農業環境技術研究所では、わが国の農業環境に関連する主要な問題について重点的に研究開発を進めていますが、これらの研究を支える基盤的な研究として農業環境インベントリーの高度化についても推進しています。 “インベントリー” という言葉は、もともとは商品や財産などの目録を意味しましたが、最近は自然資源の目録や目録に記された物品の意味でも使用されるようになっています。
地球規模の環境変動と農業活動との相互作用に関する研究や、農業生態系における化学物質の動態とリスク低減に関する研究などを進める上で、農業環境インベントリー研究の重要性はますます増しています。そこで、農業環境情報・資源分類リサーチプロジェクト(RP)は、農業環境インベントリーの高度化のために農業環境情報の整備と統合データベースの構築を行っています。実際の研究ですが、土壌、昆虫、気象等を対象として個別のデータベースの整備と拡充を進めています。また、全国的な土壌、気象、生物、土地利用、衛星画像、農業統計などの農業環境情報をまとめて提供できる農業環境情報統合データベースを構築することを目的として研究を進めています。以下、RPが進めている主要な研究課題について具体的に説明します。
包括的土壌分類第1次試案に基づく土壌図の作成
まず、土壌情報の整備について説明します。わが国では、以前は土地利用に応じて、すなわち林野と農耕地に分けて土壌分類が作成されてきましたが、これでは不便ですので、これらをまとめて土壌の種類を判定できる包括的土壌分類第1次試案を2011年に公表しました。この試案に基づいて、現在、日本全土の20万分の1スケールの土壌図作成を行っています。試案を用いて全国の土壌を分類し、土壌統群ごとの分布を地図化することで、多様な環境研究や行政ニーズに応えるための土壌図を提供できます。たとえば、この土壌図と、土壌ごとに類型化・指標化した炭素貯留機能、水質・大気浄化機能、土壌汚染リスク、外来植物侵入リスク等の結果を組み合わせることで、市町村レベルでの農業・環境問題に対して具体的な提言をすることが可能となります。2015年の国際土壌年に向けて、現在急ピッチで土壌図作成に取り組んでいます。
統合データベース
さまざまな農業環境情報を一元化した統合データベースを構築することは、すべての農業環境研究の基盤になる重要課題です。この課題では、われわれのリサーチプロジェクト、さらには所外で収集・整備された各種データベースの横断的・統合的な利用の実現をめざしています。ですから、所内外との共同研究に積極的に取り組んでいます。さまざまなデータベース横断利用に向け、インターネット技術を利用したデータ横断利用技術の開発、データベースの概要を記述するメタデータ形式および利用システム、データそのものを記述するデータフォーマットの検討などを行っています。とくに標本ラベル、植生調査票といった生物多様性情報については、国際プロジェクトである地球規模生物多様性情報機構(GBIF)活動に積極的に参加し、国内だけでなく国際ネットワークへもデータを公開しています。この過程において、生物に関数データ記述フォーマットの国際標準であるダーウィンコア規格を国内向けに拡張したフォーマットを確立しました。この記述フォーマットを利用して、植物、昆虫、クモ類について、過去の文献や標本ラベル情報、観察情報等を収集し、過去から現在にわたる生物分布データの整備を行っています。これらの情報を積み重ねていくことで、雑草や害虫の発生や分布拡大を予測したり、農地利用と生物多様性の関係を検討したりするなど、さまざまな研究に発展することが期待できます。
総合的環境影響評価(エコバランス評価)手法の開発
高い農業生産性と環境保全の両立に向け、総合的環境影響評価 (エコバランス評価) 手法の開発を進めています。この評価手法では多様な空間情報、モデル、LCA 手法、統計手法などを活用し、温室効果ガスの排出、土壌炭素の貯留、地下水への硝酸性窒素の溶脱、窒素の広域フローなどの環境負荷、生物多様性ならびに生産性を考慮して農地管理方法を評価することをめざしています。現在、モデルケースとして水田農家ほ場における栽培管理方法 (栽培管理シナリオ) の整理とこのシナリオに基づいた地球温暖化・酸性化・富栄養化等の特性値の解析 (インベントリー分析) を行っているところです。来年度(2015年度)までに、これらの結果を用いた総合的環境影響評価を試験的に実施する予定です。
このほか、農業環境中の放射性物質については、長期モニタリングにより経時的推移を把握し、また、福島原発事故による影響が想定される地域を中心に、農作物と土壌の放射能濃度を測定しています。
(農業環境情報・資源分類RPリーダー 吉松慎一)
■ 農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(平成26年度)