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農業と環境 No.169 (2014年5月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(2014−3): 有害化学物質リスク管理RP

近年、放射性物質をはじめとして、目に見えない有害化学物質に対する関心が高まり、食の安全・安心を求める声が強くなっています。農業環境中には、鉱山や製錬所などが原因となって生じたカドミウムやヒ素汚染、過去に施用(せよう)された農薬など農業用資材や大気降下物からの混入などによって、さまざまな化学物質が入ってきます。これらの化学物質の一部は土壌に残留して、作物によって吸収されて食品の基準値を超えることがあります。有害化学物質リスク管理RPでは、有害化学物質から食の安全・安心を確保するために、有害物質に対する作物の吸収程度を予測する 「リスク評価」 や吸収を減らす 「リスク低減」 の研究を行っています。

低吸収品種

世界にはさまざまなイネ品種が存在します。アジアの栽培イネは Oryza sativa 種に属し、さらに生態型の違いからジャポニカとインディカに分類されます。われわれが日ごろ食べている 「コシヒカリ」 や 「あきたこまち」 などのジャポニカ米は、概してインディカ米に比べてカドミウム濃度が低くなります。このように、一口にイネといっても品種によってカドミウムの吸収は大きく異なります。このため、カドミウム濃度が充分に低い品種を育成できれば、単独で、または湛水(たんすい)管理などの低減技術と組み合わせることにより、広い地域に適用可能な、低コストで環境負荷が少ない、きわめて有用なカドミウム低減技術になると期待されます。これまでに、コメのカドミウム濃度を制御する遺伝子座の同定に成功して、カドミウムをほとんど吸収しないイネを育成して、品種登録を出願中です。

コシヒカリと低カドミウムコシヒカリを3つの汚染ほ場で栽培したときの、玄米中と稲わら中のカドミウム濃度(棒グラフ); コシヒカリの玄米中のカドミウム濃度はどのほ場でも基準値(0.4 mg/kg)を超えたが低カドミ系統では定量限界値(0.01 mg/kg)かそれ以下。稲わら中の濃度も同様だった。コシヒカリ玄米におけるカドミ濃度に対して97%以上の低減率となった。
コシヒカリと低カドミウムコシヒカリのほ場での生育、草姿、もみと玄米の外観(写真); いずれも有意な違いはない。

一方、過去に有機塩素系農薬として使用され、国際条約で残留性有機汚染物質 ( Persistent Organic Pollutants、POPs ) に指定されているディルドリンなどは、難分解性で現在でも土壌中に残留し、キュウリなどウリ科作物の一部から食品の基準値を上回る濃度で検出されることがあります。キュウリでは一般的に接ぎ木栽培が行われていることに着目して、新たにスクリーニングした低吸収性の台木品種を用いた吸収抑制技術を開発しました。

ファイトリメディエーション

植物を使って汚染土壌を浄化する技術 をファイト(植物) リメディエーション(修復) といいます。農環研では、先に述べたインディカ米の中から、とくに土壌からカドミウムをたくさん吸収するイネを見いだし、カドミウム吸収を高める 「早期落水法(移植後最高分げつ期まで湛水(たんすい)、以後収穫時まで落水)」 という栽培と組み合わせた新たな方法を開発しました。この方法でイネを2〜3作栽培し、その都度地上部を持ち出すことで、土壌のカドミウム濃度は20〜40%低減します。その後、栽培した食用イネのコメのカドミウム濃度は、対照区と比べて40〜50%低減しました。この方法は、既存の農業機械で行えるため、10アール当たり75万円程度の低コストで広範囲での実施が可能です。気象条件や汚染程度の異なるさまざまな水田を対象に、農水省による実証事業が行われています。現在、ソルガムなど別の作物も利用して畑などへの適用性を検討しています。

カドミウム高吸収イネを用いたファイトリメディエーションのプロセス: Cd高吸収イネ早期落水栽培 → モミワラ分別収穫 → 現位置乾燥 → 運搬 → 焼却 → Cd回収  (組み写真)

また、土壌中のディルドリンの吸収に関しては、ウリ科植物のみが特異的な能力を示し、他科はほとんど吸収能力を示しません。ウリ科の中でもとくにディルドリン吸収能力が高いズッキーニを選抜し、これを用いたファイトリメディエーションも開発しています。

土壌洗浄

洗浄法は汚染土壌に薬剤液を加え、泥水の状態でよくかき混ぜてカドミウムを土壌から薬剤液に抽出して除去する方法です。農環研は、塩化鉄を溶かした用水を薬剤液として用い、排水された薬剤液に含まれるカドミウムを現場に設置した処理装置で回収するオンサイト土壌洗浄法を新たに開発しました。本法により、客土より安く、土壌のカドミウム濃度を60〜80%、生産される玄米のカドミウム濃度を70〜90%低減することができます。現在、農水省による実証事業が行われています。

カドミウム汚染水田における土壌洗浄法のプロセス: (1)薬剤施用(水田をあぜ板で囲み、塩化鉄と用水を入れる)→(2)かくはん(かくはんの深さを一定に保ちながら代かきをします(カドミウム抽出))→(3)静置・排水→(4)水洗浄(2〜3回)→[浄化完了]; (3)と(4)からの排水は、現場に設置した処理装置に送られ、カドミウムを回収、処理後の水は放流されます (組み写真)

ほかにも、コメのヒ素吸収を抑制する技術や農薬の残留可能性を予測する手法の開発など新たな課題にも取り組んでいます。このように、食の安全をキーワードにして、さまざまな研究を進めています。当RPに関連する成果やプロジェクトを以下のサイトで公開しています。こちらもごらんください。

農作物中のカドミウム低減対策技術集(PDF)
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/cadmium_control.pdf

農産物におけるヒ素およびカドミウムのリスク低減技術の開発
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/project/seisan_koutei/ac/

野菜等におけるPOPsのリスク低減技術の開発
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/project/seisan_koutei/pops/

(有害化学物質リスク管理RP リーダー 牧野知之)

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(平成26年度)

温暖化緩和策RP

作物応答影響予測RP

食料生産変動予測RP

生物多様性評価RP

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP

情報化学物質・生態機能RP

有害化学物質リスク管理RP

化学物質環境動態・影響評価RP

農業空間情報・ガスフラックスモニタリングRP

農業環境情報・資源分類RP

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