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情報:農業と環境 No. 56 (2004.12)

No.56 2004.12.1
独立行政法人農業環境技術研究所
No.56
・世界イネ研究会議が開催された
・第6回エコバランス国際会議が開催された
・韓国農村振興庁長官が農業環境技術研究所を訪問
・オープンセミナー「農環研の化学生態研究:トピックスと将来方向」が開催された
・アジア・太平洋外来生物データベースの公開
・ダイズのカドミウム吸収抑制のための対策技術
・農業環境研究:この国の20年(12)−終章−
・農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(2):17.水質汚濁に関する研究の成果
・農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(3):64.大気汚染による農作物被害の測定方法に関する研究
・論文の紹介:内モンゴル草原における生態系の安定性と補償作用
・本の紹介 153: 農薬と食:安全と安心−農薬の安全性を科学として考える、梅津憲治著、ソフトサイエンス社(2003)
・本の紹介 154: 文明の環境史観、安田喜憲著、中公叢書(2004)
 

世界イネ研究会議が開催された

平成16年11月4日、農林水産省の主催で「科学技術が拓くコメと人の未来」と題した「世界イネ研究会議東京シンポジウム」が、皇太子殿下ご臨席のもとに赤坂プリンスホテルで開催された。その趣旨は島村宜伸農林水産大臣の挨拶にすべて包括されているので、以下に大臣の挨拶を引用する。

『本年は国連の定めた「国際コメ年」であり、世界各国が連携して、途上国の飢餓・貧困の解消に大きな役割を果たすコメについての認識を高めるため、様々な取組みを進めているところであります。我が国においても、本年1月に開催された農林水産省主催の国際コメ年記念シンポジウムを皮切りに、国際コメ年日本委員会が中心となり全国各地でさまざまなイベントが行われてきました。

コメはアジア・モンスーン地域における主食であるだけでなく、水田による美しい農村景観の形成により地域の文化を育むという重要な役割を果たしております。

コメを基礎とする私たちの生活や社会は、農業者の努力と絶え間ない研究開発の結果の上に発展してきたものであります。イネに関する研究開発は、これまでの成果として幾多の技術や品種を世に送り、我が国の農業の発展に大きく貢献してきました。

世界に目を向けると開発途上国でおよそ8億人の方々が栄養不足に苦しんでいます。一方、世界の人口の半数以上がコメを主食としており、約10億世帯が雇用や生活の主要な源としてコメに依存しています。飢餓・貧困人口の多くがアジア・アフリカに集中している中で、コメに関する研究開発の一層の成果が途上国の農民等の栄養不足、貧困の改善に役立つことが期待されています。

我が国はこのような問題に対応するため、アジア地域におけるイネの品種改良や栽培技術の確立などの協力を行ってきました。また、海外の十の地域や国と協力し、イネゲノムの解読を行う他、国際研究機関とも連携してネリカ米の研究開発に取組み、先導的な役割を果たしてきたところです。今後とも、国連において定められたミレニアム開発目標の達成のためにも、世界の期待に応える研究開発を進めてまいります。

国際コメ年という記念すべき年に開催される「世界イネ研究会議」により、世界のイネの研究者の連携の強化が図られ、世界的な飢餓・貧困及び環境問題の解決へ向けた研究開発が更なる飛躍を遂げることを祈念して、私のご挨拶といたします。』

この会議は農林水産省主催のもとに、農業・生物系特定産業技術研究機構 (NARO)、農業生物資源研究所 (NIAS)、農業環境技術研究所 (NIAES)、農業工学研究所 (NIRE)、食品総合研究所 (NFRI)、国際農林水産業研究センター (JIRCAS)、農林水産政策研究所、国際稲研究所(IRRI)、国際コメ年日本委員会が共催した。

挨拶に続いて、作る・生きる・暮らす・共生するをテーマに、以下の基調講演が行われた。

【作る】

コメの生産:過去、現在、未来 (Rice Production: Past, Present and Future)

[グルデブ・S・クッシュ 前国際稲研究所(IRRI)部長(世界食糧賞受賞)]

【生きる】

日本人の食におけるコメの意味 (The Role of Rice in Diet of Japan)

[香川芳子 女子栄養大学学長]

【暮らす】

定住の力 (The Power of Settlement)

[松本健一 麗澤大学教授]

【共生する】

変化するコメの経済及び政策―食料安全保障、グローバリゼーション及び持続可能な環境利用との密接な関係 (The Changing Economics and Politics of Rice)

[ヨアヒム・フォン・ブラウン 国際食料政策研究所(IFPRI)所長]

続いて、パネルディスカッションが行われた。パネリストは、ロナルド・P・カントレル(IRRI所長)、カナヨ・F・ヌワンゼ(アフリカ稲センター(WARDA)所長)、グルデブ・S・クッシュ(前IRRI部長)、香川芳子(女子栄養大学学長)、松本 健一(麗澤大学教授)およびヨアヒム・フォン・ブラウン(IFPRI所長)であった。東 久雄(国際コメ年日本委員会副会長)および岩本睦夫(JIRCAS理事長)がコチェアーを担当した。

そのあと、国際コメ年記念研究功績表彰式が挙行された。西尾敏彦 日本イネ研究者会議議長から受賞者の業績の紹介があったあと、熊澤喜久雄 日本農学会会長から受賞者に記念の盾が贈られた。

受賞者と受賞テーマは以下の通りであった。

● Mano D. Pathak (元国際稲研究所): 熱帯水稲における虫害抵抗性遺伝資源の発見とその利用への展開

● コロンボ・プランによる水稲育種協力グループ(日本とマレーシア): マレーシアをはじめ南アジア地域の稲作拡大と生産増を可能にした水稲品種「マスリ」の育成

● 田中 明(北海道大学名誉教授): 栄養生理学的研究の応用による熱帯水稲の多収性理論の樹立

● 国際イネゲノム塩基配列解析プロジェクトチーム: イネゲノム塩基配列の完全解読

5日から7日までは、「World Rice Research Conference 2004」と題して、会場をつくばに移して議論が行われた。中心テーマは次の4点に絞られた。

・Innovative technologies for boosting rice production

・Perspective on the place of rice in healthy lifestyles

・Adaptable rice-based systems that improve farmer's livelihood

・The role of rice in environmentally sustainable food security

つくば会場におけるプログラムは次の通りである。

挨拶

基調講演

1.Feeding the World in the 21st Century [バクラフ・スミル:カナダ、マニトバ大学教授]

2.Development of Sustainable Agriculture Founded on Rice, Water and Living Environment [中村良太:日本大学教授]

3.Research Strategy of Rice in the 21st Century [ロナルド・カントレル:国際稲研究所長]

表彰式

Senadhira Award(シナデラ賞): D. Mackill (IRRI)

分科会

セッション1: イネ属、その多様性、進化、そして利用

セッション2: イネゲノムの構造と機能

セッション3: 遺伝子組み換えイネの将来

セッション4: 収量性の向上

セッション5: 栽培イネの遺伝資源の拡大とヘテロシスの利用

セッション6: アジアにおけるイネ栽培管理の動向

セッション7: 機械化による生産性向上

セッション8: コメ品質の改善

セッション9: 新たなコメの用途の開発

セッション10: コメの加工及び流通のためのポストハーベスト技術

セッション11: 水田の多面的機能の向上

セッション12: イネ栽培における土壌、水及び環境保全

セッション13: 新技術導入における農民参加のアプローチ

セッション14: 水田における栽培作物の多様化と農村生活

セッション15: 不良環境下におけるコメ生産の拡大への取り組み

セッション16: 環境に負担の少ない病害虫管理

セッション17: コメの需要と供給

セッション18: グローバリゼーションの農民への影響

セッション19: 気候変動とコメ生産

セッション20: IT活用によるイネの生産性向上

ワークショップ1: 玄米の有効成分とその機能:発芽玄米を中心に

ワークショップ2: 世界のイネ育種戦略

ワークショップ3: イネの高温・低温ストレス

ワークショップ4: FAO/IAEA/RCAによるアジアにおけるイネ改良のための放射線利用技術に関する戦略的ワークショップ

ワークショップ5: 緑の革命後の農業における持続性:インドガンジス平原におけるイネ−小麦作付体系

ワークショップ6: イネ集約栽培法(SRI)に関する経験の概観

農業環境技術研究所はセッション12とセッション19の運営・進行を担当した。以下にその内容を示す。

セッション12:イネ栽培における土壌、水及び環境保全

日時: 11月6日(土)9時−17時30分

コンビーナー: 斎藤雅典(NIAES)、伊藤純雄(NARO)、野副卓人(IRRI)

1.世界の水田土壌 (Kyuma, K.)

2.ベトナム水田土壌の肥沃度持続性 (Ngoc Hung, N., N. BaoVe, R. J. Buresh, M. Bayley)

3.北東タイにおける稲生産性維持のための土壌肥沃度管理 (Naklang, K.)

4.アジアの灌漑水田土壌における局所精密養分管理とリン酸、加里供給能 (Witt, C., A. Dobermann, R. Buresh)

6.西アフリカにおける持続的稲作と流域における環境修復のための生態工学 (Wakatsuki, T., O. Fashola, M. Buri)

7.稲−小麦輪作における窒素循環と環境に対する影響 (Zhu, J. G., X. Wang)

8.バングラデシュにおける水稲生産のための粒状尿素の深層施肥に関するIFDC(国際肥料普及センター)の経験 (Bowen, W., U. Singh, L. Hammond)

9.環境に対する影響を最小に、収量を最大にする水稲栽培の新しい施肥法 (Saigusa, M.)

10.嫌気条件における作物残滓の分解は低湿地水田の土壌窒素循環と収量を悪化させるか? (Olk, D., K. Cassman, M. Anders, K. Schmidt-Rohr, J. Mao)

11.土壌の化学・物理性と作物に対する田畑輪換の影響について (Lee, D. B., C. H. Yang, C. H. Ryu, K. B. Lee, J. D. Kim)

12.水田−畑輪換の継続による作物生産性と土壌肥沃度の低下 (Sumida, H.)

13.稲のカドミウム汚染を軽減するための望ましい技術 (Ishikawa, S.)

14.総合討論

セッション19:気候変動とコメ生産

日時: 11月7日(日)9時−12時30分

コンビーナー: 今川俊明 (NIAES), Sheehy, J. (IRRI)、長谷川利拡(NIAES)

1.大気CO2増加および温度の上昇がイネに及ぼす影響;アジアのコメ生産との関連 (Horie, T., H. Yoshida)

2.作物成長モデルを利用したイネ生育のモニタリング:北日本の事例 (Yajima, M.)

3.気候変動とコメ生産量の変動への対策;フィリピンの事例 (Lansigan, F.)

4.高濃度大気CO2がイネの養分吸収と栄養状態に及ぼす影響 (Zhu, J.)

5.フィリピンにおける水田土壌のメタン生成・放出に及ぼす土壌特性および各種土壌処理の影響 (Mitra, S., D. Majumdar)

6.農地管理方法の違いが温室効果ガスの発生に及ぼす影響のモデル化:中国の稲作を事例として (Li, C., S. Frolking, X. Xiao, B. Moore, S. Boles, W. Salas, J. Qiu, T. Huang, R. Sass)

7.総合討論

当所の職員が参加したポスター発表は、次の通りである。

S12: K. Takagi et al.: New coupled model of pesticide transport in paddy field

S12: M. Ueji et al.: Fate and transport of rice pesticides in agricultural surface water

S12: I. Taniyama et al.: Stable isotope ratios of hydrogen and oxygen in paddy water affected by evaporation

S16: Araya, H., S. Hiradate, Y. Fujii: Investigation of allelochemicals from rice on the basis of total activity

S16: Fujii, Y., H. Araya, S. Hiradate et al.: Screening of allelopathic activity from rice cultivars by biomass and field test

S19: Cheng, W., K. Yagi et al.: Impact of rising atmospheric CO2 on CH4 emission from rice paddy

展示会:

独立行政法人、新潟県農業総合研究所、京都大学出版会、ファンケル、ダウケミカルなど33団体

農業環境技術研究所ブース:

研究所のミッションと組織、理事長メッセージおよび国際シンポジウムのポスター展示、研究所概要パンフレット、Annual Report(英語版年報)および国際シンポジウム要旨集等の配布、NIAES Series(英文叢書)の展示、農環研紹介ビデオの上映、APASD利用のデモンストレーションを行った。

出席者数:

(東京会場) 約450名 (外務省、FAO、APO、JICA、つくばセッション参加者、農水省、独立行政法人など)

(つくば会場) 約1300名

 

第6回エコバランス国際会議が開催された

エコバランス国際会議はライフサイクルアセスメント(LCA)に関する研究成果とその応用について論議を行うための国際会議で、1994年に第1回がつくばで開催されて以来、2年ごとにつくばで開催されてきた。

10周年となる第6回は、「ライフサイクル思考」の原点に戻り、この10年の間に提案、検討、実践されてきた新しいコンセプトとツールが「ライフサイクル思考」とどのように融合できるかを論議することを目的に、(社)未踏科学技術協会、(独)農業環境技術研究所、(社)産業環境管理協会、(社)環境情報科学センターの共催により、平成16年10月25日から27日まで、つくば国際会議場において開催された。24か国から約400名の参加があった。概要は以下の通り。

プログラム:

基調講演

安井 至(国連大学)

エコバランス国際会議10年を振り返って

北川正恭(早大教授、元三重県知事)

地方自治体における環境行政とライフサイクル的思考の活用について−理論から実践へ

招待講演ならびに一般講演

セッション1: ライフサイクルアセスメント(発表55件)

セッション2: 技術・製品・サービスの分析・評価へのライフサイクル思考への適用(発表39件)

セッション3: 政府・企業・消費者の意志決定におけるライフサイクル思考の活用(発表32件)

ポスターセッション: 104件

議論の内容:

基調講演において、北川氏から、三重県における環境行政に関わる経験に基づき、「環境問題の解決のために科学者集団からの積極的な提言(マニフェスト)を行い、それを政治・行政の担当者へ投げかける。そのような活動を強く期待する」旨の発言があった。

LCAそのものはISO(国際標準化機構)においてその手法が定められ、企業の環境管理を進めるために、広く普及している。今回の会議では、LCA手法そのものよりも「ライフサイクル思考」に基づいたきわめて多様な研究成果が発表・論議され、「ライフサイクル思考」が様々な分野で広く応用されていることが示された。セッション1に設けられた農業関係のサブセッションにおいて、招待講演者であるボン大学 G. Haas 博士を中心に、「農業分野へのLCAの適用」について論議が行われた。

第7回は、LCA for designing the future society をメインテーマに2年後に開催される予定である。

 

韓国農村振興庁長官が農業環境技術研究所を訪問

韓国農村振興庁(RDA)の 孫 貞秀 長官が、農業科学技術院 高 文換 環境生態科長、および農業工学研究所 崔 圭 [火+共] 収穫後処理工学科長とともに、11月19日、農業環境技術研究所を訪問した。

陽理事長と孫長官との意見交換を通じて、まずこれまでの研究交流と共同研究の歴史が確認された。また、この研究交流の歴史をふまえて今後さらに研究協力を互いに推進することが確認された。孫 長官一行は、当研究所の環境化学分析センターと土壌モノリス館を見学した(写真1写真2)。

 

オープンセミナー 「農環研の化学生態研究:トピックスと将来方向」が開催された

オープンセミナーは、農業環境技術研究所内の部やグループの壁を越えて、"自分たちの研究を実質的に推進するための議論を交わす"ことを目的として、今回試験的に始めた新しいタイプのセミナーです。所属や専門の異なる研究者にも積極的に集まっていただき、話題提供していただくとともに意見を出し合い、インタラクティブな研究への橋渡しとなることをねらっています。

今回は,「農環研の化学生態研究」をテーマとして、話題提供と意見交換を行いました。

日時: 10月28日(木)14:00〜17:15

場所: 農業環境技術研究所 5階中会議室(547号室)

内容

1.全活性および比活性に基づいたアレロパシー研究の再評価

Re-evaluation of allelopathic researches based on the specific activity and the total activity

平舘俊太郎 (植生研究グループ)

2.Quorum sensingとquorum quenching (細菌の細胞間情報伝達システムとその病害防除への応用)

Quorum sensing and quorum quenching (Cell to cell communication system in bacteria and the possible applications to disease control)

吉田重信(農業環境インベントリーセンター)

3.どちらが食べられる?−捕食性糸状菌と線虫との多様な関係

Which is preyed upon, the fungus or the nematode? Diverse relationships between predatory fungi and nematodes

岡田浩明 (微生物・小動物研究グループ)

4.植物の防御機能を活用した環境低負荷型の病害防除を目指して

Use of activated defense mechanisms in plants-a novel and environmental-friendly option for integrated disease management systems

石井英夫 (有機化学物質研究グループ)

今回のテーマは、12月10日(金)に開催される、第24回農業環境シンポジウム・第7回植生研究会「農業生態系の保全に向けた生物機能の活用−天然生理活性物質と生物間相互作用−」(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/sympo/h16/20041210.html)の講演内容と重複しないように選定したものです。

この分野は、農業環境技術研究所内の各研究部門に研究テーマが散在していながら分析技術や実験材料には共通点が多いため、一つの議論の場を設けて意見交換できたことは大変有意義でした。また、直接関連する研究者だけでなく、他の分野の研究者の積極的な参加があったことは、このような研究会のニーズがあることを示すものでした。今回は研究所の内外から約30名の出席がありました。現在,次回の開催に向けて検討中です.

 

アジア・太平洋外来生物データベースの公開

農業環境技術研究所では、アジア・太平洋地域における外来種による経済的生態的被害を軽減する目的で、わが国における侵略的外来種に対する研究と経験をアジア・太平洋地域に発信し、あわせてこの地域における侵略的外来種の情報を得て、わが国の対策に活かすために、アジア・太平洋外来生物データベース(Asian-Pacific Alien Species Database:略称APASD)の開発を行ってきました。

このデータベースシステムの開発は、2003年11月に茨城県つくば市で開催された国際セミナー「生物学的侵入:環境影響とアジア太平洋地域のためのデータベース開発」(農環研とFFTC(アジア太平洋食糧肥料技術センター(台湾)の共催)、および2004年11月に台湾で開催された国際ワークショップ「アジア太平洋地域における生物学的侵入に対するデータベース開発」(農環研と台湾のFFTC、動植物衛生検疫局および農業試験場の共催)での、データベース開発、各国別の外来種に関する発表およびデータベースに関する論議をもとに進められてきました。

本データベースの特徴は、(1)入力対象種がアジア太平洋地域の農業生態系(水系を含む)に生息し、経済的生態的被害を起こす、すべての外来生物種であること、(2)同一種であっても国ごとにデータを入力し、対象種ごとかつ検索項目ごとに国別データを同一ページに並べて表示し、比較できること、(3)リレーショナルデータベースであるので、大量のデータ入力と検索が比較的容易であること、(4)生物種や被害の写真を掲載できること、(5)文献検索を全入力文献リストから行えることなどです。

本データベースに入力できるデータの種類には、(1)分類同定に関連する項目として、分類学的名称、シノニムに当たる生物種の入力データの参照、写真とその説明、(2)リスク評価に関連する項目として、発見年、原産地域、分布拡大、生態的・経済的被害、生育・繁殖特性、(3)対策に関連する項目があり、ここに緊急防除、総合的害虫管理(IPM)などの情報を入力できます。

本データベースは、英語を共通言語として使用しています。データ入力は、侵略的外来種に詳しい方に執筆協力をお願いしています。各国ごとに1生物種について1データ(共同執筆は可能)が入力できます。現在は、執筆者に対して電子メールで送付した記入様式に記入し、写真とともに当所に送っていただき、当所の担当者がデータベースに入力する方式を採っています。ごく近いうちに、各執筆者から直接入力およびデータの更新(追加、修正)ができるようになる予定です。これまでに入力済みの生物種はまだ少ない状況ですので、主旨に賛同し執筆していただける方は、apasd@niaes.affrc.go.jp まで、ご自分のメールアドレス、氏名、所属、入力対象種を記入したメールをお送りください。

アジア・太平洋外来生物データベースのトップページは http://apasd-niaes.dc.affrc.go.jp/(システム更新作業のためサービス休止中 [2013年2月20日]) です。農業環境技術研究所ホームページ(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/)の「データベース・画像情報 (http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/db_image.html#apasd) (最新のURLに修正しました。2010年6月)」からも入れます。

 

ダイズのカドミウム吸収抑制のための対策技術

(独)農業環境技術研究所 化学環境部重金属研究グループ

1.はじめに

農林水産省では、国際的な食品中カドミウムの新基準案の検討や消費者の食品に対する安全・安心への要望に対応するため、水稲をはじめ、ダイズ、麦等の主要畑作物や野菜等のカドミウム吸収抑制技術の開発を平成12年度から開始した。これを受けて、(独)農業環境技術研究所は、独立行政法人の農業関係研究機関、道・県農業試験場、大学、民間等と協力し合って、主要な農耕地土壌中のカドミウム分布実態の解明、作物ごとの土壌カドミウム可給性の解明、作物汚染リスク予測技術の開発とマッピング手法の確立、それらに基づくカドミウム吸収抑制技術の開発等の研究を相次いでスタートさせた。

ダイズ製品は、わが国では主要な食品であり、消費量が多い。このため、ダイズのカドミウム濃度は、消費者の関心も高く、低減化のための技術開発が要望されている。

低減化のための研究は、現在進行中であり、具体的な成果が出始めた段階であるが、ダイズのカドミウム対策の緊急性を考え、現時点で公表が可能なデータを用いて「ダイズのカドミウム吸収抑制のための対策技術」を作成した。本対策技術は、今後新しい研究成果を付け加えてバージョンアップを図っていく予定である。

なお、本稿は、主にカドミウム対策に携わる技術者の方々を対象にしたものであり、その内容は専門的である。一般の方々のためにわかりやすいマニュアルを農林水産省のホームページ(http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/taisaku/index.html (最新のURLに修正しました。2010年6月))へ掲載予定なので、適宜利用されたい。

2.ダイズの主要品種と作付け状況

ダイズは東アジア一帯に自生するツルマメ(Glycine soja)から栽培化されたと考えられている。わが国では縄文時代から栽培され、各地で様々な品種が生まれたが、本格的な育種が始まった1900年代以降、徐々に近代的な育成品種に置き換わっている。在来品種は現在では自家消費的に栽培されているものがほとんどである。現在わが国で栽培されている主要品種は表1の通りである。

表1 主要なダイズ品種

品種名育成年育成場所品種の特徴
フクユタカ昭和55年九州農試中晩生、良質多収、高蛋白、淡褐目
エンレイ昭和46年長野中信早生、晩播適応性、やや大粒、高蛋白
タチナガハ昭和61年長野中信中生、多収、耐倒伏性強、中の大粒、長葉
リュウホウ平成7年東北農試中生、白目、粒大は大の小、耐倒伏性強、シストセンチュウ抵抗性強、豆腐加工向
スズユタカ昭和57年東北農試中生、多収、ダイズシストセンチュウ抵抗性、モザイク病抵抗性、中粒
タマホマレ昭和55年長野中信中生、耐倒伏性、中粒、良質多収、低蛋白
トヨムスメ昭和60年十勝農試中生、耐倒伏性、低温抵抗性中、シストセンチュウ抵抗性、茎疫病抵抗性
むらゆたか昭和63年佐賀県農試中晩生、良質多収、高蛋白、白目
おおすず平成10年東北農試大粒、白目、煮豆適性高、耐倒伏性
ミヤギシロメ昭和35年宮城県農試晩生、強茎、良質、大粒
トヨコマチ昭和63年十勝農試中生の早、耐倒伏性、低温抵抗性やや強、シストセンチュウ抵抗性
タンレイ昭和53年長野中信中の大粒、耐倒伏性、密植栽培適、蛋白中
丹波黒 在来種晩生、極大粒、黒豆、良質、新丹波黒、兵系黒3号などが純系選抜されている。
タチユタカ昭和62年東北農試耐倒伏性強、難裂莢性、モザイク病抵抗性、難裂皮
オオツル昭和63年長野中信大粒、良質、難裂皮、煮豆・味噌加工適性
納豆小粒昭和51年茨城県農試極小粒、晩播適応性、納豆加工適性高
ナカセンナリ昭和53年長野中信シストセンチュウ抵抗性、耐倒伏性、豆腐・味噌加工に適
スズマル昭和63年道立中央農試小粒、多収、耐倒伏性、密植栽培適性
スズカリ昭和60年東北農試モザイク病抵抗性、耐倒伏性、多収、蛋白含量高
ナンブシロメ昭和52年東北農試中粒、早生、耐倒伏性、シストセンチュウ抵抗性
サチユタカ平成13年九沖農セ高蛋白、多収、耐倒伏性
ユキホマレ平成13年十勝農試耐冷性、早生、耐倒伏性、シストセンチュウ抵抗性

かつては西日本では、害虫回避のため、夏ダイズ型品種と極晩生の秋ダイズ型品種が栽培されていたが、農薬の普及等により、夏ダイズはほとんど姿を消し、中間型〜秋ダイズ型品種に置き換わった。現在は、北海道で夏ダイズ型品種、東北〜近畿・中国で中間型、東海・四国・九州地域で秋ダイズ型の品種が栽培されている。2003年現在、農林登録品種が全作付面積の80%以上を占め、県単育種、戦前の育成品種等を含めるとほとんど全部が育成品種となっている。

次に、主要品種の作付け状況と地域は表2にまとめたが、その特徴は以下の通りである。

(1)北海道ではかつては十勝長葉、トヨスズ、キタホマレ等の品種が広く栽培されていたが、現在では「とよまさり銘柄」のトヨムスメ、トヨコマチ、トヨホマレ、ユキホマレ、納豆用のスズマルが多くなっている。地域によっては音更大袖、キタムスメ、ツルムスメなども栽培されており、品種数は多い。

(2)東北地域は南北に広いこともあり、ネマシラズ、ライデン、山白玉、シロセンナリなど数多くの品種が栽培されていた。現在では、青森県でおおすず、岩手県でスズカリ、ナンブシロメ、宮城県でミヤギシロメ、タンレイ、秋田県でリュウホウ、タチユタカ、山形県でスズユタカ、リュウホウ、福島県でスズユタカなどが栽培され、県ごとに主要品種は異なっている。近年はとくにリュウホウ、おおすずの急速な普及が注目される。

(3)関東・東山地域は古くは農林2号、タチスズナリ、エンレイ、納豆小粒などが栽培されていたが、納豆小粒以外は、大部分がタチナガハに置き換わった。栃木県、茨城県および長野県が主産地で、タチナガハがほぼ半分を占め、納豆小粒がこれに次ぐ。ナカセンナリは長野県で主として作付けされている。

(4)北陸地域では奥羽13号、赤莢、フクメジロなどが栽培されていたが、現在ではエンレイがほぼ100%を占めている。主産地は新潟県と富山県である。

(5)東海地域は愛知県が主産地で、中鉄砲、赤莢、玉光など在来種が栽培されていたが、現在ではフクユタカがほとんどを占め、中山間でタマホマレ、アキシロメ等が作付けされている。

(6)近畿地域では滋賀県と兵庫県が主産地で、玉錦、赤莢、丹波黒等が栽培されてきたが、普通ダイズの多くはタマホマレ、オオツルに代わっている。丹波黒は商品価値の高さから、兵庫県や京都府の旧丹波地域で多く作付けされている。

(7)中国・四国地域では銀大豆、シロタエ、朝日などが作付けされていたが、現在では多くがタマホマレ、アキシロメ、サチユタカに代わっている。また、岡山県や香川県などでは丹波黒の作付けも多い。四国では栽培面積自体が少ないが、南部を中心にフクユタカの作付けも多くなっている。近年、新品種サチユタカが作付けを伸ばしている。

(8)九州地域はかつては夏ダイズ作地帯で、コガネダイズ、ヒゴムスメなどが多く作付けされていたが、農薬の普及とともに秋ダイズ作地帯に代わり、フクユタカおよびフクユタカにγ線照射して育成されたむらゆたかでほぼ100%を占めるようになった。主産地は福岡県、佐賀県、熊本県で、北海道と並んで単収が高い地域となっている。

表2 わが国のダイズ主要品種の作付け変遷

表2

3.ダイズのカドミウム吸収特性

1)子実(豆)のカドミウム濃度

カドミウムは、植物にとって必須元素ではないが、農作物の中にはカドミウムを吸収しやすいものがあり、ダイズもその一つに数えられる。農林水産省では、国内産の農畜産物等の全国実態調査を行っており、主要な品目について、平成14年12月2日に調査結果を公表している(http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/cyosa/index.html (最新のURLに修正しました。2010年6月))。この資料をもとに、ダイズ、玄米、コムギについてまとめたのが表3である。

表3 カドミウムの想定基準値に対する超過率

農作物 (分析点数)仮定基準値超過率
 大豆  (594)    0.2 ppm
   0.3
   0.4
   0.5
   17.3 %
   6.2
   1.9
   0.7
 玄米  (37,250)    0.2 ppm
   0.3
   0.4
   0.5
   3.3 %
   0.8
   0.3
   0.1
 小麦  (382)
   0.2 ppm
   0.3
   0.4
   3.1 %
   0.8
   0.3

ダイズについては、全国のダイズを生産する県において調査が行われている。その際、県ごとの試料採取点数は、各県のダイズの作付面積の割合に対応して定められ、合計で594点となっている。ダイズは、カドミウム濃度が0.2ppm以上17.3%、0.3ppm以上6.2%、0.4ppm以上1.9%、0.5ppm以上0.7%となっている。この結果が示すように、ダイズは、玄米やコムギよりもカドミウム濃度が高い傾向にある。

2)品種間の差異

同じダイズの中でも品種によってダイズ子実のカドミウム濃度に違いがあることが明らかにされている。表4に示したように、可給態のカドミウム濃度が比較的高い非汚染土壌で栽培した場合、子実のカドミウム濃度は「Harosoy」が最も高く、「エンレイ」は低く、根粒超着生の突然変異品種「作系4号」はカドミウム濃度が最も低かった。交配親が「スズユタカ」と「エンレイ」である「ハタユタカ」の子実カドミウム濃度は、両親の濃度の中間程度であった。

表4 非汚染土壌で栽培したダイズ17品種の子実中Cd濃度 ppm

品種名ポット試験圃場試験
作系4号
タマホマレ
En-b0-1
5葉黒豆
早銀
エンレイ
En-b2-110
デワムスメ
タチユタカ
En-N0-2
タチナガハ
納豆小粒
ゲデンシラズ
EN1282
ハタユタカ
スズユタカ
Harosoy
0.12
0.13
0.23
0.20
0.23
0.19
0.19
0.24
0.28
0.18
0.23
0.18
0.20
0.24
0.23
0.33
0.34
0.08
0.10
0.10
0.10
0.11
0.11
0.11
0.12
0.12
0.13
0.13
0.13
0.13
0.16
0.22
0.31
0.40

(Arao,2003)

次に、カドミウム汚染程度の異なるB土壌(中位汚染)、C土壌(高位汚染)の2つの現地土壌を使って、ダイズ5品種の比較ポット試験を実施した結果を、表4の非汚染土壌(A土壌)の結果と合わせて、図1に示した。非汚染のA土壌では、どの品種もカドミウム濃度は低く、品種間の差異は小さい。しかし、汚染度が中位のB土壌では品種間差異が大きくなり、汚染度が高位のC土壌では品種間差異がいっそう大きくなった。

図1

図1 汚染程度の異なる土壌で栽培したダイズの子実カドミウム濃度
(Arao, 2003)

3)器官別の分布

器官別のカドミウム分布を測定するために、カドミウム濃度が0.1ppmの水耕液でダイズの4品種を栽培した結果を表5に示した。子実カドミウム濃度が低い「エンレイ」と「作系4号」では根のカドミウム濃度が高く、茎葉と子実中の濃度は低かった。一方、子実カドミウム濃度が高い「スズユタカ」や「ハタユタカ」では、逆に、根のカドミウム濃度が低く、茎葉と子実中の濃度が高くなった。このことから、子実のカドミウム濃度が低い品種は、カドミウムが根に蓄積し、地上部への移行が妨げられていることがわかる。

ダイズの根におけるカドミウムの蓄積機構については、根の細胞壁によるカドミウムの固定が考えられている。また、地上部に上がったカドミウムが茎や葉などの古い組織から莢・子実などの新しい組織へ移動する割合に品種間差が見られることから、この差異の要因についても、同じく細胞壁の関与が考えられている。

表5 Cdを含む水耕液で栽培したダイズの器官別Cd濃度
 (ppm) (Arao, 2003)

品種子実
スズユタカ
ハタユタカ
エンレイ
作系4号
6.8
7.1
4.4
3.3
12.4
17.1
5.9
7.5
26.2
14.9
8.7
5.8
78
47
124
158

4.ダイズのカドミウム吸収に影響を及ぼす外部因子

1)土壌中のカドミウム濃度

一般に、土壌中の可給態カドミウム濃度が高くなると、作物の可食部中のカドミウム濃度が上昇する。図2は0.1M塩酸で抽出した土壌中カドミウム濃度とダイズ子実中カドミウム濃度の関係を示したものである。バラつきはあるが、両者の間にほぼ直線関係が見られる。簡単に言えば、土壌中の可給態カドミウム濃度が高ければ高いほどダイズのカドミウム汚染リスクは高くなる。よって、土壌中の可給態カドミウム濃度をいかに下げるかが吸収抑制技術の一つの目標になる。

2)土壌 pH

 土壌pHがダイズのカドミウム吸収に影響を及ぼすことはよく知られている。その一方、現場における実証では、効果が小さい、あるいは、ほとんど効果が認められないという事例も少なくない。図3に土壌のpHとダイズ子実中のカドミウム濃度との関係を示した。この図は、ダイズの品種や土壌の他要因は考慮せずに、単に土壌pHとダイズ子実のカドミウム濃度との関係をみたものである。このため、土壌pHとダイズ子実中のカドミウム濃度との関係は明確ではない。ただ、土壌pHが6.5以上であれば、ダイズ子実中のカドミウム濃度は高くならない傾向をうかがうことはできる。一方、図4は、一つの圃場(淡色黒ボク土)において、炭カルおよび有機物の施用条件を変えてダイズを栽培し、土壌pHと子実カドミウム濃度との関係をみたものである。対照区に比べると、資材の施用によって土壌pHを上げれば、子実のカドミウム濃度が低下することがわかる。

図2

図2 ダイズ子実中のカドミウム濃度
 (農林水産省の調査から)

図3

図3 ダイズ子実中のカドミウム濃度と
土壌pH
 (農林水産省の調査データより作成)

図4

図4 Cd自然賦存土壌のpHとダイズ子実Cd含量の関係 (吉田ら, 2003)

 

3)硫酸根の存在

水稲では、水田を湛水して還元条件を保っておけば、カドミウムは硫化カドミウム(CdS)となって不溶化するため、水稲のカドミウム吸収が抑えられる。この技術を実行するために、水田に硫酸根含有資材を施用する場合がある。しかし、硫酸根含有資材を施用した水田を畑に転換した場合、酸化還元電位が酸化側に移行し、難溶性の硫化カドミウム(CdS)は、より溶解性の高い硫酸カドミウム(CdSO4)に変化する。その結果、畑状態では水田に比べてカドミウムの吸収が増加する。また、生成した硫酸根は土壌の酸性化を促し、ダイズのカドミウム吸収を二重に増加させる。したがって、転換畑ダイズへの硫酸根含有資材の施用は、ダイズのカドミウム吸収を増加させる原因にもなることを注意すべきである。

表6に示したように、硫酸根含有資材の施用は、転換畑ダイズの子実中カドミウム濃度をわずかながら増加させている。そして、その原因は、土壌pHの低下によるものと考えられる。

表6 硫酸根処理がダイズ子実のCd濃度と土壌pHに及ぼす影響 (伊藤,2004)

処理区Cd pp土壌 pH
硫酸根区0.03 5.35
無硫酸根区0.0235.72

(灰色低地土, 水田−畑4年輪換平均値)

4)田畑輪換

表7に示したように、水田から畑地に転換した初年目には、ダイズの子実中カドミウム濃度が、2年目以降に比べて高くなることが明らかにされている。しかし、土壌pHや土壌中の可給態カドミウムの目安とされる0.1M塩酸や中性の酢安で抽出される量は初年目と2年目以降でとくに変化は認められない。したがって、畑転換の初年目になぜダイズ子実のカドミウム濃度が高くなるのか、その原因については前述の酸化還元電位の変化や土壌乾燥に伴うカドミウムの形態変化が大きく関与していることが考えられるが、十分には解明されていない。

このことから、可能であれば畑転換の初年目にはダイズの作付けを避けることが望ましい。また、作付けする場合には、品種の選択や、アルカリ資材の投入などのより細かなカドミウム吸収抑制のための対策が必要である。

表7 畑化後年数がダイズ子実Cd濃度に及ぼす影響(4年水稲‐4年畑作圃場) (伊藤,2004)

畑化後の
年数
子実 Cd ppm 土壌 pH 土壌 Cd ppm
2000年2001年2002年 2000年2001年2002年 0.1N 塩酸pH 7 酢安
1年目
2年目
3年目
4年目
0.15
0.06
0.04
0.06
0.12
0.08
0.08
0.06
0.04
0.02
0.03
0.03
5.7
5.8
5.8
5.7
5.7
5.8
5.6
5.7
5.8
5.8
5.9
5.8
0.17
0.16
0.17
0.17
0.037
0.034
0.039
0.038

いずれの年次, 処理区も, 畑化前4年間は水稲を栽培するという輪換圃場。土壌Cdは3年の平均値。

5)その他の要因

全国実態調査のデータに基づき、農作物のカドミウム汚染に関する作物・土壌データベースを作成し、それを用いて、作物のカドミウム吸収に影響を及ぼす要因解析を行った。ダイズの子実中カドミウム濃度を予測するために用いた土壌属性は、土壌pH,pH緩衝能、全炭素、リン酸吸収係数、0.1M塩酸抽出カドミウム,交換態カドミウム,陽イオン交換容量(CEC)などである。まず、上記のデータベースを用いて、ダイズ子実カドミウム濃度に影響を及ぼす土壌要因を主成分分析により解析した結果、2つの主成分に集約できることが明らかになった。すなわち、1)土壌表面のカドミウム吸着サイトの数と質に関係する第1成分(全炭素、CEC、リン酸吸収係数などを総合化したもの)と、2)土壌の可給態カドミウムに関係する第2成分(0.1M塩酸抽出カドミウム,交換態カドミウム,土壌pHなどを総合化したもの)の2つに集約できた(図5)。さらに、判別分析により、0.2ppmを境界線としてダイズ子実中カドミウム濃度を2つのグループに分けたところ、その判別正答率は約8割であった(図6)。この判別には、4つの要因(0.1M塩酸抽出カドミウム,土壌pH,交換態カドミウム,CEC)が大きく寄与していた。

図5

図5 ダイズ子実のカドミウム濃度に影響する土壌主要因の主成分分析

図6

図6 ダイズ子実中カドミウム濃度の0.2ppm境界線分類

 

これらの結果から、ダイズ子実中カドミウム濃度の減少には、上記の関連する土壌要因の内、比較的容易に人為的矯正が可能なものを選び対応することが必要であると考えられる。土壌pH,pH緩衝能、全炭素、リン酸吸収係数、0.1M塩酸抽出カドミウム,交換態カドミウム,CECの中で、人為的矯正が比較的容易なものは土壌pHと交換態カドミウムである。

5.ダイズのカドミウム吸収抑制技術

1)品種の選択

前述のように、ダイズには、子実中のカドミウム濃度が高まりやすい品種と、逆に高まりにくい品種とがあり、この性質は気候、土壌、栽培管理などの環境要因には影響されない遺伝的形質であることが確認されている。したがって、カドミウム濃度が高まる可能性のある土壌にダイズを栽培する場合には、できるだけ子実カドミウム濃度が高まりにくい品種を選択することが第一歩である。地域の気象条件などに適合する品種で、子実(豆)のカドミウム濃度が高まらない品種の選択が重要となる。

2)資材の投入

作物のカドミウム吸収抑制に、アルカリ資材を投入すると効果があることが以前より知られている。図3と図4から、ダイズ子実中のカドミウム濃度を高めないためには、土壌pHを6.5以上に保つことが必要といえよう。この資材等の投入による吸収抑制技術を効果的に実施するには、いくつかの解決すべき問題がある。たとえば、どの生育時期に吸収されたカドミウムが子実中に蓄積されるのかという問題である。最近の研究によれば、栄養成長期に葉などに蓄積されたカドミウムが生殖成長期に子実中に輸送されることがカドミウムの安定同位体(Cd113)を用いて確認されているが、輸送量を定量化するには至っていない。一方、開花期と成熟期のダイズ部位別のカドミウム分布を詳しく調査したところ、カドミウムの時期別吸収パターンは品種間で大きく異なっており、前期型、後期型、中間型と様々なパターンが見られた。しかし、前述のように、ダイズの子実中カドミウムは、着莢盛期までに葉(葉柄を含む)や茎に蓄積されたカドミウムが、粒肥大期以降に子実や莢に転流されることがほぼ確実である(ただし、粒肥大期以降に根が吸収したカドミウムが直接子実に蓄積している可能性はある)。いずれにせよ、着莢盛期以前の栄養成長期までに土壌pHが低下しないように、播種時の土壌pHの調整をしっかり行うことが大切である。

ダイズの生育に対しても、土壌pHは6〜7が適当だといわれているので、ダイズの収量を増加するためにもアルカリ資材の投入は有効である。

3)土壌乾燥の回避

転換畑には、水田でできた耕盤(すき床)が形成されているが、干害で土壌が乾燥してくるとこれに亀裂が発生する。一方、ダイズは、土壌水分が少ないときは、根が比較的水分の多い地中深く伸張してその部分から水を吸収するようになる。このため、干害になると、ダイズは下層土のカドミウムを吸収する可能性がでてくる。この場合は、アルカリ資材による作土の改良(土壌pHの上昇)効果も消去されてしまうことがある。したがって、干害が発生しやすい7〜8月には、灌水などの方法で土壌乾燥を回避することが大切である。灌水の方法は、暗きょが敷設された圃場であれば、これを利用した地下潅漑が効果的である。

4)ファイトレメディエーション

前述のように、ダイズは子実のカドミウム濃度が他の作物に比べて高まりやすいので、いわゆる非汚染土壌に作付けした場合でもかなりの濃度になることがある。したがって、土壌中の可給態カドミウム含有量を出来る限り下げることが求められており、ファイトレメディエーション(Phytoremediation)による環境にやさしい土壌修復技術が注目されている。

農業環境技術研究所を中心とした研究グループでは、イネを用いた土壌のファイトレメディエーション技術の確立をめざしている。ファイトレメディエーションに用いたイネは多量のカドミウムを吸収しているため、周辺環境を汚染しない処理システムが必要である。収穫から焼却までを体系化し、焼却灰中のカドミウムを回収することにより汚染を拡散しないシステムを確立した(図7)。

図7

図7 カドミウム汚染土壌のイネによるファイトレメディエーション

5)化学洗浄による汚染土壌の修復

カドミウム汚染土壌を化学試薬等で洗浄し、そのCdを除去しようとする試みが、これまで数例行われているが、実用技術まで至ったものはない。

農業環境技術研究所は県や民間企業と協力して、(1)環境にやさしく、かつ効果的な洗浄資材の選定、(2)効率的な洗浄作業工程の確立、さらに(3)洗浄廃液を現地で処理できる移動式洗浄プラントの開発等を行い、実用レベルの汚染土壌修復システムを確立した。現在、実用化に向けてコストパフォーマンスの向上に鋭意努力中である。システムの概要は次のとおりである。

i)洗浄剤の選定

洗浄剤として14種類の試薬について検定した結果、環境負荷の少ない中性塩のグループでは塩化カルシウムが最も効率よくカドミウムを抽出した。また、塩化鉄は、EDTA(キレート剤)や塩酸などと同等以上の抽出能を示した。これらの結果から、環境負荷が少ない塩化カルシウムおよびカドミウム抽出効率の高い塩化鉄を最適洗浄剤として選定した。

ii)現地圃場における洗浄試験

本システムは、1)洗浄剤による汚染土壌の洗浄、2)土壌中の残留洗浄剤の水洗除去、そして、3)洗浄廃液の現地処理の、3つの過程からなっている。洗浄処理に伴い、現地試験田の0.1N HCl抽出カドミウム含量は低下し、本法による土壌カドミウムの除去効果が現地圃場で確認された。またこの試験では、処理後に栽培した「あきたこまち」の玄米カドミウム含量が低下し,洗浄法でカドミウム汚染土壌の修復が可能なことが明らかとなった。畑転換後のダイズについては、今後、栽培試験を実施する予定である。

6.おわりに

昭和40年代になって日本の各地で、公害問題が頻繁に世間の話題にのぼるようになってきた。昭和43年にはイタイイタイ病とカドミウム汚染の関係が指摘され、これを受けて、玄米のカドミウム濃度の基準値が法律で1.0 ppm以下に設定された。またカドミウム汚染田を対象に、イネのカドミウム吸収抑制対策事業が実施され、吸収抑制のための研究も広く実施された。

このような水稲のカドミウム汚染に対する研究や対策に比べて、ダイズのカドミウム汚染が問題としてとり挙げられ始めたのはつい最近のことである。このため、ダイズに関しては具体的な研究データが少なく、対策技術も十分とはいえない。しかし、最近のダイズは転換畑で栽培されることが多く、それだけカドミウム汚染の危険性も高い。また一方では、子実のカドミウム濃度が高まりやすいアメリカの品種「Harosoy」を遺伝親とした品種や系統も開発されているため、いわゆる非汚染地域においても、ダイズのカドミウム汚染がしばしばみられている。

わが国のダイズの生産量は20万t強で、年間消費量の4〜5%である。しかし、ダイズは水田の転作作物としての奨励が進められ、また本作としての位置付けがなされている。このような背景から、国産ダイズの品質を高めることは大変重要な課題であり、早急なカドミウム汚染の対策技術の開発が求められているところである。

 

農業環境研究:この国の20年(12)−終章−

農業環境の研究は、具体的に今後どのように進展させるべきであろうか。これについての具体的な事項は、これまでの各章で述べられた「今後の展望」に委ねたい。ここでは、将来の研究で忘れてはならない基本的な考え方を述べて、読者の批判を受けたい。

1.技術知、生態知そして統合知をめざして

科学技術の大発展とそれに付随した成長の魔力に取り憑かれた時代が、20世紀であったと序章の冒頭で記した。この科学技術こそが持続的な経済成長や豊かな生活に不可欠であるという考え方は、今なお世界の人びとの心を鷲づかみにしている。

これは、「技術知」がなす業である。「技術知」とは、物理や化学などの基礎科学の応用により、資源・エネルギーを活用して人間に必要なものを作り出す知である。「技術知」の獲得が文明の発達でもあった。「技術知」は目的と手段を定めたうえで地球の資源を活用し、水平方向に新しい技術を開発していく思考と行動形態を伴っている。

一方、このような「技術知」に対して、われわれ人類が長い時間を通して実際の生活の場で体験しながら観察し、獲得してきた知恵がある。私はこれを「生態知」と呼ぶ。「生態知」は文化の進展をももたらした。「生態知」は「技術知」の目的を高遠にするため、あるいは「技術知」の手段を生活の場から深く掘り下げるため、思考や研究が垂直方向に高揚したり、深化したりする形態を有している。

「技術知」の発達とは、具体的には次のようなものと考える。「技術知」は物理や化学などの基礎科学の事実を応用し、窒素肥料や臭化メチルなどを製造する。ついで、これらを農地に散布し農産物を増産する。さらに、これを経済社会へと広げてゆくやり方のことである。人間の行為の手段としての価値は、製造の速度と収益の増大という点に設定されており、目的とする価値は生活の豊かさと利便性の向上にある。

これに対して、「生態知」の例に次のようなものがある。生態系での窒素は様々な酸化還元作用によって姿を変える。実際の畑などの現場では、有機物中の窒素は微生物の作用によってアンモニアを生成する。このアンモニアは、さらに微生物による硝酸化成作用を受けて作物に吸収されやすい硝酸態窒素に変化する。堆肥などの有機物の施用が作物の増収に役立つという事実は、生態の観察から得られた知と言える。

ここで得られた知は、さらなる「生態知」を生む。この硝酸化成作用で生成された亜酸化窒素は大気に放出され、対流圏では温室効果ガスになり、成層圏ではオゾン層破壊ガスとして作用する。また硝酸態窒素は、飲料に適さない水質をもたらし、河川や湖沼に流れ込み、生態系に富栄養化現象をもたらす。農業生産の増大を目的とした窒素の過剰な使用は、このような環境問題を世界のいたる所で起こしてきた。これらも「生態知」である。

この例にみられるように、20世紀で得られた「技術知」はさまざまな形態や部門で環境破壊をおこし、そのことが今では地球規模の環境変動に及んでいる。となると、環境を守るために「技術知」は不要ということになるのであろうか。そうではない。「技術知」も「生態知」も人間の英知が生み出した貴重な財産である。今、われわれが必要としているのは、これらの二つを融合する「統合知」ともいえる知を創出することである。さらには、より多くの「生態知」を獲得し、これまでの「技術知」との融合を試みることである。

肥効調節型肥料の開発は、「統合知」のひとつの例と言えるだろう。この肥料の基本は、「生態知」で得られた硝酸化成作用を制御し、作物による窒素の吸収利用率を最大にすることによって、亜酸化窒素や硝酸態窒素の発生を最小限にできる。このことにより、生産は維持され、同時に環境は保全されるという「統合知」が得られるのである。今後、このような「統合知」を追求した研究が様々な分野で必要なことは言うまでもない。

われわれは、宇宙から地球を眺める俯瞰的視点を20世紀に獲得した。これによって、地球環境問題を認識するに至った。俯瞰的視点とは、たとえば木を見る視点に対する森を見る視点である。これによって、時空スケールでわれわれがどこからきて、どこに行こうとしているかという認識をも獲得するに至った。さらに、環境と共生しなければ自然は逆襲するということも学んだ。21世紀には、これらの教訓をもとに「生態知」を深め、「統合知」の創出をめざす研究が必要なのである。

2.意識の変革を

われわれが直面している環境問題については、われわれの意識を変革しなければ解決できない問題がいくつもある。とくに研究という立場からは、「有限の概念」、「多様の概念」および「長期的視点の概念」が必要である。

「有限の概念」とは、地球の化石燃料やエネルギー資源は限られているとか、世界の耕地や水には限界があるといったようなことである。このことは、先に述べた「生態知」への探索へと思考を旅立たせる。

「多様の概念」とは、生物の多様性や民族の文化の多様性を認めるとか、グローバルスタンダードに従うだけでは問題の解決にはならないといったようなことである。ここでは、先に述べた環境と共生しなければ自然は逆襲するといった教訓に思い至る。

「長期的視点の概念」が必要であるのは、これまでせいぜい十年単位でしか考えなかった環境問題の概念を、百年単位の革命という概念に切り替えないと、われわれの未来がないということである。たとえば、現在380ppmの大気二酸化炭素濃度を百年前の280ppm にもどすためには、百年もの歳月がかかるだろう。また、過剰な窒素肥料の施用によって10ppm を超えた地下水の硝酸汚染を50年前の1ppm にもどすのに同じように50年の歳月が必要となるだろう。すなわち、環境問題を解決するための研究とは、このような百年単位の計画を構築し、これを実施していくという革命なのである。

環境とは、自然と人間の関係にかかわるものであるから、環境が人間と離れてそれ自身で善し悪しが問われるわけではない。人間と環境の関係は、人間が環境をどのように見るか、環境に対してどのような態度をとるか、そして環境を総体としてどのように価値付け、概念化するかによって決まる。すなわち、環境とは人間と自然の間に成立するもので、人間の見方が色濃く刻み込まれていくものである。

だから、人間の概念を離れて環境というものは存在しない。となると、環境の改善には人間の側の概念の変革や改善が必要なのである。上述した概念を忘れずに研究を展開する必要がある。

3.有限とレンタルのもとに

世界規模での21世紀の課題は、環境と情報とエネルギーであろう。いずれも現在の社会構造を根底から覆す威力を内包しているうえ、これらに対応しないで事を怠ると、まさに遅れた国にならざるを得ない。

一方、これらの課題は一国における混乱が世界中に様々な影響をもたらす。地球温暖化、放射能汚染などがよい例である。いずれも農業環境と密接な関係がある。さらに、いずれも科学や経済や技術という特定の分野の課題ではなく、今では国際政治の課題になっている。地球サミット・COPの二酸化炭素排出権取引やIT革命やチェルノブイリ事故などがよい例である。

情報は、インターネットにみられるように国境や空間の概念をなくした。また、規模という物質の蓄積や伝統という時間の蓄積を失わせつつある。エネルギーは、有限あるいは枯渇という概念で新たな解決を迫っている。

環境問題は有限という概念が世界を覆い、現実に化石燃料やエネルギーに限界があり、これらを活用することによって環境が悪化すること、すなわち地球の容量に限界があることから認識されるに至った。さらに、先に述べたように多様という概念が浮上してきた。環境を健全に維持することは、多様性を維持することに他ならないことにわれわれはやっと気づいた。生物多様性の必要性がそのよい例である。

「有限」に話を絞ろう。松井孝典は「レンタルの思想」と題して、人間が生き残るための提言をしている。その内容はおおむね次のようにまとめられる。現代文明が抱える問題、すなわち、環境問題、食料問題、人口問題などが生じたのは、人類が欲望のままに人間圏を拡大してきたからに他ならない。土壌の侵食、大気の変動、水資源の枯渇など地球の資源を食いつぶし、悲惨な結果を招く前に、「地球から材料を借りて生きる」という考え方に転換するべきであると。

人間は限られた一生の期間だけ、人体を構成する元素を地球から借りて生きている。死ねばそれが分解して地球に戻るだけである。ある期間だけ地球から材料を借りて生きているに過ぎない。これは、まさに「レンタル」である。この考えは、地球システムのなかで人間が占有できる大きさは「有限」であることを前提条件としている。人口がさらに増加すると人類が生物圏や土壌圏の炭素や窒素などを占有することになるが、それは不可能なことである。また、水圏や大気圏の水をすべて占有することも不可能である。借りたものは返さざるを得ない。

その時間的尺度は、どんなにがんばっても百年程度である。時間的尺度で貸し借りの対照表がきまる。これまで、わたしは61年間生きてきた。この間わたしは、約58トンの食料や水を地球からレンタルしたことになる。これから何トンくらいレンタルするかわからないが、死ぬときはすべてを地球に返すことになる。

「リサイクル」と「レンタル」の概念は基本的に異なる。環境資源は「有限」であることに、その違いがある。すなわち、両者の違いは総量規制にある。リサイクルにより人間圏の内部の物質やエネルギーの流れを効率化しても、人口が増加し人間圏が拡大する限り、人間圏に入り込む物質やエネルギーは増え続ける。

地球の資源は「有限」であるが故に、この「レンタル」の概念を無視した技術には行きづまりが生じるであろう。ここに新たな研究の展望を見出す必要がある。今後の大きな課題である。

4.連携と進化をめざした農業環境研究を

農業環境研究を進めるにあたって、ひとびとの連携と進化を欠くことはできない。ここでは、「分離の病」を克服し、「国際・学際・知際・所際」を推進し、「俯瞰的視点」を維持し続け、「自他の共生」を図り、「環境倫理」をもつことで、環境研究の連携がはぐくまれ、進化が促進されることを強調したい。

三つの「分離の病」がある。専門主義への没頭や専門用語の迷宮など、生きていない言葉を使う「知と知の分離」、理論を構築する人と実践を担う人との分離や、バーチャルと現実の分離に見られる「知と行の分離」、客観主義への埋没や、知と現実との極端な乖離(かいり)に見られる「知と情の分離」がそうである。時間と空間を超えて環境を守るには、これらの分離を可能な限り融合することが必要なのである。

国籍、人種、宗教、政治、経済体制、貧富などによって差別することなく、お互いが相手の立場で思考し、意見の対立が感情の対立にならない交流こそが、「国際化」と考える。空間を超えて生じている環境問題を解決するには、国際化を無視できない。広く分野や所属をこえて研究を共にする「学際」は、説明の必要がない。現場のない環境研究はない。これが「地際」の重要な点である。当然のことであるが、研究所のなかの協力と協調は欠かせない。これが所際である。「国際・学際・地際・所際」の融合こそが環境研究の決め手になる。

「俯瞰的視点」とは、人類が20世紀に獲得した最大の成果である。文明史上、人類が最高の高度から地球を眺め、人類と地球の来し方行く末を認識する視点である。20世紀の人類は月にその足跡をしるし、人類のあり方を考える俯瞰的視点を得たのである。

環境研究をいっそう進化させるためには、さらに「自他の共生」が必要である。人類は自分たちにとってだけの利益を増すことに努力し、今日の繁栄を手に入れた。これは、すなわち「自」の歴史であった。その結果、環境問題が起こり、「自」を主体におけば行き詰まりが見えることを理解した。歴史は、「自から他へ」に視線を向け、さらに「自他の共生」を図らなければ環境保全は成立しないことを教えてくれた。

最後は「環境倫理」である。これは、「自他の共生」の別の表現とも考えられる。人が人に倫理をもつと同じように、人は土壌や大気や水に倫理をもたなければ、自然に逆襲されるということでもある。これは、「土地が一つの共同体であるということは生態学の基本概念だが、土地は愛され尊敬されてしかるべきものであるという考え方は倫理観の延長である」と語った、アメリカで最初に土地倫理を提唱したアルド・レオポルドの考え方でもある。

このように、「分離の病」を克服し、「国際・学際・地際」を推進し、「俯瞰的視点」を維持し、「自他の共生」を図り、「環境倫理」を意識した農業環境研究が必要なのは言うまでもない。

5.安全・安心・制御・次世代を考えて

結局のところ今農業環境にかかわる研究で求められているのは、人間の健康に安全で安心な食料を作り出すための研究である。そのためには、安全と安心を維持するためのブレーキの役割を果たす制御の研究、さらには、安全と安心が何世代後にも持続されるようにするための研究が必要であるということに他ならない。

さらにそのとき必要なのは、人間に安全であると同様に、土、水、大気、生物など人間を取り巻く生態系の環境要因に対しても持続的に安全でなければならないということである。環境倫理の心髄もここにある。

フランスのノーベル賞受賞者のアレキシス・カレルは、彼の著書「人間−この未知なるもの」の中で次のように警告している。土壌が人間生活全般の基礎であるから、私たちが近代的な農業経済学のやり方によって崩壊させてきた土壌に再び調和をもたらす以外に、健康な世界がやってくる見込みはない。生き物はすべて土壌の地力に応じて健康か不健康になる。すべての食物は、直接的であれ間接的であれ、土壌から生まれているからである。

今日、土壌は酷使され侵食され合成化学物質にさいなまれている。そのため食物の質は損なわれ、人の健康に影響を及ぼしつつある。この土壌の不健全さは、大地と大気の呼吸に伴って温暖化やオゾン層破壊に影響が及ぶ。また、大地の水の移動に伴って地下水や河川や湖沼にも影響を及ぼしている。当然のことながら、土壌中のミネラル成分の多くは植物、動物、人間の細胞の代謝を制御する物質である。ここでも大地や大気や生物に対する倫理観の重要性が認識される。

われわれの行っている農業環境にかかわる研究は、技術知や生態知やそれらを統合する知(統合知)によって、食料と農業環境の安全を確保・制御し、仮に不健全な状態に陥ればこれを癒し、さらには安全と安心を次世代にも継承することにあるのではなかろうか。このことは、土壌圏・大気圏・水圏などほかの圏と人間圏との調和を永続せしめる役割の一部を担うことにもなるのである。

 

農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(2) 17.水質汚濁に関する研究の成果

戦後、わが国の鉱工業は飛躍的な発展をとげた。また、ひとびとが都市に集まる都市化現象が生じた。それに伴って、水質汚濁による農業生態系の被害が増大した。このため、農林水産業に関する水質汚濁の研究のための共同研究推進会議が設置された。ここでは、研究テーマの設定、研究方法の検討、研究分担などが定められ、研究を組織的に推進することになった。環境研究は組織化しなければ解決できないという意味では、この「水質汚濁に関する研究の成果」は、その最初の成果とみることもできる。

鉱工業廃水による水質汚濁は、遠く明治時代から顕在化していた。先に「情報:農業と環境、No.53」で紹介した「わが国の環境を心したひとびと(9):古在由直」で、そのことを具体的に紹介した。これは、足尾銅山廃水による渡良瀬川鉱毒事件で、大きな社会問題となった事例である。当然のことであるが、明治時代からこのような対策を必要とする事例は各所にあった。

戦後、日本全国にわたって鉱工業が進展し、都市が急速に復興されたことに伴い、とくに農林水産業においてその被害も激増し、早急に根本的解決を望む声が強くなっていった。昭和26年、総理府資源調査会は水質汚濁防止に関する勧告を出し、農林省と厚生省の協力のもとに水質汚濁防止の立法化に努力が向けられた。しかし、一般の世論となるまでには至らず、その実現には年月を要する状態にあった。

しかし、現実問題として農林漁業者と鉱工業者との間で、水質汚濁にかかわる被害をめぐる紛争が起きることも珍しくなかった。また、農林行政のなかにおいても農薬の奨励が水産生物に被害を与えるなど、新しい問題が生じてきた。これらの紛争のほとんどは、被害の有無、被害原因、被害額など被害の様相を明確化できないため、試験研究機関の調査研究による判定を要請されるのが常となってきた。

しかしながら、これらに対する研究機関の過去の成果蓄積は、戦前に実施されたものがあるにすぎず、研究組織もまた不充分であったため、水質汚濁防止関係法制定の要望とともに、研究を強化する要請が高まってきたのである。

このような社会情勢に対応して、昭和31年に農林省の中に農林水産技術会議が発足した。ここで、農林水産試験研究を強化する第一歩として、共同研究推進会議(旧称研究協議会)が企画された。その最初の活動として、水質汚濁研究がとりあげられた。このように、組織的に研究が実施された成果がこの報告書である。

この報告書の内容は、以下の通りである。また、参考として表に研究項目と担当機関を付した。環境にかかわる研究を共同して行った貴重な成果である。

I 水質汚濁に関する共同研究推進会議の概要

1 研究の目的

2 共同研究推進会議の事業経過

2−1 共同研究推進会議成立の経緯

2−2 共同研究推進会議の構成

2−3 共同研究推進会議の経過概要

3 今後の水質汚濁研究の問題点

II 研究の成果

A 水産生物に対する影響の研究

1 溶存特性物質の拡散分布に関する研究 (東海区水産研究所、内海区水産研究所)

2 水質基準に関する研究 (内海区水産研究所、瀬戸内海関係各府県水産試験場)

2−1 廃水の拡散に関する研究

2−2 浮遊物の流動沈降に関する研究

2−3 底質悪化に関する研究

2−4 生物相と汚濁度に関する研究

3 有害性の生物試験法(沿岸海面における汚濁度の生物試験法)(東海区水産研究所)

4 廃水の有害性と被害の研究 (内海区水産研究所)

4−1 廃水の有害性と被害に関する基礎研究

4−2 魚の嫌忌に関する実験

5 内水面における汚水および農薬の影響に関する研究

5−1 農薬の散布方法および吸着分解経過に関する研究 (九州農業試験場)

5−2 河川および海水中の微量の殺虫剤の定量法 (農業技術研究所)

5−3 農業の淡水産水産生物に対する影響に関する研究 (淡水区水産研究所)

5−4 内水面における汚濁度の生物学的指標法に関する研究 (淡水区水産研究所)

B 農作物に対する影響の研究

1 農作物に対する渡良瀬川の水質汚濁の影響 (農業技術研究所)

2 重金属による作物の被害に関する研究 (農業技術研究所 )

3 工場廃水の農作物に及ぼす影響 (農業技術研究所 )

4 石狩川の汚濁水が農作物に及ぼす影響に関する研究 (北海道農業試験場)

表 水質汚濁に関する共同研究推進会議事業 研究項目一覧

研究項目担当機関研究年次
I 排水の拡散分布に関する研究 昭和
1 溶存特性物質の拡散分布に関する研究東海区水研
内海区水研
32−34
2 浮遊物質の分散、沈降に関する研究内海区水研32−34
3 廃水による低質悪化に関する研究内海区水研32−34
4 現地における廃水の分布に関する研究内海区水研
(ただし一部を府県水試に委託)
32−34
II 生物に対する廃水の有害性に関する研究  
1 水族の生理変化による廃水の有害性判定方法内海区水研32−34
2 環境水に対する水族の行動に関する研究内海区水研32−34
3 内水面における汚濁度の指標生物に関する研究淡水区水研32−34
4 沿岸海面における汚濁度の指標生物に関する研究東海区水研34
III 農薬による水産生物の被害に関する研究  
1 農薬の撒布方法及び吸着、分解経過に関する研究(農薬の流溢防止法)九州農試32−33
2 農薬の淡水産生物に対する影響に関する研究淡水区水研32−34
3 水中の微量殺虫剤定量に関する基礎的研究農技研32−34
IV 農作物に対する水質汚濁に関する研究  
1 石狩川の汚濁水が農作物に及ぼす影響に関する調査北海道農試35−37
2 工場廃水の農作物に及ぼす影響(木曽川)農技研35−37
3 農作物に対する渡良瀬川の水質汚濁の影響に関する研究農技研35−37
4 重金属による作物の被害に関する研究農技研35−37
V 水質基準に関する研究  
1 生物相と汚濁度に関する研究内海区水研35−37
2 有害性の生物試験法に関する研究東海区水研35−37
3 排水の拡散分布に関する研究東海区水研
内海区水研
35−37
VI 水産生物の被害に関する基礎研究  
1 排水の被害原因とその影響に関する研究内海区水研
淡水区水研
35−37
○ 共同研究推進会議課題として応用研究費によるもの  
1 工場廃水の海面における分散過程に関する水理学的研究京大 速見頌一郎35−36
2 水質汚濁物質の魚類に及ぼす影響の病理組織学的研究東大 日比谷京33−35
3 水質基準設定の問題点に関する研究東大 松江吉行34−35
4 水質の生物学的判定奈良女子大
   津田松苗
33−35
 

農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(3) 64.大気汚染による農作物被害の測定方法に関する研究

戦後の急速な都市化と工業化の進展に伴い、工場、事業所、自動車の排出ガス、ばい煙、粉じんなどにより大気が汚染され、それに起因すると思われる農林作物の被害が各地に発生し、大きな社会問題となった。しかし、これまで大気汚染による作物の被害に関する研究はきわめて少なかった。そのうえ、調査研究の基礎となる測定方法が十分確立されていなかったので、測定方法の確立が関係機関から強く要請されているのが現状であった。

そこで、この研究は農林作物被害の測定方法を確立することを目途として実施された。ここでは、わが国で発生例の多い汚染物質として二酸化硫黄とフッ化水素がとりあげられ、これらの汚染物質の農林作物に対する影響の解明、指標植物の探索、被害作物の分析法の確立、被害兆候と植物体の生理化学的変化との関係が組織的に解明された。

この研究により、環境基準設定のための基礎資料が充実し、汚染物質に対する抵抗性品種の育成や施肥条件などによる被害耐性の増強など被害軽減対策などが検討された。

この研究成果の目次、研究方法、研究成果などは以下の通りである。

目次

研究の要約

第1章 農林作物被害の実態

1 東京都内における樹木葉中の硫黄含有量と大気汚染度との関係

2 東京都内の樹木の衰退

第2章 汚染大気の植物群落内部への侵入

第3章 被害の測定方法

1 被害作物中の有害成分の分析・鑑定法

(1) 燃焼法による硫黄の定量

(2) 水溶性硫黄の定量

(3) アリザリンコンブレクソン試薬によるフッ素の吸光光度定量

(4) イオン電極法によるフッ素の定量

2 指標植物および耐性植物の探索

(1) 野外調査

(2) 二酸化硫黄くん煙実験(抵抗性の比較)

(3) 指標植物および耐性植物の選定と利用法

第4章 被害要因の解析

1 ガス接触による被害兆候

(1) 二酸化硫黄による園芸作物の被害兆候および形質変化

(2) フッ素水素と二酸化硫黄との複合処理

2 汚染成分と作物体内分布

(1) 二酸化硫黄

(2) フッ素水素

3 ガス接触による作物体の生理・生化学的変化

(1) フッ素水素および二酸化硫黄がチューリップに及ぼす被害兆候と気孔開度に及ぼす影響

(2) 水稲の光合成・暗呼吸と乾物生産に及ぼす二酸化硫黄の影響

(3) 二酸化硫黄が水稲の形態形成に及ぼす影響の細胞組織的研究

(4) 二酸化硫黄被害の植物栄養生理化学的解析

(5) 草本・木本植物に及ぼす影響

(6) 果樹に対する二酸化硫黄の作用機構

4 大気汚染による主要樹木の被害症状の発現とこれに関与する要因

5 大気汚染に関連して発生する病害

研究年次・予算区分

昭和43〜46年・農林水産技術会議特別研究費

主任研究者

研究主査: 林業試験場長 竹原秀雄

研究副主査: 農業技術研究所 化学部肥料化学科肥料分析法研究室長 山添文雄

林業試験場 保護部樹病科長 千葉 修

研究場所

農業技術研究所、園芸試験場、林業試験場、名古屋大学農学部、三重大学農学部、千葉県農業試験場

研究方法

まず大気汚染による農林作物被害の実態調査を進め、とくに被害度と有害成分との関係を調べる。次に大気汚染の植物群落内部への侵入機構を明らかにするため、空気力学的に考察を加えるとともに風速と沈着速度との関係について実測する。また農林作物被害の測定方法に関しては、被害作物中の有害成分の精密さ・正確さともによい簡易迅速定量法を検討するほか、分析機器や特異試薬の活用をはかり、実用的な鑑定法の確立をねらう。さらに大気汚染物質に対しては感受性の高い指標植物および抵抗力の強い耐性植物を広く検索し、その利用を試みる。

一方被害要因の解析に関しては、人工的にガスを植物に接触させる装置を試作し、被害兆候、汚染成分の作物体内分布、ガス吸収後の作物体の生理・生化学的変化について観察、化学分析および放射化学的手法により追求する。また他の環境要因、とくに病害との関係について植物病理学的検討を行なう。

研究成果

(1)大気汚染物質の植物群落内部への侵入機構解明のため、二酸化硫黄の植物葉付着量に及ぼす日射量および風速の効果を調べた。その結果、トウモロコシでは光が当たらないと付着の起こらないこと、光の強さが0.2cal/cm・分程度のとき付着量は最大となること、および風速の大きいほど付着量は減ることを知り、また上方から群落面への移動割合を表わす沈着速度は風速や日射量によりあまり変わらないことを理論的に求め、考察を加えた。

(2)植物体中のフッ素をアリザリンコンブレクソン試薬により正確に吸光光度定量する方法およびイオン電極を用いて簡便に定量する方法をそれぞれ確立した。大気汚染地域において汚染葉を対照地区の健全葉とともに数点以上採取し、試料中のフッ素をこれらの方法により分析すれば、フッ素系ガスによる被害判定に利用することができる。フッ素成分はカドミウム・水銀などと同様に植物に特異な元素であるだけに方法は有力な鑑定法となる。

(3)植物体中の硫黄を燃焼硫黄分析計により迅速定量する方法を確立し、あわせて二酸化硫黄として吸収された硫黄分を抽出する見地から葉中の水溶性硫黄の浸出条件を定めた。この水溶性硫黄の値は全硫黄の値よりも二酸化硫黄による汚染の程度と相関が高く、とくに急性被害の場合における汚染度の検出力を高めることができる。

(4)大気汚染物質による植物の被害兆候については、園芸作物を中心に調べられた。植物の種類・品種によりかなり異なるが、一般に二酸化硫黄では同化作用をおう盛に営んでいる生長葉に二酸化硫黄特有の煙ばんとして兆候を現わしやすく、フッ素水素では生理的活力盛んな新しい葉の先端・周緑にクロロシス(黄化現象)を呈しやすい。この際経葉的なガス吸収量の分布については、前者では35SOを用い、後者ではH18Fを用い、それぞれ放射化学的な追跡実験を試み、その量的割合を明らかにした。

(5)東京都内の樹木の衰退現象を把握するため、公園緑地に生育する主要樹種について、枝条の枯損、異常落葉現象などの経時的推移を観察した。アカマツ、スギについては都心部では一部を除きほとんど見られない。西部から郊外へかけて成立しているものでも生育が悪く、枝条の枯損、着葉量の減少が目立つ。ケヤキ、ムクノキは毎年夏に2〜3回の異常落葉が認められる。この現象は都内全域に広がっている。シラカシについてはほとんどが樹勢不良で枯枝が目立ち、新葉展開前に旧葉が落ちる個体が多くなってきている。

(6)これらの樹木の衰退と大気汚染の関係を明らかにするため、アカマツ、ケヤキについて硫黄含量を測定し、二酸化硫黄の汚染度との関係を検討した結果、汚染度と硫黄含量の間に高い相関を認めた。またアカマツでは当年葉で1.79(S mg/g 乾重)、2年葉で2.58の硫黄レベルが衰退の可能性を示す目安と考えられた。ケヤキでは硫黄の形態別の季節変化から水溶性無機態硫黄の増加が二酸化硫黄の汚染度を示す指標となり、異常落葉現象と密接な関係があると推察された。

(7)指標植物を選定し、その利用を確立する基礎として多種類の植物の二酸化硫黄に対する耐性の差異がくん煙実験によって明らかにされた。たとえばアカマツ、ヒュウガミズキ、ケヤキ、キンシバイ、フサザクラなどは感受性が高く、ソバ、アルファルファに近い弱さで被害の発現をみた。サワラ、イチョウ、コナラ、キョウチクトウなどは抵抗性の高い樹種であった。また感受性の季節変化のパターンが樹種のよって異なる傾向を認めた。

一方、ある種の着生センタイ類は汚染環境に対して敏感に反応し、土壌の影響を受けないなどの利点をもつことから、大気汚染の指標としての効果が東京都内の調査から明らかにされた。すなわち、都内の着生センタイ類の種類と分布から得た地帯区分は二酸化硫黄の汚染度に対する指標としてきわめて有効であることが認められた。これにより着生センタイ類による大気汚染地図が作成された。

(8)二酸化硫黄に対する樹木の被害症状の発現と、これに関与する要因との関係を明らかにし、被害の測定、対策の基礎とするため、くん煙実験によって、アカマツ、スギ、ヒノキを中心にガスに対する反応を調べた。

ガス濃度と被害発現時間の関係、生育時期、葉齢、土壌条件、葉中の硫黄蓄積量などの要因と被害発現の関係についての基礎資料が得られた。とくに葉の硫黄蓄積量、蓄積速度が樹種によって異なり、これらが樹種の耐性の差異と密接な関係にあることが示唆された。また被害の発現過程において生理機能(光合成、呼吸など)の異常、葉中の糖、クロロフィル含量の減少などの生理障害を認めた。なお同一樹種でも系統間で耐性に差異のあることがアカマツについて明らかにされた。

一方、自動車排出ガスの場合には、二酸化硫黄ほど顕著な反応が見られなかった。10倍希釈の排出ガスに対して、アカマツでは被害症状は見られず、生理的異常としてアカマツの蒸散量の反応に異常を認めたに過ぎない。ただし、ケヤキ、サクラでは葉のかっ変、漂白現象が認められた。

(9)大気汚染と病害発生の関係を明らかにするため、汚染地区で多発しているマツのすす葉枯病を中心に現地調査および実験室での接種試験が行われた。

水島地区での現地調査では、アカマツのすす葉枯病の発病率が対照区に対し汚染区で非常に高いことが認められた。このほか、アカマツ、スギにペスタロチア病が見られた。また接種試験で二酸化硫黄がすす葉枯病の発病の誘因となり、本病に感受性のある個体は二酸化硫黄に対しても感受性の大きいことが確かめられた。

(10)二酸化硫黄による汚染被害を現地でより的確に把握するため、くん煙実験の結果をもとに現地植栽試験を行った。

アカマツ、スギ、ヒノキの鉢付苗を煙源から距離別に設置して被害発現の推移などを経時的に調査した結果、被害の発現に対する樹種の感受性の相違、葉中の硫黄蓄積量の相違が実験結果と一致していたこと、実験結果から推定された有害限度濃度と現地の実測値の適合度が高いことなどから、二酸化硫黄が被害の発現に対する一次的要因と判断された。

(11)二酸化硫黄に曝露された植物では光合成速度が低下するが、この原因として被曝植物葉中にグリオキシレートビサルファイトが生成され、グリコール酸経路におけるグリコール酸酸化酵素を阻害する可能性が35Sおよび14Cを用いて放射化学的に確かめられた。

また、有毒ガスとして葉の気孔から吸収された硫黄は栄養源として根を経て吸収された硫黄とは異なり、大半は水に容易に溶ける形態(大部分は硫酸、一部はスルホン酸などの形と推定される)で存在し、アミノ酸やタンパク質にまでは一部しか同化されないことが認められた。

(12)そのほか、二酸化硫黄と二酸化窒素との混合ガスの植物に対する複合作用に関しては、温州みかんでは明らかでなかったが、夏ダイダイ、ホウレンソウ、シュンギクで明りょうな相乗作用が見られた。またオゾンの農林作物に及ぼす影響に関しては、一般に二酸化硫黄よりも被害発現濃度が低く、夏期0.2ppm程度におけるオゾンに対する草本・木本多種類にわたる葉の相対的な強弱が比較された。弱い農林作物例としてジュウロクササゲ、ボタン、ハツカダイコン、アジサイなどがあり、強いものとしてイチョウ、クロマツ、ヒノキなどがある。

今後の問題点

(1)動植物の抵抗性と環境基準:大気汚染質別に作物・家畜・蚕などの感受性と抵抗性とを明らかにし、人に対する影響との関連において環境基準設定のための許容限界を知る必要がある。

(2)混合ガスの相互作用:大気汚染の複雑化に伴い、2種以上の混合ガスの農林作物に対する相加的〜相乗的あるいは相殺的作用について検討する必要がある。

(3)オキシダント、有機系ガス、ばいじんなどの植物に及ぼす影響:前記の複合汚染に関連して新しい汚染質の植物影響に関する研究が必要となっている。

(4)被害の軽減防除策:農業側からみて、大気汚染に対する防除剤の開発、栽培および施肥体系の改良、感受性および耐煙性植物の利用など、なお検討不十分の面がある。

 

論文の紹介:内モンゴル草原における生態系の安定性と補償作用

Ecosystem stability and compensatory effects in the Inner Mongolia grassland
Yongfei Bai et al., Nature, 431, 181-184 (2004)

生物多様性が、補償作用(変動する環境において、ある生物種が減少するのに応じて別の種が増えること)によって生態系の生産力の不安定性を軽減することが、多くの研究によって示唆されている。しかし、この考え方についてはいくつかの点で異論が唱えられてきた。これまでの研究の大部分は継続期間も短く人工的に作られた草原で行われてきたため、自然生態系の長期の研究が求められている。著者らは、24年にわたる内モンゴル草原の調査をもとに、3つの重要な知見を提出した。

第1に、1〜7月の降水量は、群落バイオマス生産量の変動を引き起こす主要な気候要因である。第2に、生態系の安定性(群落バイオマス生産量の不安定性とは逆の関係にある)は、組織化の階層を(種から機能的グループへ、さらに群落全体へと)上がるに従って累進的に増していく。第3に、群落レベルの安定性は、種と機能的グループの両レベルで起こる主要な構成生物どうしの補償的相互作用に起因するとみられる。

これらの結果は、階層という観点から、補償作用についてのこれまでの知見と一致するものである。かく乱を受けていない成熟したステップ生態系は、もっとも高い生物多様性、生産性、生態系安定性を同時に備えていると考えられる。これらの要因は相互に関係しているため、今後の研究によってこれらの間の因果関係を明らかにする必要がある。この研究成果は、急速に劣化しつつある内モンゴル草原を適切に維持管理し回復するための新たな足がかりとなる。

 

本の紹介 153: 農薬と食 安全と安心−農薬の安全性を科学として考える梅津憲治著、ソフトサイエンス社(2003)

食料が十分に行き渡ると、当然のことながら次には食への安全感が求められる。食品虚偽表示事件、輸入野菜の残留農薬問題といった事件や事故が相次ぐと、書店では危険や不安を大げさに宣伝する書籍が氾濫する。このままでは安心して食べられる食品がないと、マスコミュニケーションは「危ない」とか「危険」といった言葉を安易に使って、ひとびとの注目を集めようとする。

農薬に関してみれば、これらの主張の当否は、農薬とは何か、農薬に対する社会の認識、農薬の開発と安全性、人の健康と残留農薬、天然物の安全性と残留農薬、内分泌撹(かく)乱化学物質(環境ホルモン)と農薬、無登録農薬問題と農薬取締法など、農薬とその周辺の正しい知識を持って初めて判断できる。さらに、農薬がなかったら世界の食料生産は一体どうなるのか、といった多重思考が判断には欠かせない。風評や一部の人の意見で不安感を募らせるのではなく、自分自身で食の安全を考える態度が重要である。

この本は、そのことを理解するうえできわめて参考になる。著者の「序」にそのことが具体的に書かれているので、「序」をそのまま引用する。また、最後の章では「質問」と「回答」の形式で読者のもつ疑問点を解決しようという読者への親切さがでている。「序」と目次は以下の通りである。なお著者は、日本農薬学会の副会長でもある。

最近、狂牛病問題や乳業メーカーによる食中毒事件、さらには輸入農産物における残留農薬や無登録農薬事件を背景に「食品や農産物の安全・安心」というキャッチフレーズを頻繁に耳にするようになった。この「食に対する安全・安心」は、消費者の切実な願いを反映する言葉として、農業生産に携わるすべての関係者が常に強く意識して見守る必要があるキーワードであろう。時を同じくして「食の安全」確保を目的とした新しい行政の要となる「食品安全委員会」が創設され、初会合が開かれたというニュースに接した(平成15年7月1日)、この委員会は各行政官庁から独立し、食品が健康に及ぼす影響を科学的に判断する「リスク評価」を担うもので画期的な組織であるといえよう。

さて、消費者に農薬そのもの、および農薬を使用して栽培される作物や加工食品を「安全で安心である」と認識してもらうためには、まず、農薬や残留農薬の安全性あるいは潜在的危険性に関して、科学的視点に立脚した検証が必要である。そのうえで、その結果を正確に、かつ、わかりやすく消費者に伝え、納得してもらうという過程が必須である。

ところが現実には、農薬あるいは残留農薬と人や環境とのかかわりについて、ともすれば事実の正確な把握と認識がないままに、例えば、その実態が明らかでないままに「有機栽培や減農薬・無農薬の作物は安全で安心」という題目のみが一人歩きしているように見受けられる。

さらに、マスコミの農薬に関する報道には、負の局面が強調され「農薬は毒であり、悪である。人の健康や環境に悪影響を及ぼしている」といった短絡的で科学的事実に基づかない、公平性や客観性に欠けるものも少なくない。その結果として、消費者の不安感を一層あおる場合が多い。

一方、長らく農薬の研究開発や残留農薬の人の健康に対する安全性の研究に従事している科学者からは、農薬や残留農薬がその安全性という観点において、常に一般消費者の誤解を受け続け、正しく理解されていないことへのいらだちに近い嘆きの声がよく聞かれる。しかし、その反面、研究者サイドから消費者やマスコミ関係者に対する農薬の安全性について、理解を得るための働きかけが不足しているとの指摘も多い。そのため、農薬の使用現場で農薬の正しい使い方の啓蒙と普及に従事し、農作物の生産者と消費者との接点に位置している方々から、「農薬の安全性を双方に正しく伝えるのは困難である」との訴えを受けることも少なくない。

したがって、ある面できわめて複雑で専門的な農薬の「人や環境に対する安全性」に関する検証結果について、一般の人々に対し的確にわかりやすく伝えることは、「食や農薬の安全・安心」という観点からは必要かつ重要である。

本書では、農薬が有する多面的な側面のうち「人の健康とのかかわり」に焦点をあて、特に、農薬や残留農薬の人の健康に対する影響について、良い面、悪い面を問わず、科学的に検証されている「安全性」に関する最新の知見と考え方をありのまま、正しく理解していただくという観点から解説を加えた。そのため、農薬を使用する生産者の方々や農作物の消費者の方々にも理解されるよう、できるだけ具体的に信頼できるデータを数多く図表で示し、体系的にかつ平易にとりまとめたつもりである。本書を通じ、一人でも多くの方々が農薬を正しく理解されんことを念願する。

なお、本書に収められた内容はこれまで筆者が“農薬と人の健康”、“食べ物と人の健康”などのタイトルで全国各地で行ってきた講演会、ならびに拙著『農薬と人の健康−その安全性を考える−』(社)日本植物防疫協会、1998年)、『農業と環境から農薬を考える−その視点と選択−』 (株)ソフトサイエンス社、1994年)、および技術情報誌『情報の四季』(村上産業(株)発行)に2002年より連載した解説をベースに、最新の情報を加味して加筆、再編したものである。

目次

−農薬の安全性を科学として考える−

はじめに−本書の内容と構成−

第1章 農薬とは

1.農薬の定義 2.農薬の歴史・変遷 3.農薬の分類

第2章 農薬に対する社会の認識

1.農薬ならびに有機農業に対する社会の認識 2.農薬の安全性に対する誤解 3.農薬の発ガン性に対する誤解

第3章 農薬の開発と安全性評価

1.農薬の研究開発の概要 2.農薬の登録制度 3.安全性評価と作物残留に関する基準 4.農薬の高薬量試験の妥当性

第4章 人の健康と残留農薬

1.残留農薬と分析方法 2.作物における残留農薬の規制 3.農薬の作物残留の実態とリスク 4.散布された農薬の環境中における挙動 5.洗浄や調理による残留農薬の減衰 6.消費者の残留農薬摂取の実態 7.輸入野菜における残留農薬 8.残留農薬の相乗毒性の可能性

第5章 天然物の安全性と残留農薬

1.天然物安全神話−天然物すなわち安全か! 2.天然に存在する発ガン物質と残留農薬 3.発ガン物質の危険性ランキング 4.天然物の功罪と天然由来の抗ガン物質

第6章 食の安全性における残留農薬の位置づけ

1.食べ物中に存在する各種化学物質の分類 2.食べ物中に存在する残留農薬と各種化学物質とのリスク比較 3.残留農薬に起因するリスク

第7章 有機農産物の安全性と農業用資材

1.有機栽培・特別栽培と有機農産物安全神話 2.有機農業用資材の安全性 3.有機農産物の安全性 4.大規模「無農薬栽培」の可能性 5.無農薬栽培農産物と残留農薬

第8章 ゴルフ場で使用される農薬と人の健康

1.ゴルフ場農薬の人の健康への影響 2.ゴルフ場農薬による地下水汚染と人の健康への影響 3.ゴルフ場排水中の残留農薬

第9章 農薬と食糧生産

1.食糧生産における農薬の重要性 2.農産物の生産量と病害虫・雑草による損失 3.人口増加と食糧危機

第10章 環境保全型農業と環境保全型農薬技術

1.環境保全型農業と農薬 2.環境保全型農薬技術の展開

第11章 内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)と農薬

1.内分泌撹乱化学物質、内分泌撹乱作用とは 2.農薬と環境ホルモン問題 3.農薬の安全性試験と内分泌撹乱作用 4.内分泌撹乱作用における低用量問題

第12章 無登録農薬問題と農薬取締法改正

1.無登録農薬問題 2.無登録農薬の危険性 3.農薬取締法の改正と今後の対策

第13章 農薬の安全と安心:科学者の役割

1.マスコミの農薬報道 2.農薬に対する誤解と科学者の役割 3.農薬や化学物質における安全と安心 4.農薬のリスクコミュニケーション

第14章 農薬の安全性に対する疑問に答える〈Q&A〉

質問1 なぜ農薬は「悪いもの」と思われるようになってしまったのですか?

質問2 BHC、DDTなどの残留農薬は、果たして人体に害があったのですか?

質問3 「農薬に対する不安」が「農薬は悪いもの」と思われた原因ですか?

質問4 農薬は本当にガンとは関係ないのですか?

質問5 劇物や毒物に分類される恐ろしい農薬がなぜ、まだ使われているのでしょうか?

質問6 農薬と医薬品のADI(1日摂取許容量)の考え方に違いがあるのでしょうか?

質問7 得体の知れない外国からの個人輸入農薬を使用しても大丈夫ですか?

質問8 国内で使用禁止になっている農薬を海外に輸出していると聞きましたが問題ありませんか?

質問9 「無農薬栽培の作物が必ずしも安全でない」というのは本当ですか?

質問10 残留農薬より食べ物に含まれる「天然の毒素」の方が怖いと聞きましたが、本当ですか?

質問11 農薬の安全性に関する説明を理解できました。有機栽培は無用なのでしょうか?

質問12 病害虫抵抗性品種を育成すれば化学合成農薬は不要ですよね。研究は進んでますか?

質問13 「環境保全型農薬技術」とは耳新しい用語です。環境保全型農業との関係は?

質問14 農薬にも環境ホルモン作用があるといわれております。禁止すべきでは?

質問15 「遺伝子組換え作物」にはどんなものがありますか。人の健康に問題ないのですか?

「農薬の安全性」啓蒙活動・引用文献

 

本の紹介 154: 文明の環境史観 安田喜憲、中公叢書(2004)

アラブには、「海の向こうから、いいものが来たことはない」という格言がある。今のイラク戦争をみるに、諾なるかなの感がつよい。これに対して、わが日本人は「海の向こうからは、よいものが来る」、あるいは「すばらしい文明や思想は、海の向こうから来る」と思っている感がある。

この日本人特有の、外からの文明礼賛思考を大鉈(なた)でもって切り崩し、文明の環境史観を提起したあと、日本文明史の新たな構造を世に問うたのがこの本である。

「著者から読者へ」のメッセージは以下の通りである。

「本書は年縞の分析により環境史を年単位で復元し、その高精度の環境史との関係において、文明史・世界史・日本史を再構築するものである。文明を風土との関係の中で考察するのである。21世紀の地球環境と文明はどこへ向かおうとしているのか。それを知るためには、過去から現在を見通し、未来を予測するしか方法がない。地球環境問題の世紀を生き抜く勇気と希望の力は、環境史との関係において文明史を再構築する、この新たな歴史科学から生まれる。」

目次

まえがき

第1章 文明の環境史観

1 モンスーンアジアの自然観と歴史認識 2 階級支配の自然観と歴史認識 3 生態史観から環境史観 4 年縞の分析による高精度の環境史の復元

第2章 地球文明の画期と民族移動

1 地球のリズムと文明の周期性 2 気候変動と民族移動

第3章 西洋に先行した東洋の環境変動と文明の胎動

1 世界最古の土器はなぜ東洋で誕生したのか 2 稲作の起源と1万5000年前の地球大変動 3 麦作農耕の起源とヤンガー・ドリアスの寒冷期 4 なぜ縄文人は農耕をはじめなかったのか

第4章 長江文明の興亡と気候変動

1 モンスーン大変動と長江文明の誕生 2 長江文明の衰亡 3 三内丸山遺跡の興亡と気候変動

第5章 宗教・疫病の環境史

1 3000年前頃の気候変動と宗教革命 2 ペスト大流行と環境変動 3 森の相違がもたらした小氷期のイギリスと日本

第6章 日本文明史の新たな構造

1 足るを知る「美と慈悲の文明」 2 文明の大地化が人類を救う

あとがき・初出一覧

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