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農業と環境 No.173 (2014年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(2014−10):遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP

わが国の農業については、農業従事者の減少・高齢化やカロリーベースの食料自給率の低さ、耕作放棄地の増加など、解決すべき問題が山積しています。これらの問題を克服するためには、農作業を省力化し、生産コストを下げ、海外の農産物との競争力を高めることが不可欠です。その方策の一つとして、遺伝子組換え技術を用いて耐病性を高めた飼料作物や、刈取り後の再生力が旺盛(おうせい)な外来牧草などを利用することは有望です。一方で、これらの作物が人による管理下から逃げ出した場合、優れた生態的特性により個体群が長く存続し、自然生態系を構成する動植物に対して強い影響を与える可能性が懸念されます。

遺伝子組換え生物・外来生物生態影響RPでは、遺伝子組換え作物を適正に管理し、侵略的な外来生物の拡散を食い止めるために、以下の3つの観点からさまざまな研究を展開しています。

1.遺伝子組換え作物や外来植物の生物多様性影響を評価する手法の開発

ア)成熟した遺伝子組換えダイズの種子がほ場外へこぼれ落ち、それらが野生化する可能性について、行列モデルを用いて分析しました。解析に必要な結実までの生存確率や種子生産数などのデータについては、ほ場実験や文献情報から収集しました。解析の結果、ほ場外にこぼれ落ちたダイズの種子は、最低気温が摂氏0度を下回る冬期を越せずに死滅することが示されました(図1)。日本での遺伝子組換えダイズの開発や普及に際しては、この点に留意し、種子の越冬性が高まらないようにすることが重要と考えられます。

ダイズの生活史と生存確率;初夏にこぼれた種子から(1)実生−開花個体−結莢個体−種子−実生(死滅)、あるいは(2)実生−開花個体−結莢個体−種子−休眠種子(越冬)−種子、(3)休眠種子(越冬) の各段階の生存率(フロー図)図1 ダイズの生活史と生存確率
(「石豆」とは種皮が水を通しにくいダイズ種子のことで、収穫した種子中にごく少量混在する。)

イ)尾瀬国立公園や中部山岳国立公園などで問題となっている外来緑化植物の逃げ出しについて、緑化に使用された植物の「逃げ出しやすさ」と「防除にかかる費用」の観点から評価し、どの植物から防除すべきかを検討しました。各緑化植物が公園内で潜在的に生育可能な環境や面積や、防除に必要となる作業期間なども考慮した分析の結果、イタチハギやシロツメクサから防除に着手すべきであることが示されました(図2)。シロツメクサについては、根粒細菌により空中窒素を固定する能力があり、土壌の富栄養化を促し、さらなる外来植物の定着の引き金となる可能性が考えられます。

外来牧草を「逃げ出しやすさ」と「防除にかかる費用」で分類。イタチハギとムラサキツメクサは逃げ出しやすさが特大・防除費用が極小; シロツメクサは逃げ出しやすさが特大・防除費用が小; コヌカグサは逃げ出しやすさが特大・防除費用が大、・・・(表)図2 中部山岳国立公園で拡がる外来牧草の管理優先順位
(表左下の濃い色の部分に位置するイタチハギやムラサキツメクサのように、逃げ出しやすく、あまり費用がかからない外来牧草から防除する)

2.外来生物の侵入・定着の実態把握と分布拡大を評価・予測する手法の開発

ウ)特定外来生物に指定されているカワヒバリガイについて分布拡大予測を行いました。茨城県霞ヶ浦を対象とするカワヒバリガイの調査を2006年と2012年に実施し、その分布データの比較から霞ヶ浦湖岸における拡大速度を推定しました。その結果、遅くとも2018年には湖岸の全域にカワヒバリガイが定着することが示されました(図3)。これらの成果は利水施設等でのカワヒバリガイ対策に利用されるとともに、現在、改訂中のカワヒバリガイ被害対策マニュアルにも反映される予定ですa)

2006年には湖岸の約50%に、2012年には約80%に生息していた。2018年には全域に生息すると予想される(マップ)図3 霞ヶ浦湖岸におけるカワヒバリガイの分布の変化(左:2006年と2012年)と分布拡大の将来予測(右:2018年)

エ)世界の重要害虫について、全球スケールで生息好適地を評価するアプリケーションを開発しました。このアプリケーションは、独自に開発した重要害虫の分布域に関するデータベースと、世界の気象や植生に関する既存のデータベースを連携して運用することにより、各害虫の生息好適度を世界地図上に描画します(図4)。わが国に未侵入の害虫についての結果を参照することで、どの害虫を重点的に検疫すべきかを決定することや、ある害虫が侵入した場合の農業被害額を見積もることなどが可能になりました。

1.害虫DBと各種環境DBを利用(世界の気候、土地利用、植生DB)(クラウドコンピューティング、データベースの横断利用)→2.多種の生息適地モデル構築(生息適地DBを構築)「NAPASD」→3.これを解析(データマイニング)し、多種にわたる共通傾向を探る(作業フロー図)図4 日本未侵入害虫評価・分布予測データベース(NAPASD)の構築

3.遺伝子組換え作物による交雑や混入を管理する手法の開発

オ)遺伝子組換えイネを導入する場合に、周辺の非組換えイネと交雑する程度を示す指数を考案しました。この指数は、自家受粉により結実するイネの場合、異なる品種間の交雑のほとんどが圃場間の接線領域で発生することに注目しています(図5)。従来、多くのデータを用いた高度な計算により交雑率を推定していましたが、この指数を用いることで、水田を含む土地利用図から、ある地域における交雑の目安が得られるようになりました。もち品種の品質管理など、遺伝子組換えイネ以外についても、この指標の応用が期待されますb)

[交雑率推定指標] = [GM圃場と非GM 圃場の接線長] / [非GM圃場の面積](圃場概念マップと数式)図5 交雑率推定指標
(GMほ場:遺伝子組換えイネを栽培するほ場;非GHほ場:非遺伝子組換えイネを栽培するほ場)

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RPでは、このほか、Btダイズの非標的昆虫への影響や外来植物が蔓延(まんえん)しやすい土壌環境の解明c)、外来緑化植物の導入による遺伝的攪乱(かくらん)d)、緊急防除における根絶確認手順の理論化などの研究も進めています。今後も、遺伝子組換え作物や外来生物による生態影響の評価や適正な管理手法の開発を通して、わが国の農業の発展に貢献したいと考えています。

(遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RPリーダー 芝池博幸

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(平成26年度)

温暖化緩和策RP

作物応答影響予測RP

食料生産変動予測RP

生物多様性評価RP

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP

情報化学物質・生態機能RP

有害化学物質リスク管理RP

化学物質環境動態・影響評価RP

農業空間情報・ガスフラックスモニタリングRP

農業環境情報・資源分類RP

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