現在の大気中のCO2濃度は、産業革命前と比べて40%増加し、ついに 400 ppm を超えようとしています。今後、効果的な温室効果ガスの排出削減が実現されない限り、大気CO2は増加を続け、それに伴い今世紀末の世界の平均地上気温は現在より 0.3 〜 4.8 度上昇すると予測されています(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC 2014)。
CO2濃度の上昇は、温暖化や水資源変動といった地球規模での環境変動の原因になると同時に、それ自体が作物の光合成、水利用に影響します。また、今後予想される温度上昇や降水量・パターンの変化が作物に及ぼす影響も高CO2濃度環境下で現れます。さらに、作物を含む植物の高CO2応答は、生態系の炭素循環においても中心的な役割を果たします。こうした気候変化の影響を予測し、温暖化に適応したり、温暖化を緩和する技術を開発したりするためには、作物や農地の物質循環が気候変化に対してどのようにふるまうかを知るとともに、その影響が品種や栽培管理によってどの程度異なるかを明らかにすることが必要です。
作物応答影響予測リサーチプロジェクトでは、おもにイネを対象として、将来予想される高CO2濃度・高温環境に適した品種や栽培管理技術の開発に役立てるため、CO2濃度上昇や温暖化に対する応答が品種や栽培環境によってどのように異なるかを、ほ場やチャンバーを用いた環境操作実験で明らかにするとともに、環境変動に適応する技術の有効性を評価するための作物の生育、収量、品質を予測するモデルを開発します。具体的には、次の4つのサブテーマを設けて研究を進めています。
(1)気候変動による環境ストレスのメカニズム解明・発生予測・適応技術の開発
(2)高CO2・温暖化条件における生産機能強化のための有望形質の探索
(3)気候変動に対する耕地生態系応答のシステム生態学的解析
(4)気候変動影響の実態解明・予測・適用技術の定量的評価
本リサーチプロジェクトの最大の特徴は、作物の環境応答を、葉や穂などの器官レベルからほ場での群落レベルまでを対象に解明してモデル化する点です。とくに、屋外の水田ほ場で大気CO2濃度を高める開放系大気CO2増加 (Free-air CO2 Enrichment、FACE) 実験では、岩手県雫石(しずくいし)町での農研機構・東北農業研究センターとの共同実験を長年実施してきました。2010年からは、茨城県つくばみらい市に FACE 実験施設を設置し(図1)、気候変動研究の実験拠点として多くの連携研究を展開しています。
岩手県雫石町と茨城県つくばみらい市の2地点における FACE 実験のデータを解析したところ、高CO2濃度によってコメの収量は増加するものの、その増収効果は、冷害年を除くと高温条件で低下することがわかりました(図2)。このことから、温暖化条件では、高CO2濃度による増収が期待されるほど大きくならない可能性が示されました。一方、水田は強力な温室効果ガスであるメタンの主要な発生源の一つですが、高CO2濃度は、イネの光合成促進と根圏への有機物供給量の増加を通じてメタンを増やし、その発生量はそこに植えられたイネの品種によって異なることが明らかになってきました。このように、温暖化や大気CO2が作物の生育・収量・品質に及ぼす影響に加えて、土壌―作物―大気における物質循環も調査し、気候変動によって農耕地からの温室効果ガスの発生に及ぼす影響を明らかにします。さらに、品種や栽培管理技術によって影響がどのように変化するかを調べることで、将来の環境に適した品種の形質・栽培の管理の方法などを検討します。
このほか、世界で温暖化による被害が顕在化しつつあるイネの高温障害に対処するため国際観測ネットワーク(MINCERnet)を構築しました(図3)。ここでは、イネの高温不稔(ふねん)の問題に危機感を共有する各国の研究者が連携して、幅広い気象条件に同一の群落微気象観測装置を適用して発生条件を比較し、高温不稔発生のメカニズムを解明しています。
また、日本の近年の気候変動やそれによる生産変動の実態を解明したり、本リサーチプロジェクトで開発されるモデルの入力値とするため、作物の生育モデルや微気象モデルを組み込んだ作物気象データベース(MeteoCrop DB、http://meteocrop.dc.affrc.go.jp/real/)を準リアルタイムで公開したり、農環研1kmメッシュ気象データを整備して提供したりしています(図4)。
以上の研究を通じて、予測される将来環境での作物の生育、収量、品質を予測するモデルの開発、イネのストレス耐性メカニズムの解明と適応技術の有効性の評価、耕地における物質循環に及ぼす気候変動影響の解明を進めます(図5)。
(作物応答影響予測RPリーダー 吉本真由美)
■ 農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(平成26年度)