前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数(画像)
農業と環境 No.172 (2014年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(2014−8):作物応答影響予測RP

現在の大気中のCO濃度は、産業革命前と比べて40%増加し、ついに 400 ppm を超えようとしています。今後、効果的な温室効果ガスの排出削減が実現されない限り、大気COは増加を続け、それに伴い今世紀末の世界の平均地上気温は現在より 0.3 〜 4.8 度上昇すると予測されています(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC 2014)。

CO濃度の上昇は、温暖化や水資源変動といった地球規模での環境変動の原因になると同時に、それ自体が作物の光合成、水利用に影響します。また、今後予想される温度上昇や降水量・パターンの変化が作物に及ぼす影響も高CO濃度環境下で現れます。さらに、作物を含む植物の高CO応答は、生態系の炭素循環においても中心的な役割を果たします。こうした気候変化の影響を予測し、温暖化に適応したり、温暖化を緩和する技術を開発したりするためには、作物や農地の物質循環が気候変化に対してどのようにふるまうかを知るとともに、その影響が品種や栽培管理によってどの程度異なるかを明らかにすることが必要です。

作物応答影響予測リサーチプロジェクトでは、おもにイネを対象として、将来予想される高CO濃度・高温環境に適した品種や栽培管理技術の開発に役立てるため、CO濃度上昇や温暖化に対する応答が品種や栽培環境によってどのように異なるかを、ほ場やチャンバーを用いた環境操作実験で明らかにするとともに、環境変動に適応する技術の有効性を評価するための作物の生育、収量、品質を予測するモデルを開発します。具体的には、次の4つのサブテーマを設けて研究を進めています。

(1)気候変動による環境ストレスのメカニズム解明・発生予測・適応技術の開発

(2)高CO・温暖化条件における生産機能強化のための有望形質の探索

(3)気候変動に対する耕地生態系応答のシステム生態学的解析

(4)気候変動影響の実態解明・予測・適用技術の定量的評価

本リサーチプロジェクトの最大の特徴は、作物の環境応答を、葉や穂などの器官レベルからほ場での群落レベルまでを対象に解明してモデル化する点です。とくに、屋外の水田ほ場で大気CO濃度を高める開放系大気CO増加 (Free-air CO2 Enrichment、FACE) 実験では、岩手県雫石(しずくいし)町での農研機構・東北農業研究センターとの共同実験を長年実施してきました。2010年からは、茨城県つくばみらい市に FACE 実験施設を設置し(図1)、気候変動研究の実験拠点として多くの連携研究を展開しています。

図1 茨城県つくばみらい市のFACE実験施設: 風向・風速や試験区中央のCO2濃度に応じて、風上側3辺からCO2ガスを放出し、試験区内のCO2濃度を対照区よりも200ppm高く制御します。試験区内には、様々な品種や異なる水温、施肥条件などを設定しています。同じ試験区配置を対照区にも設けて、CO2濃度との相互作用を調べます(各4反復)。(写真と図)

岩手県雫石町と茨城県つくばみらい市の2地点における FACE 実験のデータを解析したところ、高CO濃度によってコメの収量は増加するものの、その増収効果は、冷害年を除くと高温条件で低下することがわかりました(図2)。このことから、温暖化条件では、高CO濃度による増収が期待されるほど大きくならない可能性が示されました。一方、水田は強力な温室効果ガスであるメタンの主要な発生源の一つですが、高CO濃度は、イネの光合成促進と根圏への有機物供給量の増加を通じてメタンを増やし、その発生量はそこに植えられたイネの品種によって異なることが明らかになってきました。このように、温暖化や大気COが作物の生育・収量・品質に及ぼす影響に加えて、土壌―作物―大気における物質循環も調査し、気候変動によって農耕地からの温室効果ガスの発生に及ぼす影響を明らかにします。さらに、品種や栽培管理技術によって影響がどのように変化するかを調べることで、将来の環境に適した品種の形質・栽培の管理の方法などを検討します。

図2 高CO2濃度によるコメの増収効果は、高温条件で抑制される −岩手県雫石町と茨城県つくばみらい市で実施したFACE実験から予測−: 気候の異なる2地点でのFACE実験で「あきたこまち」の収量を比較したところ、高CO2濃度により平均で13%増収しました。しかし、増収効果は高温条件で低下することがわかりました。(写真とグラフ)

このほか、世界で温暖化による被害が顕在化しつつあるイネの高温障害に対処するため国際観測ネットワーク(MINCERnet)を構築しました(図3)。ここでは、イネの高温不稔(ふねん)の問題に危機感を共有する各国の研究者が連携して、幅広い気象条件に同一の群落微気象観測装置を適用して発生条件を比較し、高温不稔発生のメカニズムを解明しています。

図3 地球温暖化に伴う農作物高温障害の実態解明のための耕地環境観測ネットワーク(MINCERnet); 日本、中国、台湾、フィリピン、ミャンマー、インド、スリランカ、米国に、2014年からアフリカの2カ国を加え、アジア、アフリカ、アメリカを横断する広範囲な気候・地域における、群落内微気象とイネ高温障害のモニタリングを進めています。(世界地図と MINCER の写真)

また、日本の近年の気候変動やそれによる生産変動の実態を解明したり、本リサーチプロジェクトで開発されるモデルの入力値とするため、作物の生育モデルや微気象モデルを組み込んだ作物気象データベース(MeteoCrop DB、http://meteocrop.dc.affrc.go.jp/real/)を準リアルタイムで公開したり、農環研1kmメッシュ気象データを整備して提供したりしています(図4)。

図4 作物気象データベース(MeteoCropDB)や農環研1kmメッシュ気象データを利用した2013年夏季の農業気象(高温に関する指標)情報の提供; 水稲の出穂日から20日間の平均気温分布(2013年):登熟初期の平均気温が 26 ℃を超える地域が、関東、北陸から北九州に至る広範囲の平野部に分布していました。(全国メッシュマップ)/8月前後半における全国各地の出穂時刻(10〜12時)の平均穂温分布:2013年の8月前半の穂温は、猛暑年であった2010年よりも高く、高温障害リスクが高かったことが示されました。(平年値、2010年、2013年の穂温のグラフ)

以上の研究を通じて、予測される将来環境での作物の生育、収量、品質を予測するモデルの開発、イネのストレス耐性メカニズムの解明と適応技術の有効性の評価、耕地における物質循環に及ぼす気候変動影響の解明を進めます(図5)。

図5 作物応答影響予測リサーチプロジェクトの研究ターゲット; 温暖化や大気 CO2 濃度上昇等の大気環境の変化が、作物の生育・収量・品質や土壌-作物-大気における物質循環に及ぼす影響を調査し、それらが将来環境でどうなるかを予測するモデルを開発します。また、品種や栽培管理に技術によって影響がどのように変化するかを調べることで、将来の環境に適応するための方法を検討します。(炭素の循環への温暖化影響のフロー図)

(作物応答影響予測RPリーダー 吉本真由美

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(平成26年度)

温暖化緩和策RP

作物応答影響予測RP

食料生産変動予測RP

生物多様性評価RP

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP

情報化学物質・生態機能RP

有害化学物質リスク管理RP

化学物質環境動態・影響評価RP

農業空間情報・ガスフラックスモニタリングRP

農業環境情報・資源分類RP

前の記事 ページの先頭へ 次の記事