・管理、分類、同定および診断、農業環境の要素間の相互作用を含む特性の解明、各種のデータベースの開発と公開、を行ってきた。また、インベントリーセンター独自に雑誌 「インベントリー」 を毎年発行して成果の普及を進めてきた。しかし、こうした研究は、研究所発足以来続けている研究の成果の上に成り立っていることは言うまでもない。とくに、昆虫・微生物標本は1890年代に収集したものを大切に保管し、研究に役立てている。以上から、ここでは、研究所発足後30年間の主要な研究成果を中心に紹介する。

2.分類

2.1 土壌

土壌分類は農耕地の管理、物質の動態解明などの研究に不可欠であり、このため、土壌調査・調査法の開発や土壌特性についての研究がなされてきた。

2.1.1 土壌調査・調査法の開発、土壌特性解明

調査法としては、黒ボク土は土壌断面観察から簡単に判別できないことから、セファデックスに腐植酸を吸着させ、その色調から黒ボク土を簡易・迅速に判別する方法を開発した(大塚ら,1989)。また、一様に平坦に見える土壌分布の確定が困難な沖積低地について、空中写真判読、レベル測量などの手法を導入し微地形区分を行い、すべての微地形単位を横断する鍵区に沿う精密調査により、微地形と土壌の分布の法則性を抽出した。従来の方眼法より調査地点を減らし、かつより精密な土壌作成が可能となった。平成7年には、精密土壌調査やほ場管理のために必要な土壌特性を、面的に精度良く把握する手法として、土層中の礫層上端の深さを把握するのに簡便でかつ有効な電気探査比抵抗法を開発した(草場ら,1993)。

また、多くの実態調査がなされた。昭和62年には、地形連鎖の中で未浸食部、浸食部および再堆積部の存在する黒ボク土畑と褐色森林土果樹園の各部の土壌断面標本を作成した。平成4年には、耕作放棄後の年数経過とともに、法面形状変化、土壌断面形態変化、耕盤透水性増大、塩基溶脱等が進行し、これらの特性により放棄棚田の生産機能、斜面・水保全機能を評価できることを明らかにした(太田ら,1996)。さらに、多雪地すべり地帯における耕作放棄棚田の法面崩壊と土地再利用への試案として、勾配15度以上の急斜面上の棚田法面は不安定で、耕作放棄後も徐々に崩壊が進むので、土地再活用に際しては法面勾配を緩和して緩斜面部を活用すること、緩傾斜で水源などの条件の良い崩積面等ではほ場整理を進め水田を維持することなど、棚田地帯の地形・土壌特性に基づく環境保全的土地利用への基礎的資料を提供した。

土壌特性に関しても多くの成果が得られた。昭和60年には、土壌類型と二次鉱物との関係を明らかにし、それをもとにわが国の土壌地理的大区分を試みた。二次鉱物の組成が、温度と密接な関係をもつことが示され、土壌区分、農業立地区分、自然環境区分を行う場合に有力な手掛かりを与えた(岩佐ら,1977,1981)。平成2年には、土壌リンの化学形態、存在量、分布を3モデル地区につき、縮尺 1:120万 または 1:4万 で図化し、各図に形態別リンの再生循環利用法の解説を加えた。この成果は低投入持続型農業の耕地肥培管理、合理的土地利用、環境保全などに利用できるものである。平成8年には、わが国の低地土壌の粘土鉱物組成を、緩衝能や物理性により6類型9亜類型に区分し、スメクタイト主体の類型は関東、北陸以北に、イライト質の類型は東海、 近畿にカオリン質の類型は中国、四国に広く分布するなど、粘土鉱物組成の分布の地域的特徴を明らかにした(加藤ら,2000)。さらに、土壌環境基礎調査・定点調査結果にもとづく農耕地土壌資源特性の変動解析(小原ら,2003, 2004)においては、土壌環境基礎調査・定点調査 (1979−1998年) のデータをもとに、全国的な土壌資源特性の変動を地目別・土壌タイプ別に解析し、全地目での可給態リン酸含有率の増加、樹園地土壌でのpHの低下ならびに炭素含有率の増加等の傾向を明らかにした。

2.1.2 土壌評価法の開発等

浸食による土壌特性の劣化をコンピュータグラフィクスの手法を用い、地形との関係で立体的に図形化する手法を開発した(谷山ら,1990)。また、農林地における土砂崩壊防止機能の定量的評価手法の開発を目的として、土砂崩壊の危険度判定方法に依拠し、地形、土壌、植生等の環境情報を用いて、1/4地域メッシュ単位で土砂崩壊防止機能を推定する方法を明らかにし、任意の地域への適用を確認した(石田ら,1998)。平成6年には、裸地斜面枠流出データに基づく侵食予測式作成のために斜面流出曲線から土砂流出時間を推定し、そこにおける平均斜面流量と平均流出土砂強度に掃流砂式を適用し、さらに斜面勾配および斜面流量から流出土砂強度を求める予測式を導いた(坂西,1994)。さらに、地表面に雨滴により形成されるクラストは、厚さ数mm以下と薄くその物理性測定は難しく雨水浸入過程の解析は遅れているが、 表層水分変化の精密測定に基づき表面土層を3層とする浸入モデルを作成し、数値計算により浸入過程を再現した(坂西,1996)。

平成5年の水稲冷害に関連した成果として、気象・品種・栽培条件がほぼ同一なほ場間に見られた被害程度の局地的変動は、透水性が過小・ 過大な土壌で被害が大きく、作土が深いと軽減されるなど土壌要因とも関連していることを報告するとともに、土壌の違いによる冷害被害への影響は 土壌を主に透水性および還元性の強弱から類型化することにより評価できることを報告した(浜崎ら,2000)。一方、海外研究としては、中国半乾燥地における流動砂丘固定化のための植林は、風によって供給される微細粒子を捕捉し、土壌有機物の蓄積を促進することによって土壌肥沃度を回復させることを報告した(今川ら,2000)。また、以上のような多くの知見、技術を活用して、群馬県との共同研究により、群馬県片品村扇状地に広がる普通畑において、地形解析により微地形の影響を反映した精密土壌図の作成を行った(鹿沼ら,2010)。この成果は土壌管理の効率化に役立つと期待されている。

2.1.3 農耕地土壌分類への貢献

農業環境技術研究所の土壌研究における最も大きな貢献の一つとして土壌の分類に関する研究がある。ここでは、農耕地の土壌分類の策定、提案等に関する研究を紹介する。

a) 農耕地土壌分類の改訂(農耕地土壌分類委員会,1995)

それまで用いられた農耕地土壌分類第2次案を大幅に改訂し、第3次案を提示した。分類基準の定量化、切り取り方式の採用、新たな土壌群の新設、亜群の導入などにより、土壌管理や環境保全機能の実態に即した分類で、従来に比べて検索が容易で活用しやすくなった。分類群も、これまでの3群(土壌群、土壌統群、土壌統)から4群になった。土壌群に森林黒ボク土、非アロフェン質黒ボク土などを新設した。

b) 包括的土壌分類第1次試案の作成

わが国では、土地利用に左右されず土壌の種類を判定することができる土壌分類法の整備が遅れ、林野と農耕地の境界域では、2種類以上の分類を使用する必要があった。このため、日本ペドロジー学会は 「日本の統一的土壌分類体系 −第二次案(2002)」 を発行したが、この分類案も完全なものではなく、「大縮尺土壌図に活用するためには下位カテゴリーを設定する必要がある」(日本学術会議答申 2004) とされた。そこで、農業環境技術研究所では、第2期中期計画(2006-2010)において、(1) 国土全域をカバーし、(2) 実用的な土壌図に対応可能な下位カテゴリー区分を設定することを主眼に 「包括的土壌分類第1次試案」 の作成を開始した。この作成には、土壌の地域的な分布、多様な土地利用等をカバーする必要性があるため、アドバイザーとして大学・関係独法の専門家にも意見を求め、2011年3月に農業環境技術研究所報告として 「包括的土壌分類第1次試案」 を公表した(小原ら,2011)。これは、上位分類群から順に土壌大群、土壌群、土壌亜群、土壌統群からなり、土壌大群は、土壌の主たる生成作用と発達程度の差異などによって、「造成土大群」、「有機質土大群」、「ポドゾル大群」、「黒ボク土大群」、「暗赤色土大群」、「低地土大群」、「赤黄色土大群」、「停滞水成土大群」、「褐色森林土大群」、「未熟土大群」の10土壌大群に分けられた。次に、土壌大群を、地下水位などの水分条件、土壌母材などによって土壌群として分類し、さらに、各土壌群間で中間的な性質をもつ土壌からその土壌群の典型的な性質をもつ土壌までを土壌亜群として分類し、その後、各土壌亜群を粘土含量の違いや礫層の有無などによって土壌統群に分類した。土壌の種類と名前は、現地調査といくつかの分析データを組み合わせた検索表を用いて検索・同定することができる。

2.2 昆虫

国内外から持ち込まれた昆虫の同定依頼に多数対応するととともに、昆虫の簡易な識別法などを開発して広く公開してきた。そうした取り組みの中で、新たな害虫を発見して、現場での防除対策にも役立つ成果を上げてきた。鑑定数は2013年時点で戦後 9,200 件余りに達しているが、こうした新発見の背景には、農業環境技術研究所に保存されている多くの昆虫標本やその標本情報が役立っていることをとくに明記したい。

2.2.1 分類,同定の成果

昭和53年に宮崎県下の野菜類に大きな被害をもたらしたアザミウマについて、日本未記録の新害虫、ミナミキイロアザミウマと鑑定した。さらに果樹ほ場に発生するアザミウマ類20種を確認するとともに、識別を簡便にするため検索表を作製した(Miyazaki and Kudo, 1986)。昭和63年には、ニッポンシロフアブの種生態を調べ、基本的な生活史を明らかにするとともに、本種の長い成虫活動期は長期間にわたる新成虫の羽化に起因することを突きとめた(Matsumura, 1991)。日本産セダカヤセバチ科(ハチ目)の分類に関する研究では、従来日本で1属2種しか記録のないセダカヤセバチ科について未記載種4種を含む5種を追加した(Konishi, 1990)。さらに、 これまでヤマノイモコガとされていたナガイモの葉、新梢やむかごを食害する小蛾害虫が、近縁の新種であることを明らかにし、ナガイモコガと命名した(Yasuda, 2000)。キヨトウ類(チョウ目・ヤガ科)幼虫の大腮の固有形態においては、1令から終令まで調査し、大腮は齢期とともに減少することを明らかにした。また、キヨトウ類は共通の祖先種に由来する一つのまとまったグループであると推定した(Yoshimatsu, 1990)。

一方で、海外の害虫等の調査も並行して行っている。前述のキヨトウ類は、世界に広く分布するが、多数の種を含み成虫の斑紋が類似しているために、種レベルでの分類がきわめて混乱していた。そこで検討した結果、アワヨトウ、クサシロキヨトウ等のイネ科作物の害虫を含む日本産および台湾産キヨトウ類を68種に整理し、さらに、本グループを1属として統合することを提唱した(Yoshimatsu, 1994)。

また、東シナ海定点において採集されたチョウ目昆虫の研究では、1981年から1987年の6〜7月に採集されたチョウ目昆虫を同定したところ、7科43種110個体を確認した。1985年7月14日および1986年6月30日について 850 hPa 面で流跡線解析を行ったところ、出発地は中国中東部と推定された(吉松,1991)。

その他 「侵入害虫マメハモグリバエの在来寄生蜂相解明とその図解検索の作成」(小西,1998,2002)や「3種のヤガ科新害虫の九州以北における発生を確認」(吉松ら,2003)などを報告している。さらに、菌床シイタケの菌糸を食害するチョウ目ヤガ科幼虫の飼育羽化成虫の形態からこれまで害虫としては記録のなかったナミグルマアツバであることを明らかにし、同時に近縁なヒメナミグルマアツバとの雌成虫で識別する方法も開発した(Yoshimatsu, 2006)。

その他にも、侵入害虫クロテンオオメンコガ(新称)の国内における広範囲での発生を確認した(Yoshimatsu, 2004)。

最近では、平成20年夏に北海道内の広域においてダイズやニンジンなど多種類の作物を加害する見慣れないチョウ目幼虫が多発生し、詳細に調べた結果、これまでわが国では害虫としての記録がないヘリキスジノメイガであることを明らかにした(三宅ら,2009)。この成果は、北海道の防除対策にいち早く活用されたが、同時に、政府の要請により、同定した研究員が飛来源と思われるロシアに直接出向き調査を行って情報収集をするなど、国内での被害拡大を抑制する対策の策定にも大きな貢献をしている。

その他にも、沖縄県多良間島・西表島、鹿児島県喜界島・奄美大島でイネ科牧草やサトウキビに発生した害虫について、日本で未報告のアフリカシロナヨトウと同定した(吉松ら,2011)。また、岩手県で発生した畑ワサビの害虫ゾウムシの新種(ワサビルリイロサルゾウムシ)(Yoshitake et al., 2011)や、三重県で観葉植物ヘデラに発生した害虫ゾウムシの新種(ヘデラアカアシカタゾウムシ)(Yoshitake et al., 2012)の発表など、毎年各県などからの同定依頼に対応した。

2.2.2 識別法の開発

これまでの多くの知見をもとに、ヤガ科害虫4グループ類似種の幼生期の識別法を開発することができた。チョウ目ヤガ科主要害虫のうち、とくに幼生期の類似した4グループ(タバコガ類4種、キヨトウ類2種、ネキリムシ類3種、ヨトウ類2種)合計11種について、終齢幼虫および蛹を記載し、検索表を作成して、幼生期の識別法を確立した(吉松, 2001a, 2001b, 2001c, 2001d)。

2.3 微生物

従来から研究所が国内の中心となって進めてきた植物病原菌の標本の収集・保存や病原菌の分類・同定依頼への対応を行うとともに、独立行政法人化後に進められている 「微生物インベントリーの構築」 の中で収集された農業環境中の微生物の分類・同定が行われた。こうした取り組みの結果、作物に棲息する微生物の特徴を明らかにするとともに、作物生育促進菌、病害抑制菌や農業廃棄物 (イナワラや生分解性プラスチックなど)、汚染物質 (アレルゲンとなるかびやかび毒など) の浄化に役立つ微生物の発見およびその活用法の開発に役立てている。また、集められた情報は微生物インベントリー 「microForce」(後述: 商標登録済) で公開してきた。

2.3.1 分類・同定

a) 植物病原菌の同定

糸状菌病としては、形態的に類似する炭疽病菌(Colletotrichum 属)6種が、3種類の制限酵素を用いる rDNA ITS 領域の RFLP パターンの違いで識別できることを報告した。加えて、この領域の塩基配列解析から各菌種の分子系統学上の位置を明らかにするとともに、未報告の一菌群を見出した(Moriwaki et al., 2003)。同様に、PCR-RFLP 解析による白絹病菌の類別地域的分布を調べ、九州から南関東にかけて分布する白絹病菌 (Sclerotium rolfsii) と北陸を中心とする地域に分布する白絹病菌は生育適温および菌核の形態が異なること、rDNA ITS 領域の PCR-RFLP パターンにおいて北陸の白絹病菌は S. delphinii に近いことを報告した(Okabe et al., 1998)。

細菌病については、昭和50年代には、ジャガイモの塊茎表面をかさぶた状にする亀の甲症が北海道から九州まで問題になっていたが、この原因が放線菌 Streptmyces sp.によることを明らかにした(田代ら, 1987)。昭和60年には、イネ苗立枯症を起こす原因を調べ、本症が Pseudomonas 属菌による新病害であることを明らかにし、イネ苗立枯細菌病と命名した(Azegami et al., 1987)。また、本菌は白化や萎凋を引き起こすトロポロンを生産することも解明した。さらに、その性質を利用して、鉄を添加した選択培地も開発した(Azegami et al., 1988)。平成19年には、国内のサトウキビ生産地で診断が難しくて問題となっていたサトウキビ白すじ病について識別法を開発した。3種類の遺伝子の塩基配列を比較した結果、本病原細菌には少なくとも世界に5つのタイプ(A〜E)が存在し、国内(沖縄県)にはBタイプのみが存在することを明らかにした(Tsushima et al., 2009)。これにより、国内の菌の識別にはB型のみをターゲットにした遺伝子診断が有効であることを報告した。一方では、病原細菌の簡易な同定を目的として、細菌検査キット API20NE を活用した API 法と7つの炭素源の利用性や数種の特性を検査する MUC 法を用いた 「簡易同定96」 が開発され、全国の技術者に利用されている(西山,1996)。

ウイルス病については、昭和60年に、千葉県でトルコギキョウの全身にえそ斑点や輪紋を茎や葉に生じる原因として、新ウイルスを発見し、トルコギキョウえそウイルス(LNV)と命名した。

b) 植物棲息微生物の分類・同定

植物棲息微生物として、健全イネでの常在が明らかになった Pseudomonas huttiensis の再分離がある。P. huttiensis は元々、水から分離された細菌で環境中での生存の報告はなかったが、健全イネ(品種コシヒカリ)から高頻度に分離され、はじめて栽培イネに棲息していることを明らかにした。また、本菌は遺伝子の相同性と細菌学的性質の詳細な検討から、1986年に新設された Herbaspirillum 属の細菌と位置づけられることを報告した(篠原ら,2002, 2010)。その他、栽培イネ、コムギなど8種の植物に棲息する多数の細菌の定性・定量的解析を行い(微生物の収集の項目参照)、有用機能を有する細菌を分離し、属レベルの推定を行った。この結果から、たとえば、露地栽培トマトの菌量は温室栽培トマトの約 100 倍で、優占細菌群も異なることも明らかにした。こうした研究は、微生物の管理を通して植物の栽培管理に役立つことが期待される(Enya et al., 2007a, b)。関連して、ムギ細菌相の解析(Yoshida et al., 2006)や、イネ・ムギの葉面細菌の洗浄液中には「培養できない細菌」が「培養可能細菌」の 10〜1000 倍生存していることを明らかにした(Niwa et al., 2011)。

2.3.2 微生物の活用法

平成21年度には、さまざまなバイオマスについて、バイオエタノール生産原料としての評価、原料の糖化・エタノール発酵に最適な酵素の種類と発酵微生物の選定、および実証規模の発酵条件の検討を簡便かつ効率的に行うことができる方法を開発した(北本・堀田, 2009)。なお、実用化に向けた研究は、生物生態機能研究領域で進められている。

微生物インベントリーからは、さまざまな機能を有する微生物を報告してきた。栽培イネ 「コシヒカリ」 の上位葉鞘から世界で初めて窒素固定細菌を発見する一方で、トマトに棲息する細菌の中から、トマトが生産する毒素α-トマチンの分解菌を発見した(Enya et al., 2007a)。さらに、人畜に毒性を示すことから世界的にムギ、トウモロコシ等の生産現場で問題になっているムギ類赤かび病菌が生産するかび毒デオキシニバレノール(DON)の分解細菌 Nocardioides sp. WSN05-02 株を発見した(Ikunaga et al., 2011)。グラム陽性細菌の DON 分解菌の報告は世界初である。その後10種以上の分解菌を見つけるとともに、世界で初めて DON 分解遺伝子と分解酵素を報告し、かび毒分解菌の研究で世界をリードしている(Sato et al., 2012; Ito et al., 2012; Ito et al., 2013)。また、かび毒生産糸状菌が感染したムギの細菌相を解析した結果、感染の場に特有の細菌が増殖していることを明らかにした(Yoshida et al., 2011)。

3.収集・保存

土壌分類案の提案や、新害虫の同定、新規の微生物の発見は、直接成果として役立つが、どこの機関よりも早く、効率的に成果を出すためには、標本やその情報のデータベース化など、一見地味で単調な作業の積み重ねがきわめて重要である。

3.1 土壌の収集・保存

土壌情報の核となる、土壌モノリスの作成、全国土壌試料の収集、深層土壌の調査 (採取装置) に精力的に取り組み、農業環境インベントリーセンター発足後の10年間で土壌モノリス60点を作成し、平成20年度から始まった農林水産省土壌炭素調査事業では、毎年全国から送付された土壌試料 (年間約 6,000 点) を保管して必要に応じての県の分析結果の検証等を行っている。深層土壌の調査資料12点 (地表から最大5mまでの層別の調査データ) の収集を行った。一部については、公開データベース (全国土壌情報閲覧システムなど;後述) や包括的土壌分類第1次試案(前述)の作成に役立てている。分類案の作成では、実際に土壌モノリスを用いて検証を行っている(中井ら,2006)。また、インベントリー展示館に毎年多くの見学者を受け入れ、全国の土壌モノリスの断面試料、データ、写真などを用いて全国の土壌に関して分かりやすく紹介して、国民への普及に努めた。

次に、収集した土壌の分析をより迅速、簡便、効率的に行うため、環境試料の粉砕器の開発を行った。土壌や植物体などの環境試料を分析に供試する前処理における微粉砕を効率よく行うことのできるもので、装置の構造は単純でかつ操作が容易なため、維持管理コストも大幅に削減できる。商品化も行い、成果として公表した(大倉ら,2011)。

3.2 昆虫の収集・保存

3.2.1 ジーンバンク事業

10年間で、14系統を登録した。この登録系統の中には、抵抗性イネ品種を加害するトビイロウンカのバイオタイプ4系統や、薬剤感受性でかつ抵抗性品種を加害できない系統などが含まれる。これらは、新しい抵抗性品種の育成や、抵抗性機構の解明に役立つと考える。また、研究成果としては、ヒメカメノコテントウの飼育を容易にするために、スジコナマダラメイガの凍結卵を代替餌とする簡易飼育法を開発した(Hamasaki and Matsui, 2006)。

3.2.2 昆虫標本の収集

10年間で、寄贈18万点も含めて、昆虫標本20万点以上を新たに収集している。こうした努力により、昆虫標本館には、現在(平成25年12月現在)合計約135万点の標本を保管している。これらの標本のうち、タイプ標本、ゾウムシをはじめとするコウチュウ目、カメムシ類、ガ類等の一部のグループ昆虫についてはデータベース化して、Web で公開した(後述)。

3.3 微生物の収集・保存

3.3.1 ジーンバンク事業

10年間で、細菌と糸状菌合わせて合計 5,590 菌株を登録した。この中には、トマト青かび病などの新病害の病原菌(MAFF306723 株)が含まれる。

3.3.2 微生物インベントリー

この10年間で主要作物の表面に棲息する植物棲息微生物の収集、解析を行い、細菌の定性・定量的解析とデータベースの構築を行った。栽培イネ、コムギ、トマト、イチゴ、チンゲンサイなど8種の植物に棲息する細菌約 25,000 株の定性・定量的解析を行い、それらの情報をデータベース化し、微生物インベントリー 「microForce」(後述)で公開した。

4.データベース

農業環境インベントリーセンターの中心課題の一つとして、土壌、昆虫、微生物などさまざまな農業環境情報を統合したデータベースの構築があり、センターではこの統合データベースの開発を目指している。また、効率的・効果的なデータベース間の横断利用を視野に入れ、クラウドコンピューティング等の最新IT技術を取り入れたデータベースの開発にも取り組んでいる。

4.1 土壌,その他の地理情報

わが国の食料供給システムにおける窒素の動態に関する研究では、線形モデルを作成し、それを用いて、有機物投入に伴う土壌中の窒素移動と土壌還元の現状を評価するとともに、昭和53〜57年の5か年の生産量、輸入量のトレンドをもとに将来予測を行った(岩元・三輪,1985)。昭和61年には、膨大な土壌資源情報をコンピュータで整理・貯蔵し、必要な時に最適な図やデータを提供できるシステムを開発し(Kato, 1984; 加藤,1986a, b, c)、各種調査事業によって作成された土壌図(約 800 枚)、土壌断面調査データ(約20万点)、土壌理化学分析データ(約4万断面)の情報を活用できるようにした。また、農家ほ場の境界線の情報を画像データとして持ち、これに各種属性データをほ場番号で対応させ、ほ場管理を一筆単位に行えるシステム、農家ほ場情報システムを開発した。さらに、農林地のもつ国土保全機能の全国評価マップ(Kato et al., 1997)を作成し、地形、土壌などにかかわる数値データを用い、4種類の国土保全機能(土壌侵食防止機能、土砂崩壊防止機能、水かん養機能、大気浄化機能)について全国の農林地を評価し、パソコン用メッシュデータベースを作成するとともに、その結果をマップに表現した。土壌情報システムによる陸成土壌の特性解析に関する研究(小原・松森,1991)では、土壌情報システムを中心とする土壌データを活用して、(1) 黒ボク土から非アロフェン質のものを識別する基準を見出した。さらに、(2) 褐色森林土、黄色土、赤色土は山地・丘陵地の方が洪積台地より多く、東日本の方が西日本より粘土の陽イオン交換容量が高いことを示した。その後、地力保全基本調査による土壌情報データベースをもとに、1973年から2001年までの地目改変に伴う土壌群分布面積の変動特性の解析がなされた(高田ら,2011)。

土壌標本、情報等を活用した成果としては、平成15年度には、土壌情報の一元的収集システムの開発を行っている(中井ら,2001)。その後これを発展させて、全国土壌情報閲覧システム(高田ら,2009)が開発された。このシステムは、各農家や地域の田畑にどのような土壌が分布しているのかを Web 上で調べることができる。このシステムでは誰でも土壌図と土壌の種類ごとの写真やその性質などを見ることができる。平成22年3月に公開して以来2年間で100万件のアクセスがあり、加えて、民間、普及関係者から成果の利用依頼や講演依頼が多数あるなど、土壌情報の利活用に関するニーズがきわめて多いことが明らかになった。平成23年には全国土壌温度図も追加している(Takata et al., 2011)。

さらに、農業統計情報メッシュデータ閲覧システムもさまざまなニーズに対応できる成果である(神山,2009)。本システムでは、農業集落単位で集計された耕地面積や家畜飼養頭数といった農業統計データを農業環境研究で利用しやすい1kmメッシュ単位のデータに変換し、データフォーマットが CSV 形式のファイルを作成した。本成果については、21年度に Web 公開し、誰もが全国マップ上の1kmメッシュの単位で農業統計データを閲覧できるようになった。

4.2 昆虫関係

4.2.1 農業環境技術研究所が所蔵する昆虫標本のデータベース化

平成15年度には、農業環境技術研究所で所蔵している昆虫タイプ標本 508 種の一覧表と 279 種の画像を含む標本情報を Web 上で公開した(中谷ら,2003)。これにより、外部から、タイプ標本の所蔵状況の確認および標本の形態情報の入手が容易になった。平成21年度には、杉 繁郎コレクション(ガ類)、寺山 守コレクション(ハチ目)、田中和夫コレクション(オサムシ科)など、最近寄贈されたタイプ標本 379 点を Web 公開した(吉松ら,2011)。

タイプ標本以外では、土生昶申コレクションのコウチュウ目オサムシ科の標本 22,914 点の目録を作成した(吉武ら,2011)。なお、この情報をもとにしてアオゴミムシ族、マルクビゴミムシ亜科の標本情報が閲覧できるシステムが開発されている (データベース欄参照)。また、所蔵標本の情報に関しては、それらが登録、検索、閲覧ができる昆虫インベントリーシステムを構築し公開した。

4.2.2三橋ノート画像データベース

国内屈指の古い文献の情報として利用価値の高い三橋ノートの情報を何回かにわけてデータベース化して公開してきた。平成22年度には全情報を公開することができた。三橋ノートは、明治時代から昭和20年代後半までに国内で出版された主要な昆虫関連図書や雑誌に現れた昆虫名とその文献の書誌情報を記録したものである。以下、公開の順に紹介する。

平成17年度には、トンボ目とチョウ目(約 20,000 ページ)(安田ら,2006)、21年度には、昆虫の中で最大のグループであり、農林学的にも重要なコウチュウ目( 135 冊,19,992 ページ)(吉武ら,2011)、さらに、平成22年度には、ハチ目( 111 冊)の画像をデータベース化し、さらに全冊子の裏面に記載されている昆虫の分布等に関する情報を合わせて公開した。

4.2.3 各種昆虫の検索情報

日本産ヒョウタンカスミカメ族17種の図説検索表をウェブサイト上に公開した(中谷,2007)。鱗毛の形態など識別点となる形質を図示したことで、高度の専門知識がなくとも容易に種が同定できるようになっている。

4.3 微生物関係

4.3.1 微生物インベントリー 「microForce」 の公開

分散型データベースを構築し、農業環境研究所所蔵の微生物標本、除草剤 2,4-D 分解菌および人畜植物共通の病原菌 Burkholderia 属細菌などのデータベースを公開した(對馬・小板橋,2009;小板橋ら,2009)。microForce を商標登録し、微生物情報の利用促進を目指している。平成17年度に公開後毎年約 20,000 件のアクセスがある。

この microForce の中で、農業環境技術研究所所蔵の標本情報や、各種の微生物データベースの公開も行っている。

平成14年には、文献情報をもとに日本で報告された 95 科 1,626 種の野生草本植物に寄生あるいは共生する 312 属 1,302 種の菌類の学名、異名、文献等を初めて目録化(月星ら,2002)し、菌名および植物名から検索可能なデータベースとして公開した。同時に、48 菌種の画像と標本情報を含む糸状菌類図鑑も公開した。野生植物の寄生菌、共生菌の目録では国内最大である。また、糸状菌類図鑑は、教育などでも利用されており、一般国民への微生物の啓発にも役立っている。

特筆すべき成果としては、130年にわたって採集され、保存されていた微生物さく葉標本の目録の作成(月星ら,2007a,b;小板橋ら,2013)と公開がある。これには1876年以降に採集された微生物さく葉標本 7,204 点の目録があり、タイプ標本、菌学者 Sydow 氏らの標本、一般さく葉標本など菌種 365 属 1,477 種、寄生植物 621 属 1,322 種の標本情報が収録されている。

4.3.2 農耕地eDNAデータベース(eDDASs)

全国の農耕地土壌の理化学性・生物性情報 (細菌、糸状菌、線虫) を蓄積し、誰でも簡単に利用できる農耕地 eDNA データベース (eDDASs) を開発し平成23年3月に公開した。これまで解析が困難とされてきた土壌の生物性を DNA 情報で解析可能にした。全国18か所で採取した 3,000 件以上の土壌サンプルごとの情報(栽培条件、土壌理化学性、eDNA 情報等の必須項目38件、最大68件)を蓄積しており、栽培条件・土壌・生物情報をこのように統一的に管理しているデータベースは世界的にもない(對馬,2010)。eDDASs 登録情報から環境要因等 (栽培条件、地理情報等) と土壌微生物相の関係が解析され、たとえば、地理的要因が栽培条件以上に土壌微生物相に影響していること(Bao et al. 2012)や、黒ボク土の可給態リンの増加に伴う糸状菌の多様性の減少、特定糸状菌の増加(Bao et al. 2013)が認められた。

4.4 線虫

平成19年度には、土壌線虫の簡易同定に役立つ画像付形質一覧表の公開を行った(荒城,2008)。関東北部の畑の代表的な土壌線虫(62属)の分類・同定に有用な形質項目を一覧表に取りまとめ公開したものである。このうち、29属の線虫については、特徴を捉えた鮮明な画像を見ることができる。一方、平成20年度には、国内における線虫学関連文献目録を公開した。1997年から2006年にわが国で発表された線虫学に関係する文献データベースである。

4.5 データベースの横断利用のための農業環境データベースの構築

平成21年には農業環境インベントリーシステムを構築し Web 公開した(上田ら,2006)。その後もめまぐるしく進むIT技術を活用したデータベースの連携についてさまざまな試みを行ってきた。平成22年には、オサムシ科標本情報閲覧システムと称して、標本ラベルの閲覧だけでなく、採取地の地図投影、データダウンロードを単一のシステムで実現する総合システムを構築した(大澤ら,2011)。さらに、複数のリサーチプロジェクト(RP)の協力により、気象、土壌、農地利用、温室効果ガスに関する情報をまとめて取得できる Web システム (gamsDB) を構築した(大澤ら,2012)。本システムは、農業環境技術研究所で収集・整備した複数の農業環境情報を横断的に利用することができるようにしたものであり、さまざまな分野での利用が期待される。

5.今後の展望

農業環境インベントリー研究は、農業環境に関する研究の基盤となる研究であり、長期的視点に立って着実に取り組むことが重要である。そのためは、これらの情報を確実に増やすとともに、蓄積した情報を広く国民に還元して、役立ててもらうことが重要である。以上を踏まえ、土壌、昆虫、微生物ならびに情報発信システムの将来展望を以下に記す。

5.1 土壌

土壌分野では、包括的土壌分類第1次試案を用いた包括的な土壌情報 (土壌調査データ、土壌図など) の整備を進めるなど、土壌インベントリーのますますの充実が必要である。すでに土壌図データを提供しているが、土壌統群レベルの理化学性データの提供など、内容の充実を図る。また、アジア諸国の土壌データベースとの連携を行い、日本、アジアにおける土壌情報の発信センターとして活動する必要がある。

5.2 昆虫

既存の標本データベースを拡充するとともに新たな標本データベースを作成し、昆虫インベントリーシステムを介して公開していく。形態に基づいた分類学的研究を推進しつつ、DNA 情報を用いた研究の基盤を整備することで、日本における当分野のセンターとして活動する必要がある。

5.3 微生物

すでに、微生物情報提供サイト ( microForce,eDDASs ) は公開しているが、さらに利用者を増やすための工夫が必要である。新規機能を有する植物棲息微生物株などが確実に増えているので、これらの機能に関する情報の充実を推進し、国内でもユニークな植物棲息微生物情報、土壌 DNA 情報の発信信拠点となることが期待される。

5.4 新しい情報の発信システム

インベントリーの利用においては、個別インベントリーを横断的に利用できるシステムを構築し、利便性を高めるとともに、それらを活用した研究を進めたい。システムには所内、国内に限定せず利用可能な情報資源を積極的に取り込み、インベントリー構築から利用までを一貫させた研究を行うことで、「農業インベントリー利用研究」 の国内の拠点になることが期待される。

對馬誠也 (農業環境インベントリーセンター長)

引用文献リスト

農業環境技術研究所が1983年(昭和58年)12月に設置されてから2013年(平成25年)12月で30周年を迎えました。そこで、30年間のさまざまな研究の経過や成果をふりかえり、これからを展望する記事 「農業環境技術研究所の30年」 を各研究領域長等が執筆しました。2014年2月から順次、「農業と環境」に掲載しています。

「農業環境技術研究所の30年」 掲載リスト

(1)大気環境研究の系譜 (2014年2月)

(2)物質循環研究の系譜 (2014年3月)

(3)土壌環境研究の系譜 (2014年4月)

(4)有機化学物質研究の系譜 (2014年5月)

(5)生物多様性研究の系譜 (2014年6月)

(6)生物生態機能研究の系譜 (2014年7月)

(7)生態系計測研究の系譜 (2014年8月)

(8)農業環境インベントリー研究の系譜 (今回)

(9)放射性物質研究の系譜 (予定)

(10)多面的機能研究の系 (予定)

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