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情報:農業と環境 No. 57 (2005.1)

No.57 2005.1.1
独立行政法人農業環境技術研究所
No.57
・新しい年を迎えて:「環境問題の真髄」と「専門と豊かさ」
・第21回気象環境研究会:黄砂(風送ダスト)と農林業
・第22回土・水研究会:有機質資源リサイクルとその環境への影響評価
・平成16年度農業環境研究推進会議の開催
・平成16年度農業環境技術研究所依頼研究員懇談会が開催された
・古瀬の自然と文化を守る会(茨城県谷和原村)が田園自然再生活動コンクールで農林水産大臣賞を受賞
・農業環境研究:この国の20年(13)これからの農業環境研究
・農業環境技術研究所案内(15):残された遺産 −農事試験場における肥料依頼分析の記録−
・農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(4):65 農薬残留の緊急対策に関する調査研究
・農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(5):71 水質汚濁が農林作物被害に及ぼす影響の解析に関する研究
・農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(6):73 家畜ふん尿の処理・利用に関する研究
・本の紹介 155:誇り高い技術者になろう−工学倫理ノススメ、黒田光太郎・戸田山和久・伊勢田哲治編、名古屋大学出版会(2004)
 

新しい年を迎えて:「環境問題の真髄」と「専門と豊かさ」

新しい年が明けました。おめでとうございます。

「稲作農民の遺伝子がそうさせるのか、四季の変化に敏感なのか、はたまた仏教の輪廻の教えがそうさせるのか解りませんが、われわれ日本人は新しい年が始まると、不思議と新たな気持ちになれるというありがたい特性を持ち備えています。はるかな上古から引き継がれたこの特性を大切にしたいものです。そのことが、「環境を守る」という人間の心にも通じると思うからです」。この書き出しは、昨年と同じものです。

もちろん、新しい朝、新しい年などというものは存在しません。そこには「新しい」と思う人間の心があるだけです。その気持ちのなかで、新年に向けて「環境問題の真髄」と「専門と豊かさ」について考えていることを記します。

環境問題の真髄

私はここ30年ほど環境問題に関心を持ち続けてきました。そして、幸いにも環境問題に関連する組織のなかで研究に没頭することができました。その成果をもとに、国内外の人びとと環境問題を論じあう機会に恵まれました。さらに研究を管理する立場に立たされ、農業環境にかかわる研究について国内外の研究者や研究機関の連携・協力を推進してきました。

自分が世の中に対してできることは、これらのことしかないと思い、少しでも人びとの関心が環境問題に向けばよいと思いつつ、学び、書き、語ってきました。わたしの思いは、新年に当所から発行される「散策と思索」のなかにも表現されています。詳細は、「散策と思索」に委ねますが、新年に当たってその精髄を述べてみます。

人類が生存するために、われわれの食料を永遠に生産し続けてくれる土壌の厚さは、平均すると約18cmしかありません。地球は水の惑星と呼ばれるけれども、われわれが食料生産に使える土壌の水は、たかだか11cmしかありません。鳥が大空を舞い、山火事も起こらずに、われわれが安心して呼吸できる濃度21%の酸素のほとんどが、地上約15km までの対流圏に含まれています。さらに、太陽からの紫外線を防ぎ、生命が飛躍的な進化を可能にするために、5億年という気の遠くなる歳月をかけて地球みずからが創り出した貴重な地球のバリアーであるオゾン層は、現在の大気圧で地球表面に濃縮すると、わずか3mm しかありません。

われわれ人類、いやあらゆる地上の生命体が、この18cmの土壌と、11cmの水と、15kmの大気と、3mm のオゾン層の恩恵を被って生きているのです。

すでに J.E.ラブロックが今から四半世紀前の1979年に「地球生命圏−ガイアの科学−」で指摘したように、地球の人口が100億を超えたあたりのどこかで、とりわけエネルギーの消費が増大した場合には、地球に何らかの異変が起こるのではないかといわれています。

異変の徴は、18cm の土壌と、11cm の水と、15km の大気と、3mm のオゾン層にすでにあらわれています。土壌の浸食は進み、水の枯渇が問題となり、大気中の温室効果ガスが増加し、オゾン層は年々減少しているのです。

環境に関わるこれらの問題は、まさに人口増加の問題なのです。おそらく100億程度の人口しか養えない地球生命圏ガイアにとって、人口増加の現象は別のテーマをわれわれに突きつけています。われわれは環境倫理(Environmental Ethics)と生命倫理(Bioethics)のどちらを優先するのか、あるいは両立させうるのかと。増加しつつある人口に食料を供給し続けながら、崩壊しつつある地球環境を保全するという、避けることのできない課題に、今われわれ人類は直面しているのです。

いまわれわれの世代は、宇宙からみたら塵埃(じんあい)にすぎないが、人類の生存に不可欠な土壌と水と大気とオゾン層をいとも簡単に消耗させています。これらは、地球が何億年という気の遠くなるような広大無量のときをかけて創造してきたものなのです。訪れつつある新しい世代に、これらの環境資源をいかにして健全に継承することができるのか。これに失敗すると、われわれの世代は新しい世代から無責任の謗(そし)りを免れないでしょう。このことを新年に当たって改めて認識したいと思います。

専門と豊かさ

「あなたの専門は何ですか」という質問が、国際会議や国際学会での初対面における決まり文句となっています。いわば、現代知識人の常識的な挨拶のようにもみえます。とくにアメリカやその文明の影響を受けた国々にあっては、この質問なくしてお互いが知り合うことは難しいようです。このように、それぞれの専門人がよりあつまって問題を総合化する試みのひとつに、国際会議などがあります。

一人の人間がもてる能力と時間は有限です。だから、われわれ研究者は何か特定の対象について、研究組織に所属し、学会を創り、専門人になり、研究成果を書いて後世に残します。例えば、わたしは土壌という対象を分析・解釈・説明する者として土壌学を選びました。ところが土壌にかぎらずどんな対象も、それが存在する様態は純粋にあるいは別個にあるのではなく、つねに多くの側面を持ち多くの対象と関連しているものです。

たとえば、地球の温暖化は、対流圏や成層圏の気象的な現象の側面を、また土壌における生化学的なガス代謝の側面を、さらにはバイオマス燃焼による側面などを、同時に持っています。つまり、地球の温暖化は気象的な側面だけで成り立っているわけではないのです。このことを多くの研究者が深く理解できたのが、数多くの地球環境問題だと思います。

一方これらの問題の経験を通して、われわれは総合的な知見の必要性を痛感しました。「百姓」は読んで字のごとく「あらゆる多くのことを知っているかばね」ということで、作物の成長に関わる生理学、土壌学、気象学、肥料学、地形学など総合的な知見を必要とします。われわれの時代には、土壌学は土壌調査のための穴掘りから始まって、粘土鉱物学、地質学、土壌の全分析、肥料の鑑定、作物の生理解析、微生物の同定、肥料の環境への影響など土壌の全般とその周辺部分を学問の対象としました。

しかし、そういう総合者としての専門人が姿を消し、いわば分析者としての専門人が大量発生しつづけているのが現在です。土壌学を学んだといっても、特殊な土壌微生物のバイオテクノロジーを学んだ若い研究者には、現在の複雑な課題に答えきれない面があります。しかし、答えねばならない。そのためには、分析者として「基礎論」をさらに学ながら、少しずつ総合者としての知恵を身につけていくことが必要なのです。

研究組織の中では、「よりよい研究環境を」という、豊かさへの要求がいつまでも掲げ続けられます。それが研究の「活力」につながるといいます。休暇や給料を増やす。もっと高額な予算を捻出する。昼夜いつ何時でも実験室や図書館に自由に出入りできる。高価な最新の機械が買える。いつでも自由に外国に出張できる。などなど、所得、消費および自由度が高いことを豊かさの印だとみなしていないでしょうか。それもこの豊かさの要求の基盤には平等の概念が充満しています。平等こそ「公正」と考えているのです。

われわれ研究者も、そろそろこの豊かさの中に含まれる病理に気づいてもいいのではないでしょうか。いや、むしろ気づくのが遅きに失しています。研究者は快楽主義の逆説を思い起こすべきです。快楽が実現されると追求する目標が失われ、不満(この内容が問題)が頭をもたげます。急いで新しい快楽を追求します。この連続の後に残るのは疲労感とむなしさだけなのです。真の「活力」とは、自由と規制を平衡させてはじめて求められるものなのです。

平等主義の逆説にも、このことはいえます。平等を追求し続けると、まだ残るわずかな格差が異様なまでの不平等感をもたらします。真の「公正」とは、平等と格差を平衡させてはじめて求められるものと考えます。

「あなたの専門は何ですか」という質問と、「豊かな研究環境を」という要求は、わたしに次のことを教えてくれました。科学・環境を総合的にとらえるためには「基礎論」を獲得することが必要であること、豊かな研究環境を得るには真の意味での「活力と公正」を習得することが必要であること、さらにこれらを獲得・習得した者が総合者となりえて、環境科学の発展に寄与でき、農業環境技術研究所の「安全・安心・制御・環境資源の次世代への継承」という任務に参加できるにちがいないということを。

今年も、「風にきく 土にふれる そして はるかな時をおもい 環境をまもる」をモットーに所員一丸となって世のためになる研究を続けていく所存です。以前にも増して皆様のご支援をお願い申し上げます。

平成17年元旦
(独)農業環境技術研究所
理事長  陽 捷行

 

第21回 気象環境研究会:黄砂(風送ダスト)と農林業

趣旨

黄砂、すなわち大陸の乾燥・半乾燥地域から風によって大気中に舞い上がる風送ダストは、発生域の農業生産や生活環境に大きな影響を与えるばかりでなく、自由大気に鉱物質エアロゾルとして浮遊し、日射の散乱・吸収および赤外放射の吸収過程や、雲・降水過程を通じてグローバルな気象・気候に影響を及ぼしている。

春先には、ひどい黄砂が国内各地のテレビや新聞などで報じられ、航空機の運航などで社会問題となっているが、春野菜や農業施設への影響も懸念されている。本研究会では、風送ダストの発生過程から我が国への飛来・沈着過程に至る各過程について最新の研究成果を紹介する。

とりわけ、(1)現地の砂漠および農耕地からのダスト発生機構と輸送過程、(2)大気中のダストによる気象・気候の変化と環境影響、(3)黄砂による農林水産業への影響などを議論し、風送ダストが農林業へ及ぼす影響を明らかにすることを目的とする。

主催: 農業環境技術研究所

日時: 平成17年3月3日(木)  10:00〜17:00

場所: 農業環境技術研究所 大会議室

プログラム

10:00 - 10:10  あいさつ

農業環境技術研究所 理事長  陽  捷行

10:10 - 10:40  黄砂など越境大気質の拡散問題

農業環境技術研究所  川島 茂人

10:40 - 11:10  近年ダストの発生と気候変化(仮)

国際連合大学  吉野 正敏

11:10 - 11:40  風送ダストの供給量と気候への影響

気象庁気象研究所  三上 正男

11:40 - 12:10  黄砂長距離輸送のライダー観測

国立環境研究所  杉本 伸夫

<昼休み>

13:10 - 13:40  黄砂とエアロゾルの越境汚染のモデル解析

九州大学応用力学研究所  鵜野伊津志

13:40 - 14:10  日本における黄砂の時間と空間変動

日本大学文理学部  田  少奮

14:10 - 14:40  黄砂エアロゾルの化学的性質

国立環境研究所 森  育子・西川 雅高

<休 憩>

14:50 - 15:20  ダストの発生過程と農業活動

農業環境技術研究所  杜  明遠

15:20 - 15:50  黄砂と放射性降下物

農業環境技術研究所  藤原 英司

15:50 - 16:20  黄砂と日本の農業

農業環境技術研究所  井上  聡

16:20 - 17:00  総合討論

司会: 農業環境技術研究所 野内  勇・川島 茂人

参集範囲:国公立・独立行政法人試験研究機関、大学、行政部局、関係団体等

会場への交通

常磐線牛久駅よりバス20分、つくばセンターよりバス30分−農業環境技術研究所下車、

東京駅(八重洲南口)筑波山行き高速バス65分−農林団地中央下車徒歩10分

申し込み・問い合わせ先

305-8604 茨城県つくば市観音台3-1-3

農業環境技術研究所 地球環境部 気象研究グループ 大気保全ユニット 川島茂人

TEL: 029-838-8206 FAX: 029-838-8199 e-mail: sig@affrc.go.jp

 

第22回 土・水研究会: 有機質資源リサイクルとその環境への影響評価

食品リサイクル法の施行により、都市生ゴミ等の有機質資源のコンポスト化と農耕地への還元が加速されようとしている。しかし、わが国の農耕地では、家畜排泄物などの有機質資材が長年にわたり投与され、すでに、環境容量を超える負荷物質を蓄積している土壌が多く見られる。

今後、リサイクルにより多量に排出されてくる有機質資源の受け皿として、農耕地の果たす役割は限られたものになると考えられる。さらに、改正された水質汚濁防止法や家畜排せつ物法によって、農業分野から排出される環境負荷物質に対して厳しい規制が課せられており、生産現場における環境負荷の軽減は緊急の課題になっている。

当研究所では、これまでに農業環境研究叢書第12号「農業におけるライフサイクルアセスメント」、第16号「農業を軸とした有機性資源の循環利用の展望」を刊行し、有機質資源リサイクルをライフサイクルアセスメント手法等を用いて総合的に評価することが不可欠であることを指摘してきた。

本研究会では、食品リサイクル法・家畜排せつ物法の施行等の最近の情勢変化と、最新の研究動向を踏まえて、わが国における有機質資源の循環、並びにそれに伴う環境負荷の現状と対策について討議する。

日時: 平成17年2月23日(水) 10:00〜17:00

場所: 農業環境技術研究所 大会議室

プログラム

10:00 - 10:10  あいさつ

農業環境技術研究所理事長  陽 捷行

10:10 - 10:30  開催趣旨について

農業環境技術研究所  齋藤雅典

10:30 - 11:05  わが国の1980年代以降の窒素収支の変遷

農業環境技術研究所  織田健次郎

11:05 - 11:40  未利用有機系廃棄物の有効利用を目指した「バイオマス立県ちば」の環境影響評価

産業技術総合研究所  玄地 裕

11:40 - 12:15  都市生ゴミのリサイクルシステムと地域農業との連携

中央農業総合研究センター  佐藤和憲

(昼食)

13:15 - 13:50  コンビニエンスストアにおける食品残渣リサイクルの取り組み

株式会社セブン−イレブン・ジャパン  山口秀和

13:50 - 14:25  バイオマスの循環システム−沖縄宮古島を対象とした研究事例

農業工学研究所  凌 祥之

14:25 - 15:00  ライフサイクルアセスメント手法等を用いた畜産環境影響評価

畜産草地研究所  島田和宏

(休憩)

15:15 - 15:50  流域生態系における土地利用のエコバランス評価

東京農工大学大学院  木村園子ドロテア

15:50 - 16:25  中規模流域における施肥および有機物施用の環境影響評価

農業環境技術研究所  三島慎一郎

16:25 - 17:00  総合討論

参集範囲: 国公立試験研究機関、独立行政法人、大学、行政部局、民間団体等

申し込み・問い合わせ先

農業環境技術研究所 化学環境部 栄養塩類研究グループ長 菅原和夫

305-8604 つくば市観音台3-1-3

電話: 0298-38-8322 ファクシミリ: 0298-38-8199 e-mail: sugahara@niaes.affrc.go.jp

 

平成16年度農業環境研究推進会議の開催

独立行政法人農業環境技術研究所農業環境研究推進会議運営要領に基づき,平成16年度農業環境研究推進会議を下記の通り開催します。

I.本 会 議

1.日時  平成17年2月24日(木) 10時〜12時

2.場所  農業環境技術研究所大会議室(2F)

3.議題

1)平成15年度農業環境研究推進会議において行政部局及び研究機関から出された要望等への対応状況

2)平成16年度研究推進状況の総括

3)平成16年度評議会報告

4)独立行政法人評価委員会による平成15年事業年度の評価結果報告

5)平成16年度に実施した研究会・シンポジウムの概要報告

6)平成17年度のプロジェクト・研究会・シンポジウム等の予定

7)行政部局及び研究機関からの要望

8)その他

4.参集範囲

農林水産省大臣官房、農林水産政策研究所、統計部、消費・安全局、生産局、農村振興局、農林水産技術会議事務局、(独)東京肥飼料検査所、(独)農薬検査所、(独)農業・生物系特定産業技術研究機構、(独)農業生物資源研究所、(独)農業工学研究所、(独)食品総合研究所、(独)国際農林水産業研究センター、(独)森林総合研究所、(独)水産総合研究センター、北海道立根釧農業試験場、秋田県農業試験場、富山県農業技術センター、静岡県農業試験場海岸砂地分場、愛知県農業総合試験場豊橋農業技術センター、鹿児島県農業試験場大隅支場

5.運営責任者

農業環境技術研究所 理事長

II.研究推進部会

1.日時  平成17年2月24日(木) 13時〜16時

2.場所  農業環境技術研究所大会議室(2F)

3.議題

「本中期計画の研究課題の取りまとめと研究展開の方向」

4.参集範囲

農林水産省大臣官房、農林水産政策研究所、統計部、消費・安全局、生産局、農村振興局、農林水産技術会議事務局、(独)東京肥飼料検査所、(独)農薬検査所、(独)農業・生物系特定産業技術研究機構、(独)農業生物資源研究所、(独)農業工学研究所、(独)食品総合研究所、(独)国際農林水産業研究センター、(独)森林総合研究所、(独)水産総合研究センター、北海道立根釧農業試験場、秋田県農業試験場、富山県農業技術センター、静岡県農業試験場海岸砂地分場、愛知県農業総合試験場豊橋農業技術センター、鹿児島県農業試験場大隅支場、その他会議運営責任者が必要と認める者

5.運営責任者

農業環境技術研究所 理事

III.評価部会

1.日時  平成17年2月24日(木) 16時〜17時30分

2.場所  農業環境技術研究所大会議室(2F)

3.議題

1)平成16年度主要成果の評価・採択

2)その他

4.参集範囲

農林水産省大臣官房、農林水産政策研究所、統計部、消費・安全局、生産局、農村振興局、農林水産技術会議事務局、(独)東京肥飼料検査所、(独)農薬検査所、(独)農業・生物系特定産業技術研究機構、(独)農業生物資源研究所、(独)農業工学研究所、(独)食品総合研究所、(独)国際農林水産業研究センター、(独)森林総合研究所、(独)水産総合研究センター、北海道立根釧農業試験場、秋田県農業試験場、富山県農業技術センター、静岡県農業試験場海岸砂地分場、愛知県農業総合試験場豊橋農業技術センター、鹿児島県農業試験場大隅支場

5.運営責任者

農業環境技術研究所 企画調整部長

平成16年度農業環境研究推進会議研究推進部会 議事次第(案)

日時: 平成17年2月24日(木) 13時〜16時

場所: 農業環境技術研究所大会議室(2F)

議題: 「本中期計画の研究課題の取りまとめと研究展開の方向」

趣旨

独立行政法人については、中期目標期間の終了の都度、組織及び業務全般の見直しを行うことが制度の中核と位置付けられている。農業環境技術研究所は、17年度中に中期目標期間の終了を迎えることになり、平成18年度から開始される次期中期計画期間における法人としての組織見直しについて方向性が示された。

こうした中で、当所では研究業務を見直すため、平成15年9月から平成16年6月までの間に、「次期中期計画策定のための戦略検討会」を5回開催した。この検討会では、各研究分野での検討を基に、本中期計画期間中の研究課題の整理を行いつつ、今後、重点化する、継続するおよび整理・統合すべき研究課題について議論を重ねた。

本部会ではこれらの経過を踏まえ、次期中期計画における研究展開方向を念頭におきながら、最終年度に向けたこれまでの研究課題の取りまとめ方向について検討を行う。このため、各研究部長・センター長が分野ごとに概要説明を行うとともに、大学および民間等外部有識者をコメンテーターに迎えて意見を頂き、討議を経て今後の研究推進方針を明確にする。

司会:農業環境技術研究所理事

議事次第

1.理事長あいさつ

2.趣旨説明 (企画調整部長)

3.地球環境部 (地球環境部長)

4.生物環境安全部 (生物環境安全部長)

5.化学環境部 (化学環境部長)

6.農業環境インベントリーセンター (農業環境インベントリーセンター長)

7.環境化学分析センター (環境化学分析センター長)

8.有識者からのコメント (大学、民間、ジャーナリスト、評議員等)

9.総合討論 (司会:企画調整部長)

 

平成16年度 農業環境技術研究所依頼研究員懇談会が開催された

農業環境技術研究所に滞在して研究を行っている依頼研究員と当研究所役職員との懇談会が11月29日に開かれ、各研究員の研究の状況や研究・生活環境について、また受入れ終了後の予定などについて意見交換を行った。

この懇談会には、平成16年度の依頼研究員のうち滞在中の4名と、技術講習生の1名が出席した。

(依頼研究員)

堀越 紀夫 福島県農業試験場 (農業環境インベントリーセンター微生物分類研)

中西 善裕 鹿児島県農業試験場 (生物環境安全部微生物・小動物研究グループ)

小森 正己 岐阜県西濃地域農業改良普及センター (環境化学分析センター環境化学物質分析研)

日向真理子 宮城県病害虫防除所 (農業環境インベントリーセンター微生物分類研)

(技術講習)

田中 健治 農水省名古屋植物防疫所 (農業環境インベントリーセンター昆虫分類研)

研究所からは、理事長、理事、監事、企画調整部長、研究部長、センター長、グループ長、受入れ担当研究者などが出席した。

受入れ研究員から、研究内容、研究環境および生活環境などの感想や意見が紹介された。その後、懇親会を開催し交流を深めた。

なお、平成16年度の依頼研究員受入れ(申込みは終了)の情報がインターネットで公開されている(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/rinfo/iraiken/040108.html)ので、参考にしていただきたい。平成17年度の依頼研究員受入れの情報については、平成17年1月末までにインターネットで公開する予定である(農業環境技術研究所ホームページ:http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/)。

 

古瀬の自然と文化を守る会(茨城県谷和原村)が田園自然再生活動コンクールで農林水産大臣賞を受賞

農林水産省では「田園自然再生活動コンクール」を平成15年度から実施している。このコンクールは、農村地域において農業生産との調和を図りながら自然環境保全・再生活動を行っている優良事例を審査・表彰して、その成果を広く紹介する。そして、そのことを通じて、農村地域の自然環境に対する国民の理解を深めるとともに、こうした活動の普及を図り、自然と共生した農村づくりを推進することを目的としている。

古瀬の自然と文化を守る会(茨城県谷和原村)は、16年度のコンクールにおいて、もっとも栄誉ある農林水産大臣賞を受賞することになった。農業環境技術研究所は、これまでに、この会と数多くの交流を重ね、調査・研究を通じて活動に対する協力も行ってきており、今回の受賞に対して、心からお祝いを述べたい。

本年度のコンクールには37都道府県のNPO、農業者団体等から68事例の応募があり、進士五十八 東京農業大学学長を委員長とする15名の委員による厳格な審査が行われた結果、以下に示す団体が各賞を受賞した。

古瀬の自然と文化を守る会は、谷和原村の伝統的な農村景観と文化の復元および保全につとめるとともに、東京都葛飾区民をはじめとする都市住民との交流を深めてきており、こうした幅広い取組みが高く評価された。

「自然共生型流域圏・都市再生イニシアティブ」研究にたずさわる農業環境技術研究所の研究者にとって、同会は心強いパートナーであり、今後も交流を深めて行きたい。

平成16年度田園自然再生活動コンクール受賞団体

農林水産大臣賞

古瀬の自然と文化を守る会(茨城県谷和原村)

農林水産省農村振興局長賞

愛西土地改良区(滋賀県彦根市)

環境省自然環境局長賞

財団法人 阿蘇グリーンストック(熊本県阿蘇郡一帯)

朝日新聞社賞

NPO法人 宍塚の自然と歴史の会(茨城県土浦市)

子どもと生きもの賞

ふるさときすみの地域活動推進協議会(兵庫県小野市)

パートナーシップ賞

ナマズのがっこう(宮城県築館町、若柳町、迫町)

オーライ!ニッポン賞

四季彩のむら(宮崎県高鍋町)

こどもたちの手作り自然賞(審査委員会特別賞)

江戸川区立篠崎第五小学校の篠崎の里自然復活大作戦(東京都江戸川区)

本コンクールの表彰式と表彰団体の活動報告等は、1月14日に東京大学弥生講堂で行われる。(http://www.maff.go.jp/www/press/cont2/20041124press_4c.pdf (対応するページが見つかりません。2010年6月)

 

農業環境研究:この国の20年(13)これからの農業環境研究

「情報:農業と環境」のNo.46からNo.56にわたって、「農業環境研究:この国の20年」と題したシリーズをお届けしてきた。順不同ではあるが、紹介した内容は、序章終章のほかは次の通りであった。

1)農業生態系の持つ多面的機能と国土保全: 土壌浸食防止機能、生物相保全機能、水質浄化機能、景観形成機能など様々な機能の解明と定量化などに関する研究。

2)温室効果ガスの放出削減: メタン、亜酸化窒素など農業環境から発生する温室効果ガスの測定技術、発生・吸収メカニズムおよび発生制御技術などに関する研究

3)気候変動と食料生産予測: 温暖化による農業環境資源の変動、温暖化による生産地・生産量の変動予測、さらに紫外線増加による植物影響などに関する研究

4)空間情報に基づく農業環境資源のモニタリングと評価: 衛星リモートセンシング、地理情報システムの利活用技術、および農業環境資源計測システムの開発利用などに関する研究

5)農業生態系における物質循環: 食料・農業を通した地域−国レベルでの物質循環、水質の悪化と硝酸態窒素の浄化機能、土壌中における水・栄養塩類の動態、水質浄化システムの開発などに関する研究

6)化学物質の動態と生物影響: 農薬の環境動態と生物影響、微量元素など微量成分の動態、ダイオキシン類の動態とその制御、土壌のカドミウム汚染と対策などに関する研究。

7)侵入・導入生物による農業生態系への影響: 外来生物の繁殖と分布拡大、外来生物による影響と侵入防止、遺伝子組み換え作物の生態系に対する影響評価などに関する研究。

8)生物を活用した持続的農業技術: 天敵生物およびフェロモン利用による害虫制御、拮抗微生物および抗菌物質による病害防除、植物のアレロパシー現象を利用した雑草防除、微生物・植物利用による養分供給の促進などに関する研究。

9)統計解析と情報システムの開発と利用: 農業環境資源の解析手法、農業環境資源評価のためのシミュレーションモデル、情報システムの構築等に関する研究。

10)農業環境インベントリーの構築: 農業環境資源の分類と同定、農業環境資源の特性解明と評価、農業環境資源情報の集積と利用システムおよびアイソトープ利用などに関する研究。

今回は、新たに「これからの農業環境研究」について、当所で検討した内容を項目別に列記する。4本の大課題とその課題に関わるキーワード、さらにはそれぞれの課題に基づいたいくつかの中課題と、その課題のキーワードが含まれる。この課題やキーワードに関して、読者の皆様のご意見やご批判をいただければ幸いである。

1.農業環境資源インベントリーの構築

<キーワード> 健全性評価・次世代への継承・モニタリング・環境資源評価・環境計測

1)農業環境資源の評価手法の開発

<キーワード> LCA手法・農業生態系の健全性・生物多様性・環境指標・地理情報システム

2)農業生態系における環境計測手法の高度化

<キーワード> 広域的計測・電磁波計測・リモートセンシング・分析法

3)農業生態系における環境資源の長期モニタリング

<キーワード> 生態調査・フィールド調査・地理情報システム・モニタリング手法

4)土壌、微生物、昆虫の同定・分類

<キーワード> 生物および非生物資源の分類と同定

5)農業環境資源情報の集積と利活用法

<キーワード> 農業環境資源の指標・地理情報・遺伝資源の集積と利用・環境統計手法

6)インベントリーシステムの開発

<キーワード> 農業環境資源の機能解明・資源変動メカニズムの解明・リスク評価手法

2.地球環境変動に伴う環境影響評価とその対策技術の開発

<キーワード> 食料生産予測・温室効果ガス・物質循環・空間構造・生物地球科学

1)地球環境変動が農業生態系に及ぼす影響評価と予測技術の開発

<キーワード> 地球温暖化・農業動態モデル・生産予測・水資源の枯渇・土壌侵食・FACE・生物地球科学

2)温室効果ガスの影響解明とその対策技術の開発

<キーワード> 地球温暖化(メタン・亜酸化窒素・二酸化炭素など)

3)農業活動が物質循環に及ぼす影響評価

<キーワード> 窒素および炭素などの循環・地理情報システム・環境負荷・黄砂・花粉拡散・砂漠化

4)農業活動が農業生態系の空間構造に及ぼす影響評価

<キーワード> 土地利用および生物生息域の変化・農業活動の変化・生物多様性・砂漠化

3.生物資源に及ぼす農業活動の影響評価と生物機能の活用技術の開発

<キーワード> 生物種の動態予測・インベーダー・組換え生物・生物多様性・生物相互作用・バイオレメディエーション・化学生態

1)侵入・導入生物による影響の解明と評価

<キーワード> 分布拡大および定着メカニズム・生物多様性の保全・外来種データベース構築

2)組換え生物による影響の解明とリスク評価法の開発

<キーワード> 組換え生物・影響評価法・モニタリング手法・環境影響解析・リスク評価・遺伝子流動

3)生物種の動態の解明と予測手法の開発

<キーワード> 指標生物の選定・生物多様性の保全・生物動態モデル・食物連鎖

4)生物機能の解明とその利用技術の開発

<キーワード> 化学生態・アレロパシー・フェロモン・拮抗微生物・薬剤耐性・生物相互作用

5)生物作用による環境負荷物質の分解技術の開発

<キーワード> 分解菌探索・分解遺伝子の探索・遺伝子流動・土壌微生物

4.農業生態系における化学物質のリスク評価とリスク管理

<キーワード> 有機化学物質・微量元素・栄養塩類・放射性同位元素・分析法

1)有機化学物質の生態影響評価法とリスク管理技術の開発

<キーワード> 分析法開発・環境負荷・リスク解析手法・動態解析・管理・マルチメディアモデル等モデル開発

2)有害元素の動態解明とリスク管理技術の開発

<キーワード> 土壌、資材および作物中の重金属の分布・環境負荷・挙動把握・リスク削減技術開発

3)栄養塩類の動態解明とリスク管理技術の開発

<キーワード> 物質循環・流域予測モデル・流域管理シナリオ

4)農業生態系における放射性同位元素のリスク評価

<キーワード> 土壌および作物中の天然および人工放射性物質の動態解明

 

農業環境技術研究所案内(15):残された遺産 −農事試験場における肥料依頼分析の記録−

資料の発見

これらの資料は農業環境技術研究所の「土壌ファティリティ実験棟」内の一実験室で見つかった。多数の資料が10冊程度ごとにひもで十文字にくくられ、2畳程度の広さに積み重ねられていた。ほとんどが厚紙で装丁された冊子であった。一部未装丁であったり、厚紙に挟んでひもで括っただけのものもあった。その数約500冊にのぼる。

聞くところによると、この資料は当研究所の前身である農業技術研究所が昭和55年に東京の西ヶ原から筑波の地に移転してきた際に、移転の荷物と一緒にやってきて、以来「大気保全資材判定実験棟」の一隅におかれていた。この建物が改修されることになったので、上記の実験棟に移されたという。筑波に来て約25年間、来たときのまま塵埃にまみれて今日までに至ったのである。今回の改修でうち捨てられてしまうおそれさえあった資料がひっそりと場所を移され、保管されていたのは、その量の多さもさることながら、「そんなに簡単に捨てられる代物ではない」と人に感じさせる雰囲気が資料から漂っていたせいかもしれない。水ぬれの影響も見られる古めかしい資料をひもといてみることにした。

資料の概要

・ これは何の資料か

この資料は、当研究所の前身である農事試験場(東京都北区西ヶ原)時代に行われた肥料などの依頼分析の成績の控えである。二種類の控えがそれぞれ別に整理されていた。ひとつは、「公衆の依頼に応じ肥料・土壌等に就き分析を行ひたるもの」(明治26年4月勅令18号)、もうひとつは、「肥料取締法(明治32年4月公布、同34年5月取締規則施行、同年12月施行)に基づき必要と認め、若しくは取締りの参考のため各府県庁等からの請求により肥料等の分析を行ひたるもの」の成績の控えである。これ以降、前者を「依頼分析」、後者を「請求分析」と呼ぶことにする。

依頼分析の成績の控えは、明治34(1901年)年3月から昭和29年度末までのものである。請求分析は、明治35年3月から昭和19年度中ごろまでの控えである。したがって、古いものは今から100余年、新しいものでも50年余を経過している。この間の依頼分析は7万4千余件、請求分析は6千7百余件である。前者は、未製本のまま残されている昭和14年以降の記録を除いて411冊(一部に欠落あり)、後者は78冊の帳簿にまとめられている。

「依頼分析」、「請求分析」の業務は、依頼者、請求者に分析の結果を報告し、報告を受取った側やその関係者が問題提起してこなければそれで完了する。報告の控えは、長くても5年程保存した後は一般的には処分されてしまう性質のものであろう。それがこうして残されてきたのはなぜだろう。

・ 資料の外観

依頼分析の帳簿は、縦20 cm、横22 cmのほぼ正方形、請求分析のそれは縦19.5 cm、横26.5 cmの横長の帳簿となっている。このため両者を容易に区別できる。1冊の帳簿の中には約100件の分析成績がまとめられている。製本した資料はいずれも左綴じ、左開きであり、黒い布貼りの背表紙になっている。表紙のほこりを拭い去ると緑、紺、茶、灰青、灰黄色などの地色の上に大理石のような縞模様が現われ、なかなかしゃれている。依頼分析の帳簿では7〜18冊の区切りで同じ模様の表紙になっているが、年度や年で区切られているわけではなく、表紙の模様を変えた意図については分からない。また、昭和8年以降の成績はタイプ複写となっており、500件の成績が一冊の帳簿に簡易な装丁でまとめられている。一方、請求分析の帳簿は当初はしゃれた表紙で装丁されていたが、大正3年以降は目立たない雲形の模様の付いた黒表紙に統一される。

・ 資料が当所に残された背景と理由

このような肥料などの分析成績が当所に残された理由を調べてみると、当所のルーツである農事試験場の設置理由並びに目的に行き当たる。

明治24年1月、当時の最新の識者並びに学者の団体であった農学会は、「興農論策」を発表した。その中で「・・・我が国の農家は肥料の配合法を得ざるが為に其の損失するところ太だ多きを知れり。之らの事実は皆我が国の農業未だ十分に発達せざるを証するものなり、今之が改良の術を発見し、これを実施するの道を示すは則ち試験場の任務にして、之をなすには科学的研究と実地的の試験とによるにあらざるよりは安んぞ迅かにその目的を達せんや・・・」と、農事試験場の設置の必要性を熱く説いている。

そして、東京に置く中央農事試験場の仕事については、「もっぱら左の事項に就きて全国に応用すべき科学的試験に従ふ」として、11の項目を喫緊の事項としてあげている。この中で肥料関連の事項は、「農用物量の分析に関する事」、「農用植物と肥料及び土性の交渉に関する事」、「肥料及び飼芻の調整貯蓄使用等に関する事」、「肥料飼芻種苗等の鑑定に関する事」の4項目である。

さらにそのあとで、「肥料等の鑑定にいたりては少しく弁ぜざるを得ず。それ売買交易の事漸く行はれて奸商の徒漸く奸譎を逞ふし購買者其弊を享くるは各国皆然ざるはなく本邦も亦既に其の弊あるを徴したり。且つや近時人造肥料製造販売の事漸く隆盛ならんとするの勢いあるを以て、早く之が計をなすにあらずんば将に其の弊に勝えざるに及ばんとす。故に之を除き、之を防ぐには中央試験場の独り此事ことに従ふべきのみならず、各地の試験場も亦分に応じて力を尽くさざる可らず」と述べ、不正な肥料の流通防止のために農事試験場だけでなく地方の試験場も対応すべきと述べている。

ところで、農商務省は明治18年から澤野 淳(後の初代農事試験場長)、酒匂常明、船津伝次平ら駒場農学校で近代農業技術を学び、あるいは教えている者を農事巡回教師として地方を行脚させ、肥料を含む農業知識の普及を図った。その結果、交通機関の発達もあいまって販売肥料の消費額は年々増加する状況にあった。ところが、これに乗じて不正な肥料を製造・販売してひともうけをたくらむ業者が横行した。そのため、心ある販売業者は信用を守り、購入者は粗悪肥料をつかまされないために、肥料の分析を公の場に依頼したいという要望が高まった。こうした中、明治26年に官制の農事試験場がその6支場とともに発足した。その仕事として、「農産の増殖改良に関する試験」、「巡回講話」、「土質、種子、肥料、飼料等の分析鑑定」の3項が定められた。この3つめの項に基づいて、農事試験場は肥料などの依頼分析(一般公衆対象)、後には請求分析(地方長官(知事)、国対象)にも応じることになったわけである。これが依頼分析の成績が当所に残されていたゆえんである。

・ 残された成績帳簿と農事試験成蹟に掲載された依頼分析の成績との関係

当所で見つかった依頼分析の成績帳簿を古い順に並べてみた。もっとも古い帳簿の供試品番号は1434番から始まっており、分析依頼日は明治34年3月21日(報告書送付は4月2日)と記されている。依頼分析は明治26年12月15日から受付を開始していたから、本帳簿の成績は当然のことながらもっとも古いものではない。

それでは、これ以前の分析成績はどうなっているのだろうか。その所在を調査した結果、明治28年3月発行の農事試験成蹟第7報に、1〜51番(明治27年に分析)の供試品の分析成績が、同29年5月の第9報に49〜92番、同年11月の第10報には93〜145番、明治31年1月の第12報には146〜300番、同年9月の第13報には301〜500番、明治32年2月の第14報には501〜630番、同年7月の第15報には631〜800番、明治33年9月の第16報には801〜1230番の成績が掲載されていた。

しかしながら、1231番から1433番までの分析成績が掲載されると期待された第17報は、農事試験成蹟ではなく農事試験場報告17号へと体裁を変え、「諸種の試験中其結果の明瞭にして直ちに応用若しくは実行し得べきもの」が掲載されるようになり、依頼分析の成績は載っていない。当時の関係の書物に当ったが現存する書誌の中には成績はみつからず、農事試験成蹟第16報が本場における依頼分析の成績を掲載した最後のものであった。したがって、1231番から1433番に至る203件の成績は現在みることはできない。それではなぜ1434番(明治34年4月2日以降報告書発送分)以降の成績の控えだけが残されていたのであろうか。それには以下の3つの理由が考えられる。

1)それ以前の成績を記した帳簿が単純に何らかの理由で失われた。

2)必要がなくなったので農事試験成蹟に掲載された分の帳簿は廃棄した(第1231〜1433番の成績は原稿として提出されたが掲載する場を失い、それきりとなったと推測)。

3)現存の帳簿の様式を新たに定め、明治34年4月以降の成績から記録として残した。

1)、2)は、現存の様式を持った帳簿が依頼分析の開始当初から存在したと考えるものであり、3)は現存の帳簿以前には(担当者個人の分析野帳に記録はあったが)同じ様式の帳簿はなかったと推測するものである。1)、2)の考えをとると、現存の帳簿と同じものが依頼分析開始当初から準備されていたことになる。

しかし、そのように考えると次のような疑問がでてくる。単純に失われたにしても1400件余の成績帳簿は14〜15冊にもなるから1、2冊は残っていてもいいのではないか。現存する依頼分析の成績帳簿は410余冊にのぼるが失われているのは数冊に過ぎない。1冊も残っていないのは、14、5冊に相当する帳簿は初めから存在しなかったのではないか。また、現存の帳簿のように装丁までしたであろう14、5冊に相当する帳簿をいとも簡単に廃棄するだろうか。

そこで3)の推測が生まれるのだが、その根拠は次の通りである。農事試験場では依頼分析の開始から5年余り経過した明治32年3月に初めて依頼分析取扱心得を定めている(その中で備えおく簿冊として分析日誌、分析成績簿、依頼分析台帳などがあげられ、依頼分析の番号は許可順にふるなどが事細かに決められた)。また、分析法については明治32年に澤野 淳場長から各支場長に通牒して「本支場に於て専ら依頼分析に応用し、又は共通すべき場合に用うべき分析方法を一定致置候方便利」であるとし、その原案を起草することとし、同35年に「農芸化学公定分析法」が刊行されている。したがって、現存の帳簿以前(明治34年3月以前)の依頼分析は、それぞれの担当者に任されたやり方で実施・整理していたため、統一的な記録を残すことができなかった。しかし、明治32年4月に肥料取締法が公布され、同34年12月施行となった。このため、肥料などの分析は、肥料取締法に基づく請求分析と一般からの依頼分析とを同一部署で行うことになり、両者を明確に区別して取り扱う必要が生じた。そこで、それぞれにかなう様式を策定し、依頼分析については明治34年の4月報告分から、請求分析は同年12月の法律施行時から使用するようにしたのではないだろうか。そして、それぞれの帳簿は報告の内容を控えとして残すためにきれいに装丁されるようになった。したがって、現存の依頼分析及び請求分析の帳簿より古い帳簿は存在しない。

3)の推理が当たっていれば現存の帳簿の価値が少し高まる気がするのだが、残念ながら新たな証拠が出てこない限り、本当のところは分からない。

なお、明治39年から発行された農事試験場事務功程の中に依頼分析に関する事項として、依頼件数、分析成分数、受領手数料などが掲載されている。ただし、後年には依頼件数と依頼分析の証明書の発行枚数のみが記載されるようになった。

資料の内容

前述のように農事試験場は肥料などの依頼分析、後には請求分析にも応じることになったが、ここからは当時としてはきわめてユニークな「一般公衆」からの依頼に基づく依頼分析に限定して述べることとする。

・ 依頼分析の成績帳簿の様式

成績帳簿には【番号】、【供試品】、【依頼者住所氏名】、【生産地若くは製造地】、【生産人若くは製造人】、【価格】、【定 分析を要する成分】、【依頼期日】、【許可期日】、【手数料】、【手数料納付期日】、【成績書納付期日】、【分析主任】、【備考】の欄があり、必要事項が記入されている。そして左開きのページの右側にはミシン目の跡があり、そこに「農商務省農事試験場」の割印が押してある。その右側は、ミシン目でつながった依頼者あての「證明書」になっている。唯一残っていたものによれば、右側から縦書きで供試品番号、供試品名、依頼者名の記入欄、そして分析成績を示す欄がある。その後に「右は依頼者により本場に提出したる供試品に就き施行したる分析の結果なることを證す」とあり、それに続いて年月日、場長名、同印、分析担当者名が並んでいる。「證明書」部分は、送付されてしまうので、帳簿として残っているのは、小切手帳の控えに相当する部分である。昭和8年以降は、ミシン目を切って証明書を発行する方式からタイプ打ちの複写方式に変わったが、様式の基本は変わっていない。タイプ複写方式への変更は、証明書の複数枚の発行や記録の保存により便利だったからであろう。なお、農会など公的な団体からまとめてかなりの件数の分析依頼があったときは、成績一覧表を別途作成して公文書として送付しており、その控えが成績帳簿にとじ込まれている。

・ 依頼分析の手続きと手数料

明治26年4月に農事試験場が発足すると、ただちに勅令第230号により依頼分析の手数料、農商務省告示第19号により依頼手続き、分析供試品(肥料、土壌、水、農産物、農産製造品など)の送付などに関することが定められた。澤野 淳場長は明治27年8月の大日本農会第13回大集会の演題「農事試験場」の中で「依頼分析では1成分につき50銭、1成分増す毎に25銭増しになるが、分析に係る費用は手数料ではとても足りない」と述べている(明治26年の米価は2円95銭/60kg)。

肥料などの化学分析に使用する器具、試薬は当時ほとんどが輸入品で高価であった。そのうえ、分析技術を身につけている者も限られていた。これらの分析は、官制の農事試験場だからこそ実施できたといえる。なお、大正11年には分析手数料の改定があり、1成分の分析料金は2円となったが、追加1成分はその半値という料金設定は変わっていない。また、水分のみの依頼も生じるようになり、追加1成分の手数料の半値の50銭、そのほか、「證明書」のコピーが必要な場合には和文1通につき20銭、英文1通につき50銭の手数料を払うように改訂されている。

依頼分析が始まった当時は不正な肥料が流通し、それを見分けるための民間での肥料分析の試みがことごとく失敗していたから、依頼分析が官制の農事試験場で行われることは関係者から大いに歓迎された。

・ 成績帳簿からみた依頼分析件数の変遷

依頼分析は明治26年の年末から開始された。依頼分析の中に土壌や農産品も含まれるが、大部分は肥料とその原料であった。農事試験成蹟と残された成績帳簿から依頼分析の件数の推移をみると、明治27年度末までに52件、28年度に44件と出足はゆっくりであった。明治29年度に108件、30年度に180件と増加し、31〜33年度は300〜400件を維持した。しかし、明治34年には一挙に1273件に急上昇した。明治35〜37年度は減少したが、その後増加し同41年には1373件まで増大した。明治42年には910件と再び下がった。明治45年には同41年のレベルになった。明治45年から昭和7年までの21年間の依頼件数は、年間平均1522件になっている。依頼分析開始後の件数の増加は当然予想されることであった。件数が急増した明治34年は、肥料取締法の施行年であり、明治41年は改正肥料取締法施行の年に当たるが、それぞれ肥料取締りとその強化への対応が取られたためであろう。また大正8、9年にも増加した。これは、支場でも行われていた依頼分析が同8年に本場に一本化されたためと思われる。

一方、明治36〜37年、大正3〜4年、大正11、12年、昭和2年には依頼件数が減少した。日露戦争(大陸からの大豆粕輸入の途絶)、第1次世界大戦、分析手数料の値上げ、関東大震災、生糸の価格暴落と肥料価格の低下など世の中の動きが、直接あるいは間接的に肥料の生産・流通に影響を及ぼしたためであろう。昭和8年から昭和16年までは、1900〜2900件のレベルに増加した。これは海外からの燐鉱石の輸入の増大、内地外地での硫安生産の増大などが関係していると思われる。日米戦争開始以降は海外からの燐鉱石の輸入も止まり、分析に携わる人も兵役などのため徐々に少なくなり、依頼件数も低下し、昭和18年〜22年までは成績が見あたらない。また、同23年以降の成績は未整理のまま残されている。

資料の散策

ここでは、明治20年代の肥料の揺籃(ようらん)期から、アンモニア合成工業が確立し、現在なじみの化学肥料の多くが姿を現した昭和10年代前半までの成績帳簿の中を散策してみたい。

・ 分析依頼された肥料などの供試品

成績帳簿の中に出てくる依頼分析された供試品を以下に示す。これらの多くは市販の肥料であるが、中には肥料あるいは肥料原料としての利用価値を把握するために分析依頼したものも含まれている。分かりやすくするため、供試品を植物質、動物質、鉱物質、無機質、配合および化成に分類した。鉱物質には、無機質肥料の原料となる燐鉱石などが含まれる。

これによれば、多数の種類の動植物質、鉱物質などが国内外から商社、生産・販売業者によって集められている。大豆粕を例に取ると、大正13年は日露戦争以後増えてきた輸入量が頭打ちになった時期であるが、大豆粕の輸入量が112万トンに対して国産の大豆粕と大豆粕粉末とを合わせても21.5万トンに過ぎない。成績帳簿に見える輸入肥料の生産地は、植物質肥料は中国、満州、印度(インド)、魚肥はチリー、諾威(ノルウェー)、獣肥は濠州、米国、独逸(ドイツ)、無機質肥料は独逸、英国、西班牙(スペイン)、満州、そして、化成肥料は独逸、米国であった。

販売肥料は、明治初期から藍、煙草、果樹、茶、麻、桑などの換金作物の栽培農家でおもに使用されていたが、現金収入を得る機会の少なかった一般の農家にとって販売肥料の購入は容易ではなかった。肥料の価格は現在に比べて割高で、肥料代を前借りし、それを返済できずに土地を失った農家も多かった。実際のところ、昭和20年代後半の高度経済成長が始まるまでは、多くの農家は人糞尿、堆肥、厩肥、鶏糞、レンゲ、緑肥、山野草、蚕糞、草木灰、藁灰などの自給肥料を利用し、今風にいえばオーガニック農業が普通であった。このころ、自給肥料の分析依頼の件数はきわめて少ない。依頼分析の肥料が必ずしも当時の一般的な農家が使用している肥料であるということではなかった。

植物質の肥料およびその原材料

・菜種油粕、大豆油粕、綿実油粕、荏胡麻油粕、亜麻仁粕、亜麻仁油粕粉末、落花生油粕、黒胡麻実油粕、胡麻油粕、蓖麻子油粕、芥子油粕、米糠油粕、椰子油粕、麻実粕、雑植物油粕、栢の実油粕、桐油粕、椿油粕、茶実油粕、茶素粕、ココア粕粉末、種粕、再生植物雑油粕粉末、混成油粕、櫨(ハゼ)粕、カポック粕、ホップ粕、でんぷん粕、洗米汁沈渣、甘藷粕、蹄角汁高梁粕

・酢粕、沢庵粕、醤油粕、醤油粕粉末、味噌粕粉末、高梁焼酎粕、アルコール粕

・米糠、朝鮮米糠、麦糠、小麦屑粉、製糖精滌残滓、煙草茎、堆肥、厩肥、落葉、厨芥堆肥、泥炭、亜炭、苹果実、麻屑、昆布

・泥炭灰、ふ(モミガラ)灰、燻炭、海藻灰、藁灰、中骨煙草灰、煙草灰、蠣藻灰、椰子殻野天焼灰、罹災米麦灰化物

動物質の肥料およびその原材料

・鰊搾粕、鰛搾粕、魚粕、直魚粕、乾魚、鮭粉末、秋刀魚粕、雑魚粉末、雑魚粕粉末、沿海魚粉末、粉末、魚族荒粕、鱈身粕、鱈肝臓粕、助宗棒鱈、鯖ワタ粕、魚スクラップ、フィッシュミール、魚腸粕、鰈雑粕、鮫肝油搾粕、チリー産コノシロ粕、氷下魚搾粕、再生魚油搾粕、鰹節削粉、魚汁糠豆魚粕、魚油澱粕、薪灰と魚煮汁粕、笹目、胴鰊、螺蠑の臓腑、魚頭、鳥焼骨魚粕、鯛のイラ、蟹殻、海老皮、魚骨

・獣乾血、牛羊乾血、血粉肉粕、乾血、牛血粉、尿結晶、肉骨粉(タンケージ)、牛腸粕、牛煮粕、牛肝臓、獣脂、皮屑、皮屑粉末、獣皮、獣毛、絹毛、羅紗粉、紡績屑、羊毛屑、鳥羽根、鳥毛、蒸製皮粉、角粉、蒸製蹄角骨粉、膠粕、蒸製骨粉、蒸製鯨骨、鯨肉粉末、鯨粕、鯨骨粉、海馬骨粉末、生骨粉、骨粉、挽骨粉、骨炭、骨灰・貝灰・海藻灰混合物、腸灰、骨粉過燐酸石灰

・蚕蛹〆粕、乾燥蚕蛹、琴虫、玲虫、虫粉、石鼠、四つ手虫、干し蜆、胎貝、海茄子、干しシャコ、浅海カシパン粉末、ヒトデ粉末

・鶏糞、糞尿、乾糞、海鳥糞、蝙蝠糞、ツバメ糞、信天翁糞、畜糞煮汁堆肥、馬糞

・アクティべーテッドスラッヂ(活性汚泥)

鉱物質(無機質肥料原料を含む)

・泥土、塵芥灰、砿石粉末、石灰、生石灰、消石灰、加工炭酸石灰、カーバイト副生石灰、石膏砿、貝殻粉末、軟珊瑚粉末、カゼイン石灰、含燐石灰鉱、苦土石灰、明礬石粉末、長石、加里石英粗面岩、雲母、製塩残滓、カーナライト、セメントダスト、煙道灰、煤煙

・燐鉱石(ラサ、マカテア、アンガウル、ガフサ、ペップル、コシア、クリスマス、中国、アルゼリア、モロッコ、サファジャ、フロリダ、ロタ、ペリリュー、プラタス、ハノイ、ラオカイ、海洲、フハエス、與論島、フィジー)、燐鉱粉、グアノ、溶解グアノ、燐酸質グアノ

無機質肥料

・過燐酸石灰、精過燐酸石灰、強過燐酸石灰、特性過燐酸石灰、重過燐酸石灰、罹災過燐酸石灰、トーマス燐肥

・硫酸安母尼亜、智利硝石、硝酸曹達、石灰窒素、罹災石灰窒素、硝酸石灰、尿素(独)、瓦斯液

・硫酸加里、塩化加里(カイニット、シルビニット、トロナ、セーニット、粗製塩化加里、粗目塩化加里)

配合肥料

・石灰窒素加里、加里石灰

化成肥料

・化成肥料試製品、ロイナフォス燐安(独IG製)、ニトロフォスカIG、アンモフォス、罹災アンモフォス、レナニアフォス、燐酸加里(ラサ燐鉱製)、硫燐安

・ 依頼分析からみた肥料などの時代的な変遷

明治27年から昭和10年度までの41年間の肥料などの時代的な変遷を見るため、おおむね5年ごとの年度の依頼分析について、50件を抽出して肥料などを上記にしたがって分類した。

明治27年度

・植物質肥料(12件): 大豆粕、菜種搾粕、棉種搾粕(2)、亜麻種搾粕、米糠(3)、醤油粕、泥炭肥料、泥炭灰肥料、ふ灰

・動物質肥料(16件): 鰊搾粕、鰛搾粕、鰹節削粉、再生魚油搾粕、魚頭粕、皮屑肥料、牛汁肥料、乾牛肥料、鳥骨、骨粉過燐酸石灰、骨粉(2)、蚕蛹、海鳥糞、鶏糞、糞尿煉肥料

・鉱物質肥料(3件): 石膏砿、石灰砿(2)

・無機質肥料(3件): 過燐酸石灰(3)

・配合肥料(16件): 人造肥料(13)、普通肥料、燐酸肥料、不明

明治30年度

・植物質肥料(7件): 大豆粕肥料、亜麻仁粕、煙草茎、米糠、堆肥、荏油粕、海産物窒素

・動物質肥料(16件): 魚骨、鯛のイラ、皮屑肥料、獣種肥料(2)、獣毛肥料、牛羊乾血、獣皮肥料(2)、獣脂肥料、完全獣肥料、骨粉、挽骨粉、骨粉燐酸肥料、骨炭粉、骨灰・貝灰・海藻灰混合物

・鉱物質肥料(6件): 砿石粉末(6)

・無機質肥料(13件): 過燐酸石灰(7)、重過燐酸石灰(5)、トーマス燐肥

・配合肥料(8件): 完全人造肥料、人造肥料、窒素質肥料、動物質肥料

明治34年度

・植物質肥料(35件): 菜種油粕(19)、綿実油粕(2)、荏油粕(5)、胡麻油粕(3)、混成油粕、米糠、麦糠、酢粕、沢庵粕肥料、厩肥

・動物質肥料(10件): 鰊搾粕、鰛搾粕、氷下魚搾粕、魚粕、魚油澱粕(2)、獣乾血肥料、骨肉肥料、骨粉、鳥焼骨

・鉱物質肥料(1件): 石灰

・無機質肥料(1件): 硫酸安母尼亜(独製)

・配合肥料(2件): 甲印完全肥料、窒素肥料、特性燐酸肥料

明治39年度

・植物質肥料(9件): 菜種油粕(4)、大豆粉粕、棉実粕、落花生油粕、木灰、畑草中骨灰

・動物質肥料(12件): 魚搾粕(4)、乾血、角粉、鯨骨粉(2)、タンケージ、腸灰肥料、海鳥糞、蝙蝠糞3号

・無機質肥料(14件): 過燐酸肥料(6)、重過燐酸石灰(3)、硫曹肥料第1号、トーマス燐肥、硫酸安母尼亜(2)、チリ硝石

・配合肥料(15件): 実収肥料、肥料灰1号、植物肥料、2号肥料、信陽肥料2号、日星完全肥料2号、硫曹肥料別製第5号、日比野安全肥料、多木完全肥料、巴印動物肥料(2)、特性完全肥料第16号、麦作肥料、配合肥料第1号、窒素肥料

明治41年度

・植物質肥料(12件): 菜種油粕(3)、荏油粕、荏胡麻油粕、黒胡麻実油粕(2)、亜麻粉粕(2)、真粉粕、朝鮮米糠、アルコール粕

・動物質肥料(8件): 直魚粕、乾魚肥料、雑魚粕粉末、蒸製骨粉、蒸製鯨骨、鯨肉粉末、精製鯨肥、海鳥糞

・鉱物質肥料(1件): 消石灰

・無機質肥料(16件): 過燐酸石灰肥料(10)、重過燐酸石灰(2)、硫酸安母尼亜(4)

・配合肥料(13件): 蚕査肥料第4号、堆積肥料、配合肥料6号の10、配合肥料10号の1、配合肥料13の3、配合肥料17号の2、配合肥料第3号、牛印信濃肥料、蝙蝠印桑肥料、殺虫沃土徳用肥料第1号、星印い号特性完全肥料、アルカリ肥料第5号、山十印完全肥料1号

大正3年度

・植物質肥料(13件): 菜種油粕(3)、大豆粕(3)、種粕、胡麻油粕、亜麻仁油粕粉末(2)、落花生油粕、小麦糠、海藻灰

・動物質肥料(8件): 粉末魚族荒粕、チリー産コノシロ粕、沿海魚粉末肥料、蒸製骨粉(2)、乾燥蚕蛹肥料粒、蚕蛹〆粕、海鳥糞

・鉱物質肥料(6件): 燐鉱石(4(ラサ、マカテア、アンガウル、エジプト))、含燐石灰鉱(2(佐渡、石川))

・無機質肥料(15件): 過燐酸石灰(8(うち強過燐酸1))、硫酸安母尼亜(2(粗製1、輸入品1))、瓦斯液肥料、硫酸加里(4(うち国産2))

・配合肥料(8件): 特性完全肥料、完全福作肥料第4号、鳳号、大正肥料20号、東洋肥料20号、天地第2号(2)、塩水港肥料

大正8年度

・植物質肥料(19件): 菜種粕(2)、綿実油粕(3)、胡麻油粕、亜麻仁油粕(2)、種粕、落花生油粕、蓖麻子油粕、再生植物雑油粕粉末、米糠油粕(2)、でんぷん粕、木灰(2)、海藻灰(2)

・動物質肥料(11件): 魚粕(2)、雑魚粉末、魚汁糠豆魚粕肥料、薪灰と魚の煮汁を併せた物、蟹殻、肉粕、乾血、蒸製蹄角骨粉、皮屑粉末肥料、蚕蛹〆粕

・鉱物質肥料(5件): 燐鉱石(ラサ燐鉱5)

・無機質肥料(10件): 過燐酸石灰、重過燐酸石灰、チリ硝石肥料、硫酸安母尼亜、加里肥料(6うち硫酸加里4)

・配合肥料(4件): 麦作肥料乙号、完全煙草肥料第6号、完全5号、桑園肥料第2号

・化成肥料(1件): 化成肥料試製品

大正13年度

・植物質肥料(13件): 菜種油粕(2)、棉実油粕(5)、亜麻仁油粕(2)、雑植物油粕、栢の実油粕、ホップ粕、木灰

・動物質肥料(9件): 鰊粕(2)、蒸製骨粉(4)、鯨粕、蹄角汁高梁粕、動物質肥料

・鉱物質肥料(15件): 燐鉱石(ラサ8、マカテア3、コシア、クリスマス2、中国)

・無機質肥料(8件): 過燐酸石灰(4(うち強、精過燐酸3))、チリー硝石、硫酸安母尼亜(3)

・配合肥料(5件): 特性完全肥料第1号、特性海陸産肥料、速効有機肥料5号、化学肥料8号、豊徳肥料別2号

昭和5年度

・植物質肥料(8件): 綿実油粕(4)、落花生油粕、蓖麻子油粕、カポック粕、醤油粕粉末

・動物質肥料(7件): 鰊粉末、魚粕、魚スクラップ、蒸製骨粉、乾血、海鳥糞、アクティべーテッドスラッヂ

・鉱物質肥料(14件): 燐鉱石(コシア4、アンガウル3、モロッコ2、サファジャ、クリスマス、マカテア、フロリダ、南大東島)

・無機質肥料(18件): 過燐酸石灰(3(成分18%、38〜39%いずれも輸出))、硫酸安母尼亜(4)、石灰窒素(米国輸出)、硝酸曹達(輸入品)、チリー硝石(輸入品)、肥料原料乾留液B号、硫酸加里(2(1点は英国産))、塩化加里(4(欧州産3,米国トロナ1))、精製加里苦汁塩

・配合肥料(3件): 石灰窒素加里肥料、4号品質管理、特性常葉煙草肥料(3点いずれも無機配合肥料)

昭和10年度

・植物質肥料(6件): 棉実油粕、落花生油粕、椰子油粕粉末、米糠油粕(2)、醤油粕

・動物質肥料(3件):鰯粕粉末(2)、雑魚粉末

・鉱物質肥料(22件): カゼイン石灰、消石灰、苦土石灰、燐鉱石(18(コシア3、ロタ3、ラサ2、クリスマス2、サファジャ2、フロリダ2、ペリリュー2、マカティア、アンガウル))、グアノ

・無機質肥料(13件): 重過燐酸石灰(輸出)、硫酸安母尼(2(欧州製))、硝酸アンモニア、硝酸曹達、石灰窒素、塩化加里(トロナ)、セメントダスト(2)、加里肥料(4(加里、粗製加里、粗目塩化加里、三車加里肥料3号))

・配合肥料(3件): 昭和肥料粒状石灰窒素加里、住友福印、配合肥料特性麦1号

・化成肥料(3件): みくに第129号、ロイナ燐安肥料(独IG製)、ニトロフォスカIG

これらによると、明治・大正時代は過燐酸石灰の分析を除けば植物質、動物質肥料の分析依頼件数の割合が高かった。大正末期から昭和に入ると、それらはいずれも明らかに低下し、代わって燐鉱石に代表される鉱物質の依頼分析の割合が増加し続けている。また、依頼分析開始当初に唯一の化学肥料であった過燐酸石灰の分析依頼の割合が高く、その後も高い割合を占めた。昭和に入ると、これに加里、輸入硫安、国産硫安の分析依頼が加わった。

過燐酸石灰の分析依頼が多かったのは、おそらく分析開始当初は原料が骨粉であるか燐鉱石であるかによって、その後は輸入燐鉱石の品質によって、有効成分量が大きく異なるため、製造品の実態を把握する必要があったのであろう。また、海外からの重過燐酸石灰の輸入、一方では、第一次世界大戦中は南アフリカへの輸出などもあり、それらの品質・成分を確認・保証するための依頼分析が多かったためと思われる。

昭和に入ると植物質肥料の依頼分析が減少し、硫安や加里の依頼分析が増えた。大豆粕などでは取引が大規模化するにしたがい、一定の品質の製品が得やすくなり、分析の必要性が低下してきたこと、しかも大豆粕を始め菜種粕、棉実粕とも大正末期に輸入量が頭打ちとなったことなども関係しているかもしれない。植物質肥料の代表格である大豆粕は、窒素、燐酸、加里の三成分を含む万能肥料であったが、これに代わって硫安が利用されるようになると、土壌中の加里の収奪が進む。このため、大豆粕使用時にはわかりにくかった加里の効用がめだつようになり、それが加里肥料の需要を増やし、加里の依頼分析件数の増加につながったと思われる。

昭和初期は硫安の輸入が増え、その依頼分析が多かったが、昭和7、8年からは国産硫安(外地を含む)の分析依頼が多くなった。これは、わが国のアンモニア合成工業がドイツなど諸外国からの硫安の安売りに耐え、独り立ちができたことの証であろう。硫安の依頼分析のことは後でも述べる。配合肥料については、明治時代には過燐酸石灰と窒素を含む動植物質肥料とを調合したものが依頼分析の大きな割合を占めたが、大正以降はその割合は減少し、昭和10年になるとそれまでにはほとんどなかった無機質肥料どうしの配合肥料や化成肥料(ロイナ燐安、ニトロフォスカ(硝酸性窒素を含む3成分肥料))の依頼分析の割合が高まっている。

このように、上記の肥料分類に基づく依頼分析件数割合の推移から見ると、販売肥料については、大正末が有機質肥料から無機質肥料への移行の分岐点であったように思われる。

大正15年6月の満州日日新聞、同7月の神戸又新日報はそれぞれ硫安の輸入量や、大豆粕の輸入量の推移を示しながら、内地の豆粕の需要減に対して外国産の硫安を一大脅威あるいは軽視できないとする記事を掲載している。

・ 依頼分析の目的と実際の依頼状況

依頼分析はどのような目的で行われていたのであろうか。供試品の種類、分析内容、依頼主のカテゴリー、「證明書」の発行枚数などを参考に時間的に概観するとおおよそ次のように整理できる。

1)供試品の肥料としての価値、特性を判断するため

主として依頼分析開始当初から明治の末ごろまで(依頼者:肥料製造・販売業者、農業者、輸入業者)

2)生産・販売肥料の成分の保証あるいは、確認のため

主として明治41年の改正肥料取締法施行以降(依頼者:肥料製造・販売業者、輸入業者)

3)輸入した肥料及び原材料が契約したものであるかを確認するため

主として肥料、燐鉱石の輸入が多くなってきた明治末期から大正初めと大正末期以降(依頼者:肥料製造業者、輸入業者)

4)輸出入肥料の成分の公的証明のため

主として肥料の輸出が行われた昭和7、8年以降(依頼者:輸出業者、肥料製造業者)

1)の場合についてみてみよう。依頼分析の始まった当時は、肥料の製造あるいは販売にかかわる者であっても、肥料や肥料原料中の成分を数値として把握したことはなく、それを知る唯一の方法が依頼分析であった。一方、肥料を購入し、利用しようとする者は、販売肥料が肥料として間違いのないものであるか、価格に見合う効用があるかなどを明確に把握するために依頼分析に期待をかけたに違いない。

まず、明治26年12月15日の依頼分析開始からほぼ1年間に依頼のあった50件(依頼主32名)についてみると(分析帳簿記載以前の成績)、依頼者は個人名が多い。複数の供試品の分析を依頼している者もあることから、おそらく肥料を製造あるいは販売する者が主体と考えてよいだろう。依頼分析の第1号の栄誉に浴したのは福島県須賀川の橋本久助氏であった。籾殻灰のほかに石膏砿、過燐酸石灰の分析を依頼している。

福島県郡山の齋藤久之丞氏は普通肥料、魚頭粕、鳥骨、蚕蛹、過燐酸石灰、骨粉、人造肥料2件の計8件を、さらに茨城県結城の廣江嘉平氏は、鰹節削粉、米糠3件、鰊搾粕、鰛搾粕の計6件の分析を依頼している。これらの人々は自分の取り扱っている肥料の成分を科学的な方法で、しかも高い信頼性のもとに知ることができた最初の一般人と言ってよいだろう。成績によれば人造肥料として送付した供試品中の成分が土壌のそれとほとんど変わらないという分析結果を受け取った依頼主もいたが、どのような感想を持ったであろうか。

次は農業者側からの分析依頼である。明治40年1月に栃木県農会副会長田村律之助名で、当時、県内に出まわっていた国産および輸入の単肥(過燐酸石灰、重過燐酸石灰、硫酸安母尼亜、硫酸加里)、調合肥料など85件の分析が依頼されている。また、同年10月には英国製硫酸安母尼亜3件、過燐酸石灰14件、同41年5月と10月にはA社とB社の普通過燐酸石灰と特性過燐酸石灰の各10件と輸入英国硫酸安母尼亜の10件について、さらに同42年4月にはC社の強過燐酸石灰6点の分析を依頼している。田村律之助氏は後に栃木県農会長となり、肥料共同購入、ビール麦の国内供給を先導した人物である。

徳島県農会は明治41年1月、県内に出まわっていた7社10件の過燐酸石灰、12社23件の配合肥料について、また群馬県農会は同41年3月4社4件の過燐酸石灰、4件(3件は外国産)の魚肥、12件の配合肥料などについて分析を依頼している。

長野県農会は明治41年5月に県内で販売されている輸入英国硫酸安母尼亜6件、輸入の重過燐酸石灰を含む過燐酸石灰は15件、それに国産配合肥料77件の分析を依頼している。さらに、県内農会の18支部からの堆肥18件の分析を依頼し、自給肥料として重要な堆肥の成分把握を行っている。

長野県埴科郡農会は明治41年11月に大麦実およびふ皮9件、大麦桿5件、翌年3月には籾6件について窒素、燐酸、加里の三成分の分析を依頼している。

岡山県農会も明治41年8月に県内で販売されていた配合肥料25点、骨炭肥料1点の26件の分析を依頼している。

このように農会を通して多数の流通肥料や自家製堆肥などの成分の分析依頼がよせられた。このことは、科学技術に基づく農業の実践に貢献しようとする依頼分析の目的に十分に沿うものであったに違いない。これら各県の農会からの分析依頼が、改正肥料取締法施行に先立つ時期にほぼ同時に出されてきたことは、法律施行前に各県に流通している肥料中の成分の現状を正確に把握しておこうという申し合わせ事項が農会にあったのかもしれない。

各県の農会では、過燐酸石灰についてかなりの件数の分析を依頼した。それは、この肥料の消費量が多かったこと、また、前述のように原料の燐鉱石の品質や製法の違いによって、成分濃度の異なる過燐酸石灰が製造されたことによる。このころ、成分濃度が20%程度の過燐酸石灰には頭に強、精、特性などの字をつけて普通の過リン酸石灰と区別して販売されていた。そこで、消費者側は、普通の過燐酸石灰との成分量の違いを明確に把握すること、各社の製品について過燐酸石灰の成分量と価格との整合性をみることなどを試みたのであろう。

それまで、過リン酸石灰の依頼分析ではもっぱら全燐酸の分析が求められたが、この時期行われた依頼分析では、一部の県農会を除いて「水及びク溶性アンモニアに溶くべき燐酸」のみの分析が依頼されていた。1成分を分析するのであれば、「全燐酸」より「水及びク溶性アンモニアに溶くべき燐酸」の濃度のほうが重要であることが農会の中で認識されたのであろう。

このように改正肥料取締法が施行される明治41年ころは、農会を通した依頼分析がさかんに行われたが、大正8年に富山県農会長から植物粕類、動物粕類、骨粉など27件、大正9年に三重県農会から40件の分析があったあとは、県農会レベルでの分析依頼はなくなった。

また、明治41年12月から翌年1月にかけて台湾総督府糖務局から3回に分けて配合肥料26件について「全窒素」、「水及びクエン酸アンモニアに溶くべき燐酸」の依頼分析があった。甘蔗(サトウキビ)栽培に使用する配合肥料の大口需要者として、肥料の成分量を確認するための依頼分析であったと思われる。

昭和5年11月に西原衛生工業所の西原脩三氏から依頼されたアクチベーテッドスラッヂ(活性汚泥)A,B,Cの3件について、水分、窒素全量、燐酸全量、加里全量および有機物の分析結果を送付した記録(この分の成績帳簿は欠損)があった。アクチベーテッドスラッヂと書くところは近代的な衛生工学の知識を習得するために欧米に遊学した氏らしいところである。依頼分析の目的は推測するしかないが、農事試験場に依頼するからには活性汚泥の肥料としての利用が念頭にあったであろう。同年には、わが国最初の活性汚泥法による汚水処理が名古屋市で採用されている。それ以来、現在まで活性汚泥法による汚水処理施設は多数できているが、発生する活性汚泥の肥料利用は排出者側が望むほどには進んでいない。

2)の場合についてみてみよう。改正肥料取締法は明治41年10月から施行された。これに伴って販売肥料には成分保証票の添付が義務となり、肥料成分が保証票の値を下まわることは許されなくなった。当時、国内肥料の製造・販売、輸入肥料の販売を手がけていた有力肥料商であった東京深川の鈴鹿商店や岩出惣兵衛商店などは、改正肥料取締法が施行される前も多数の肥料の依頼分析を行い、販売肥料の成分の把握に努めていた。法律施行後は製造、販売する肥料の成分保証は以前より厳密にせざるを得なくなったが、おそらく農事試験場の依頼分析を引き続き利用したであろう。その理由は農事試験場のように割安の手数料で確実な成績を出してくれるところはほかになかったからである。また、改正肥料取締法施行後の成績帳簿をみると、供試品の製造あるいは輸入の年月日、登録商標などの情報が以前より帳簿に詳細に残されており、これらは多様な肥料の成分保証を法律に則(のっと)り、確実に行おうとする新たな配慮の表れと見てとれる。

3)の場合についてみてみる。明治末期から大正の初頭に海外からの燐鉱石の分析依頼が増える。その後、第一次世界大戦以降は一時停滞したが、大正末から昭和15年にかけて燐鉱石の依頼分析件数は全体件数に対して大きな割合を占めるようになった。昭和10年には、抽出した50件中22件が燐鉱石の分析依頼であった。当初は燐酸肥料製造会社からの分析依頼であったが、後に燐鉱会社がこれに加わり、その後は、この二者に代わって輸入商社からの依頼がほとんどを占めるようになった。燐鉱石中の燐酸、水分、産地によっては「酸化鉄及び礬土」の分析が依頼されたが、商社からは水分のみの分析依頼もあった。当初は輸入燐鉱石の品質そのものが重視されていたが、後には分析成績の「證明書」が依頼主の輸入商社へ、コピーが燐酸肥料製造会社、船会社に渡されていたことから、おそらく契約通りの条件で燐鉱石が輸入されたかどうかの確認に依頼分析が利用されるようになったのであろう。

4)の場合についてみる。昭和4年、5年は輸入硫安の依頼分析はそれぞれ26件、47件にのぼっていたが、これに対して国産硫安の分析依頼はそれぞれ4件でいずれも副生、変成硫安であった。昭和初頭のドイツからの合成硫安の輸出圧がいかに激しいものであったかが推察できる。しかし、ほぼ3年後の昭和8年3月から同9年2月までの1年間における硫安の依頼分析件数をみると、内地生産硫安33件、朝鮮興南工場硫安12件、満州からの硫安16件と、外地を含めた日本製硫安についての依頼分析が一挙に急増した。さらに米国、インド、南アフリカなどへの輸出硫安31件の依頼分析が新たに加わっている。

このことは欧米、とくにドイツの販売攻勢をしのいだわが国のアンモニア合成工業が、わずか3年のうちに硫安の輸出をするまでに力をつけたことを物語っている。この時期、英文の分析成績の証明書の発行が多くなっていたのは、硫安を輸出するための成分保証を依頼分析に求めたことの反映であろう。なお、この間の外国の硫安についての分析依頼は14件に減少したが、うち7件は硫安中の塩素の分析依頼であった。

依頼分析の利用目的1)〜4)のうち1)、2)はわが国の農業振興に貢献するものであるが、3)、4)は農業よりは工業・貿易部門への貢献である。後年、3)、4)のための依頼分析の割合が増えていくことは、依頼分析の当初のもくろみとは乖離(かいり)するものであるが、依頼分析が肥料製造業の発展や保証成分を満たす肥料の販売に貢献し、結果として農業者が肥料を容易に入手でき、安心して使用できる道を開いたのであるから、依頼分析の制度は当初のもくろみを越えた大きな貢献をしたと評価できるであろう。

・ 依頼分析をもっともよく利用した農業経営者

依頼分析開始当初にこれを利用した肥料商の中には、その後も分析依頼をくり返し行っていた者が見られる。その中で茨城県結城の廣江嘉平氏は成績帳簿にたびたび登場し、「肥料研究界」雑誌の肥料人国記にも農事試験場をもっともよく利用した人として紹介されている。廣江家は代々庄屋をつとめ、幕末に肥料商を営んで経営を拡大し、養蚕業、蚕種製造にも手を広げた。嘉平氏は明治21年に水戸で開催された農商務省による農業講習会に出席し、農事巡回教師織田又太郎から欧米の輪栽式農法の大要を聴き、家畜の飼養の重要性を認識し、耕種、養蚕、養牛の三部門の大規模農業経営を実施した人でもある。

その所有地は78haにのぼったが、25ha余は自作地とし、その内訳は水田4.5ha、桑畑13.5ha、牧草栽培地5ha、普通作物栽培地2haであった。また、60頭弱の牛を飼育し、牛乳72トンを生産した。肥料商も経営し、依頼分析開始当時は鰊、鰛の搾粕、米糠などの伝統的な動植物質肥料を取り扱っていた。

明治29年に東京の鈴鹿商店が初めて硫酸安母尼亜5トンを濠州(オーストラリア)から輸入して試験販売した際に、廣江嘉平氏がとくに協力して、苗代用肥料への利用を広めたという。硫酸安母尼亜の使い方を会得するまで若干の苦労はあったようだが、同氏はこのような体験を通して化学肥料の効用を早い時期から知ったものと思われる。明治32年2月に同氏から依頼のあった濠州産の硫酸安母尼亜、肉粕粉、地元産の飴粕の分析成績が農事試験成蹟第15報に残されている。

氏は明治35年に天皇が宇都宮に行幸になった際には、硫酸安母尼亜の効果について侍従を通して上奏し、これが新聞に掲載されたことから硫酸安母尼亜が肥料として信用され、その後急激に使われるようになったという。明治44年には大豆粕粉末(3)、乾血、肉骨粉(3)、鯨肉骨粉末、骨粉(4)、智利硝石、硫酸安母尼亜、硫酸加里、沃度加里、魚粉の17件の分析依頼を行っている。深川の大手肥料商の鈴鹿保家氏、岩出惣兵衛氏などからの依頼分析件数には及ばないが地方在住の農業経営者兼肥料業者の依頼主としてはとくに目立つ存在であった。

上記依頼分析の供試品をみるとこの時期、氏の加里肥料への関心の高さがうかがえる。明治38年に深川の藪孝三郎氏が独逸産硫酸加里を依頼分析に持ち込み、同39年に鈴鹿商店が独逸産の硫酸加里を輸入した時期からそれほど遠くない時期である。硫酸安母尼など加里を含まない肥料を使用すると加里の収奪が進み、肥料としての加里の効用が顕著に現れることを体験的に理解したのであろうか。依頼分析が開始されて以来、明治、大正にわたり上記以外にも多くの分析を依頼してきた氏からの依頼分析は、昭和4年に肉骨粉の1件となり、同5年の成績帳簿には名前がみられなくなった。このころ、氏が一線を退いたとも推測できるが、この時期になると肥料取締法の効果も定着し、名の通った肥料製造・販売元の製品であれば含有成分表示に信頼がおけるようになったことも反映しているかもしれない。

氏は、農商務省の農業巡回講習で取得した知識を農業経営に生かし、また、依頼分析の制度を利用して販売肥料に関する知識を増やしていった。とくに、近代化学工業の発展の成果である化学肥料の効用を、早くから理解して経営を実践した点が注目される。産業としての農業を学理の応用によって発展させようと目論んだ明治初期の政府の政策を、うまく利用した人物であったといえよう。

依頼分析の流れは今?

当所に残された肥料などの依頼分析の成績帳簿(控え)に基づいて農事試験場が業務として実施してきた「依頼分析」を振り返ってみた。当時の先端的な科学技術であった化学分析が「依頼分析」という制度を通して、肥料に関する情報を農業者に与えるとともに、肥料の製造業者、販売業者には品質の向上と成分保証において貢献してきた様子を知ることができた。依頼分析に対応して明治35年に「農芸化学公定分析法」が発行されて以来、大正2年には「農芸化学公定分析法」中の肥料分析法の部分にさらに各種の分析法を加えた「肥料分析法」が刊行された。

昭和初期には、それまでのドイツ流儀の「肥料分析法」にアメリカの流儀も参考に取り入れるなど、その後の時代の変化と分析法の改良などに対応し、昭和11年、昭和13年、昭和17年に分析項目に若干の加除が加えられてきた。昭和25年の肥料取締法の全面改正に際し、これらの「肥料分析法」が肥料の主成分および有害成分の定量のための公定法となった。「肥料分析法」は、その後当研究所の前身である農業技術研究所、農業環境技術研究所において5年ごとに改訂を加えながら発行されてきたが、平成4年を最後にその役割を他の機関に譲っている。

しかし、分析にかける情熱は、現在の農業環境におけるハロゲン化合物、微量有害元素、亜酸化窒素などの温室効果ガス、残留農薬やダイオキシン類、降下核種など微量および超微量成分の分析研究の中に脈々と受け継がれ、農業環境を保全するための研究に生かされている。

また当所は、健全な農業環境を維持し、これを次世代に引き継ぐため、農業環境に関連する種々の情報を農業環境資源インベントリーとして構築しつつある。ここに紹介した肥料などの依頼分析の成績や別途調査の結果を加えてまとめた「肥料の成分表」(林 義三編昭和28年12月)や動植物性肥料の鑑定についてまとめた「有機質肥料鑑定法」などの情報をインベントリーの引き出しの中に入れることにより、動植物質肥料の研究、動植物質廃棄物のリサイクル、オーガニック農業の実践などに利用できる貴重な情報源になることを期待している。

終わりに

ここに紹介した依頼分析の控えになっている帳簿は410余冊ある。この中の数値のほとんどが上記の「肥料成分表」の中に生かされているに違いない。これらの帳簿を繰りながら気づいたチェックのあとは、おそらくそのときつけられたものであろう。ではなぜ「肥料の成分表」がとりまとめられた昭和28年時点でこの成績帳簿が廃棄されなかったのであろうか。上述の「肥料の成分表」をまとめた林 義三氏は関東大震災の直後に依頼分析に携わったが、成績帳簿の作成者の一人であり、明治時代から成績帳簿を作り続けてきた偉大な先輩諸氏の顔もよく知る間柄であったであろう。大先輩が作り始め、自分も作り続けてできあがった410余冊の帳簿を「肥料の成分表」としてまとめたとはいえ、おそらく廃棄する気にはなれなかったのではあるまいか。それから、さらに50年がたったわけである。これをきっかけに廃棄してしまおうなどとはやはり思えない。万年筆や毛筆を使って書かれた数値や文字の中から、これらの業務にかかわった人たちの思いがせまってくる。今度は、しかるべき場所に保管しておくことになるだろう。

おもな参考文献

日本における肥料及び肥料智識の源流(1973): 川崎一郎、日本土壌協会

日本における明治以降の土壌肥料考(上)(1975): 黒川 計、全農

日本における明治以降の土壌肥料考(中)(1978): 黒川 計、全農

日本における明治以降の土壌肥料考(下)(1982): 黒川 計、全農

肥料史裏街道(1985): 鶴田万平、日本肥糧検定協会

農業技術研究所80年史(1974): 農業技術研究所

肥料の成分表(1953): 林 義三、肥糧研究会

有機物肥料鑑定法(1955): 大島秀彦、農業技術研究所資料B(土壌肥料)

 

農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(4): 65 農薬残留の緊急対策に関する調査研究

わが国のような温暖で雨の多い気候条件下では、作物に病害虫が発生することが多い。作物に病害虫が発生すると、農作物を安定して供給できないばかりでなく、農作物の味、色沢、形状など品質の確保にも問題が生じる。

そのため、このような病害虫の問題に対して、常になんらかの防除手段を講じる必要がある。そこで従来から安価で、安全で、さらに安定した効果のある防除法の研究が追求されてきた。ことに戦後、すぐれた防除効果をもつ有機合成系の農薬を中心とした防除技術が確立され、この技術が食糧難の解決に大いなる貢献を果たした。

しかし、これらの農薬のなかには作物に残留するものが少なからずあった。このような作物を長期間食べ続けると、人間の健康に悪影響を及ぼすおそれのあることが問題になり、国際的に安全性の面から農薬を再評価することが求められた。

わが国では、厚生省が市場に流通している食品を対象とする農薬の残留実態調査を昭和39年に開始し、食品中の農薬の残留基準を設定する作業を開始した。作物への農薬の残留に関する科学的データと組織的研究に欠けていた農水省は、その3年後の昭和42年度に、農薬残留研究の体制の整備を一部はかりながら、国公民間の共同研究により、作物に対する農薬の使用方法と残留量との関係を究明するための「農薬残留の緊急対策に関する調査研究」を開始した。

この調査研究は、すでに農林省に登録され、市販されている農薬の中から化合物成分別に代表的なものを選定し、作物に残留するこれらの成分の極微量分析方法を確立することを目的とした。さらに、これらの農薬の各作物に対する使用方法(使用時期、使用回数、施用方法など)と、作物内での残留ならびに消失の関係を解析し、農薬の安全使用基準を設定するための基礎データを緊急にととのえることにあった。

この研究成果の目次、研究年次・予算区分、主査、研究場所、研究方法、研究結果とその処理、今後の問題点は以下の通りである。

目次

研究の要約

農薬の使用方法と作物中の残留

1 金属系殺虫剤および殺菌剤

(1) ひ素剤の使用によるひ素および鉛の残留 (2) 有機ひ素剤の使用によるひ素の残留 (3) 銅剤 (4) 硫酸亜鉛剤の使用による亜鉛の残留 (5) ジネブ剤の使用による亜鉛の残留 (6) マンネブ剤の使用によるマンガンの残留

2 有機塩素系殺虫剤

(1) BHC剤 (2) DDT剤 (3) アルドリン剤の使用によるアルドリンおよびディルドリンの残留 (4) ディルドリン剤 (5) エンドリン剤 (6) ヘプタクロル剤の使用によるヘプタクロルおよびヘプタクロルエポキサイドの残留

3 有機りん系殺虫剤

(1) ダイアジノン剤 (2) ジメトエート剤 (3) EPN剤 (4) エチルチオメトン剤 (5) マラソン剤 (6) メカルバム剤 (7) MEP剤 (8) MPP剤 (9) PAP剤 (10)(11) パラチオン剤およびメチルパラチオン剤

4 カーバメート系殺虫剤

(1) BPMC剤 (2) CPMC剤 (3) MPMC剤 (4) NAC剤 (5) PHC剤

5 有機ふっ素系殺虫剤

(1) モノフルオル酢酸アミド剤

6 殺ダニ剤

(1) クロルベンジレート剤 (2) CPCBS・DCPM剤 (3) ケルセン剤

7 有機合成殺菌剤

(1) キャプタン剤 (2) CPA剤 (3) ジクロン剤 (4) ダイホルタン剤 (5)(6) EBP剤およびIBP剤 (7) EDDP剤 (8) PCBA剤 (9) PCNB剤 (10) PCP−Ba剤 (11) トリアジン剤

8 抗生物質剤

(1) ブラストサイジンS剤 (2) カスガマイシン剤

9 除草剤

(1) 2.4PA剤

索引 調査対象農薬・作物別記載頁一覧

研究年次・予算区分

昭和42〜45年度、農林水産技術会議事務局別枠研究

主査

昭和42年度    研究調査官 畑井直樹

昭和43、44年度 研究管理官 福田秀夫

昭和45年度    研究管理官 一戸貞光・伊藤隆二・吉村彰冶

研究場所

農業技術研究所、茶業試験場、北海道農業試験場、東京農工大学、日本分析化学研究所、日本植物防疫協会、日本食品分析センター、29道府県農業、園芸および茶業関係試験場

研究方法

調査の対象とする農薬としては、化合物の系統を代表するもの、各種作物に広く使用されるもの、使用範囲の限られた作物でも多数回使用されるものを選び、作物としては、消費者に多く、また、生鮮状態で摂取される主要作物を選定した。農薬の使用方法は、当該作物における病害や害虫の通常発生や異常発生など、病害虫の発生変動に応じた過去の実態にてらして定めた。そして栽培経歴、その他の病害虫防除のために使用された他の農薬の使用の有無、作物栽培期間、農薬散布後の気象状況などを明らかにした作物を、その作物の主産地県の試験研究機関において調製し、この試料を分析することとした。

分析試料は、主として調査対象農薬の使用時期、使用回数、対象作物に対する最終使用から試料採取までの経過日数の異なるものとした。また、野菜は露地、施設、被覆栽培、果樹は有袋、無袋栽培などを考慮し、農薬は粉剤、乳剤、水和剤などの剤型、地上散布、土壌施用方法などの施用方法を考慮して試料を調製した。

農薬の種類によっては、作物の表面に付着するもの、作物の体内に浸透するものなどがある。これら化合物の性質は、農薬の具体的な除去方法を考えるうえからも明らかにする必要があるので、農薬の作物体における分布を試料についてできるだけ明らかにし、このほかに可能な限り、中性洗剤洗浄による農薬の除去効果試験、緑茶については熱湯による農薬残留成分の抽出試験を実施することとした。

研究結果とその処理

調査研究の対象農薬は47種類で、殺虫剤が28種、殺菌剤が18種、除草剤が1種類である。これらの農薬を使用して21種の作物について分析試料を調製した。

本調査研究によって、4年間にのべ160の農薬・作物の組合せについて、残留農薬の抽出定量法および各農薬の使用方法に応じた農薬の残留のデータが得られた。これらの成果は、試験を実施した年度ごとに、農林水産技術会議事務局から当時の農政局に通報され、農薬安全使用基準の設定の基礎資料として活用された。

 

農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(5): 71 水質汚濁が農林作物被害に及ぼす影響の解析に関する研究

戦後の鉱工業の進展にともなって、重金属類による水質の汚濁に加えて、窒素化合物を主体とした有機物による水質の汚濁が急激に進行した。これらは単に農林水産業分野における被害問題にとどまらず、広く環境問題として注目されるに至った。とくに工場廃水、都市下水、畜舎排水などに由来する河川や湖沼の水質汚濁は年々激化し、これが農作物に与える影響はますます深刻な問題となりつつあった。

環境汚染が、重金属のような点的な汚染問題から、窒素などが河川・湖沼に影響を及ぼす面的な汚染問題に広がる時期でもあった。このような事態に対処するためには、生産を改善する従来の試験研究手法では対応できず、新しい構想で環境問題に対応する研究が必要となった。このため、緊急な調査研究が実施された。

この調査研究は、まず汚濁水田の実態、とくに土壌中の窒素の様相、および汚染源としての水質の実態を把握し、これらのデータをもとに過剰窒素が水稲の生育・登熟などに及ぼす影響を解明し、同時に二三の被害軽減対策試験を実施して、問題を解決せんとしたものである。

この研究成果の目次、研究年次・予算区分、主任研究者、研究場所、研究方法、研究方法、研究分担、研究結果の概要は次の通りである。

目次

研究の要約

第1章 汚濁水田の実態とその解析

1 汚濁水田の実態

2 かんがい水中の窒素成分の動態

(1) 窒素質汚濁地帯の水質調査 (2) 流水中における窒素成分の変化 (3) 汚濁水田における窒素成分の動態

第2章 過剰窒素が水稲生育に及ぼす影響の解析

1 水稲生育時期と過剰窒素との関係

(1) 生育相に及ぼす過剰窒素の影響 (2) 生育相ならびに登熟に及ぼす過剰窒素の影響 (3) 水稲群落内光分布ならびに生育収量に及ぼす過剰窒素の影響 (4) かんがい水中の窒素濃度と流入時期が水稲生育に及ぼす影響 (5) 水稲に対する無機窒素汚濁水のかんがい試験

2 窒素化合物の形態と水稲生育

第3章 過剰窒素が水稲生育に及ぼす影響の品種間差異ならびに米質に及ぼす影響

1 過剰窒素が水稲生育に及ぼす影響の品種間差異

(1) 生育相および登熟に及ぼす過剰窒素の影響に関する品種間差異 (2) 過剰窒素に対する水稲品種間差異

2 過剰窒素が米質に及ぼす影響

(1) 出穂期における過剰窒素のゆくえに関する試験 (2) 米粒のアミノ酸組成に及ぼす過剰窒素の影響 (3) 米粒でんぷんの理化学性に及ぼす過剰窒素の影響

第4章 窒素汚濁水による水稲被害の軽減対策

1 窒素汚濁水田における被害軽減対策試験

(1) 化学的酸化剤による土壌の還元防止と水稲生育に及ぼす効果 (2) 現地対策試験

2 過酸化石灰について

(資料)窒素汚濁水が農作物に与える影響に関する既往の調査研究のとりまとめ

研究年次・予算区分

昭和43年〜昭和46年 農林水産技術会議事務局特別研究費

主任研究者

研究主査

研究調査官 松実成忠(昭和43年4月〜44年8月)

農業技術研究所長 馬場 赳(昭和44年8月〜46年3月)

研究副主査

農業技術研究所化学部長 石沢修一

とりまとめ責任者

農業技術研究所化学部作物栄養科第2研究室長 吉野 実

研究場所

農業技術研究所、農事試験場、東海近畿農業試験場

研究方法

本研究は「農林水産生物の生育環境保全に関する研究」の一環としての「水質汚濁が農作物被害に与える影響の解析に関する研究」として実施したものであり、昭和43〜46年の4か年計画として着手した。当初は重金属類による水質汚濁に関する研究も本研究に含まれて開始されたが、その後、昭和46年度より、重金属類による水質汚濁に関する研究は本研究から分離して「農用地土壌の特定有害物質による汚染の解析に関する研究」(昭和46〜48年)として新しく発足することになった。

研究計画

上述のように本研究は新しい問題の解明を目的としているので、当然汚濁水田の実態と汚濁水質の把握が基礎となる。ついで過剰窒素の影響の解明が必要であるが、要因がきわめて複雑であるので、水稲生育時期との関係など当面の問題にしぼって検討するよう計画した。なお、窒素の過剰は生育を旺盛にし、群落の日射に対する条件を極端に変えると考えられるのでその点も併せ検討した。また、抜本的な対策とはならないが、新資材の利用による簡単な被害軽減法の検討も計画した。

(1)汚濁水田の実態調査ならびにその解析

上記の諸研究の実施にあたっては、まず、窒素汚濁水田の実態を詳細に把握することが肝要である。そこで、埼玉県与野市、鴻巣市、愛知県豊田市、津島市、奈良県奈良市、桜井市を選び、被害の実態を調査する。また、汚濁水田地域の拡大状況、水質の時期別の変化とその影響などを明らかにするために、かんがい水中の窒素成分の動態を究明する。

(2)過剰窒素が水稲生育に及ぼす影響の解析

水稲生育と窒素栄養との関係については古くから広範な研究が行われている。しかし、過剰窒素栄養を明確に意図した研究はみられない。本研究は水稲の生育時期と過剰窒素との関係を解明するため、窒素汚濁水を用いて水稲の生育相ならびに登熟に及ぼす影響を、群落内光分布条件、体内有機無機諸成分の動態を通じて解析する。他面、かんがい水中の窒素濃度と流入時期の問題について影響を明らかにする。

(3)過剰窒素が水稲生育に及ぼす品種間差異ならびに米質に及ぼす影響

過剰窒素が水稲の生育ならびに登熟に及ぼす影響の品種間差異を明らかにするとともに、米質とくに米粒のアミノ酸組成、でんぷんの理化学性に及ぼす影響を明らかにする。

(4)窒素汚濁水による水稲被害の軽減対策

現在、耐倒伏性・耐病性品種の導入、節水栽培の実施、施肥量の減少などによって過剰窒素被害に対応しているが、積極的な対策の確立が強く要請されている。そこで、本研究では、過酸化石灰、硝酸加里などの酸素供給資材の施用による積極的な対策の確立を検討する。

(5)既往の調査研究の収集

窒素化合物を主体とした有機物による水質汚濁は、わが国特有の現象で、とくに戦後における著しい都市化と急速に発展しつつある鉱工業に起因することがきわめて大きい。したがって、既往の調査研究の収集は、わが国における戦後の調査研究を主体に収集する。このとりまとめは、今後、この分野の研究の推進に大いに寄与するものと考えられる。

研究分担

昭和43年の研究開始時における研究担当場所は農業技術研究所(化学部作物栄養科第2研究室)、東海近畿農業試験場(環境部土壌肥料研究室)の2場所であったが、昭和45年度より農事試験場(環境部水質研究室)が加わった。上記各場所の研究分担は次のとおりである。

(1) 汚濁水質の実態調査ならびにその解析を農技研、東近農試において、(2) 過剰窒素が水稲生育に及ぼす影響の解析を農技研、農事試、東近農試において、(3) 過剰窒素が水稲生育に及ぼす品種間差異ならびに米質に及ぼす影響の解析を農技研、農事試において、(4) 窒素汚濁水による水稲被害の軽減対策試験を農技研、東近農試において実施し、(5) 既往の調査研究の収集を農技研、東近農試においてとりまとめる。

研究結果の概要

以上の研究計画に基づき実施された研究結果の概要は次のとおりである。

都市汚水など窒素汚濁水による水稲被害は激甚であり、水稲はもみ、わら比が低くかつ倒伏しやすい形態をもつなど一定の傾向の影響を受けることが明らかにされた。また、窒素の過剰は単にかんがい水中の窒素が吸収されるのみでなく、前年までに土壌中に蓄積された窒素の無機化による負荷も大きいことがみられた。さらに、過剰窒素の水稲体内における動態が、生育時期、光条件等の気象要因によりかなり影響されることが認められた。

とくに、登熟期における過剰窒素の影響を15Nトレーサー実験と米粒のアミノ酸分析により追跡し、生育後期の過剰窒素は米質に悪影響を及ぼすことを認めた。

なお、本問題に関する抜本的対策は汚濁源を排除することではあるが、現実の汚染田を対象として、硝酸加里や過酸化石灰などの化学的酸化剤による土壌の還元防止が、水稲生育に好結果をもたらす可能性が認められた。

 

農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(6): 73 家畜ふん尿の処理・利用に関する研究

1960年代から、日本の畜産経営は急速に規模を拡大していった。これに伴って多頭羽飼養農家が増加し、それまでの経営のなかで、肥料として処理利用されていた排泄ふん尿量と耕地拡大の均衡が失われた。その結果、やむを得ずふん尿を放置あるいは廃棄する事例が増加した。

配合飼料の普及に伴って、経営内で飼料を生産する必要性が低くなった養鶏および養豚においては、そのふん尿を肥料として利用する耕地が少なくなった。とくに養豚においては、ふん尿および洗浄汚水が河川や湖沼などの水質を汚濁する結果となり、重要な社会問題となってきた。

これらのふん尿処理対策の原則は、肥料として土壌に還元利用することにある。とはいえ、すでに発生している問題の解決手段として、ふん尿を浄化処理して放流するための技術が早急に必要とされた。しかし、これまでの研究には、これに対応できるだけの蓄積が乏しく、また技術対策も皆無に等しかった。

このために生まれた研究が、この「家畜ふん尿の処理・利用技術に関する研究」である。おもな目次、研究年度・研究種別、主任研究者名、研究場所、研究計画および研究結果の概要を列記する。

目次

第1編 飼料の品質と養分の排泄

第1章 ふんと尿の排泄量

第2章 飼料養分の排泄量

第2編 畜舎内におけるふん尿分離

第1章 豚舎形式とふん尿分離

第2章 ふん尿分離のための床構造

第3編 畜舎汚水の固液分離

第1章 水洗ふん尿汚水

第2章 固液分離装置の附帯設備

第4編 汚水浄化

第1章 通気式活性汚泥法

第2章 機械曝気式活性汚泥法

第3章 回分方式活性汚泥法

第4章 散水瀘床法による豚舎汚水処理

第5章 土壌利用による豚ふん尿汚水の浄化

第6章 薬剤処理法

第7章 電解処理法

第5編 余剰汚泥処理・利用

第1章 無機薬物添加による凝集と濾過

第2章 真空濾過法による汚泥処理

第3章 濾布走行型脱水機における余剰汚泥/生汚泥混合の脱水について

第4章 飼料への利用

第5章 肥料への利用

第6編 ふんの乾燥と焼却

第1章 乾燥

第2章 焼却

第3章 分離固形物の炭素化

第7編 土壌利用による家畜ふん尿処理の衛生学的検討

第1章 細菌に対する検討

第2章 寄生虫に対する検討

第8編 処理施設の経営経済的考察

第1章 処理施設の経営的意義

第2章 500頭以上の施設処理における運営費と生産コスト

第3章 処理施設と投資限界

研究年度・研究種別

昭和43〜46年度 特別研究費、総合助成、経常研究費

主任研究者名

主査  渋谷佑彦(研究管理官)昭和43〜44年、亀岡暄一(研究管理官)昭和45〜46年

副主査 野先 博(畜試加工部長)昭和43〜44年、浜田 寛(畜試加工部長) 昭和45〜46年

研究場所

農業技術研究所、畜産試験場、草地試験場、神奈川県衛生研究所、大坂市立衛生研究所、茨城県畜産試験場、茨城県公害技術センター、千葉県養豚試験場、大坂府農林技術センター畜産部、埼玉県畜産試験場、富山県畜産試験場、兵庫県畜産試験場、東京農工大学農学部、大坂府立大学農学部、東京農業大学、農業機械化研究所

研究計画

(1)固液分離に関する開発研究

1) 畜舎内におけるふん尿分離方策とふん尿の蒐集、脱水方法 2) 前汚泥の固液分離方法 3) 余剰汚泥の固液分離

(2) 家畜の排泄物に及ぼす飼料の影響

1) ふん尿処理からみた好ましい家畜の飼料組成と管理

(3) 土壌による家畜ふん尿の浄化に関する開発研究(土壌による汚水の浄化機構の検討)

1) 土壌による家畜ふん尿の浄化方法の策定

(4) 浄化能向上に関する研究(活性汚泥法および、その変法)

1) 活性汚泥法とその変法による家畜ふん尿浄化能向上方策の策定

(5) 家畜ふん尿およびその処理残査の利用拡大

1) ふん尿のきゅう肥化 2) 家畜生ふん尿の利用法 3) 分離固形物および余剰汚泥の利用 4) 土壌によるふん尿の浄化パイロットプラントの施工と試験運転

(6) 実証的調査研究(家畜ふん尿処理施設の機能調査と設計基準の確定)

研究のフローシートは次のとおりである。

研究のフローシート

研究結果の概要

1 飼料の品質と養分の排泄

飼料の栄養価を高めて給与量を少なくすることは、ふん量の低減を図るのに有効で、給与した飼料の量とふんの乾物量との間には高い相関(r=0.97)が見られた。すなわち、ふん量は飼料の量をかえることによって適当に調整できるものと考えられた。いっぽう、尿量は給水量との関連が強く、飼料の量や栄養価による影響はみられなかった。

次に、豚のエネルギーの排泄率は飼料の量または栄養価にともなって変動することが明らかであり、窒素の排泄率についても同様な傾向が認められた。また、エネルギーの排泄率は窒素にくらべてきわめて低いことがわかった。

2 固液分離

(1) 豚舎型式とふん尿分離

わが国に普及している各型式の豚舎については、いずれの型式の肥育豚舎でも、また、繁殖豚舎でもふんと尿を分離することの可能性が認められた。

(2) ふん尿分離のための床構造

縦横共に2.5 mmの網目で、47%の開孔率のポリエチレン製の網に、豚ぷんを落下させ、75cm以下の間隔であれば、通過ふんはきわめて少なく効果的であった。豚毛、フケ、飼料の落下が多く、ふんに換算して20%を占め、これらの除去方法について検討することが必要であろう。

3 畜舎汚水の固液分離

(1) 水洗ふん尿汚水

振動篩機(平型・角型)の処理性能は、流入汚水濃度、篩の目開き、篩の目の段数、振動方法などにより大きく影響される。とくに汚水が高濃度であるほど、また篩目開きが微細なほど固形物の回収率が高いが、その反面、篩の目詰まりや処理能力が低下する。これを考慮した実用装置では篩目開き 0.3〜0.5 mmの範囲がよく、篩段数は1段より2段が目詰まりが少なく長期使用にたえる。処理能力、SS除去率(最高)、BOD除去率(最高)は、それぞれ、8〜16m/時間、40〜60%、21〜39%の範囲が現状における処理性能である。

遠心分離機による直接処理では、実用装置で処理能力は3〜7m/時間で、処理効率は、豚ふん尿活水(6,000 ppm前後)でSS,BOD除去率はそれぞれ、56〜60%、16〜30%の範囲にあるようである。その脱水物の水分は平均値で75%である。

篩別後の沈殿生汚泥を遠心分離機で脱水分離する処理能力は、高濃度生汚泥(SS1.5〜3.0%)で4〜6m/時間で、処理効率はSS、BOD除去率の平均値で、それぞれ67%、41%であり、その脱水固形水分は77%であった。

豚ふん尿汚水(SS700g/頭・日)の場合、前処理で除かれるSS量は、振動篩機で310g、遠心分離機で230gである。この両装置を併用すれば固形物の78%が前処理で排除され、SS除去目標値80%にほぼ達するが、篩別除去装置のみでは約44%である。

余剰汚泥・生汚泥の脱水減量化のため、凝集剤と瀘布走型脱水装置を用いた基礎試験を実施した成果では、余剰汚泥・生汚泥の単独脱水よりも混合汚泥の脱水処理が効率的であることがわかった。

脱水乾燥物から活性炭を製造するための基礎試験の結果、篩渣が市販のヤシ殻よりも著しい吸着能を有しており、公害防止資材製造の原料として最適であることが分かった。

4 汚水浄化

好気性処理については主として活性汚泥法に関する研究が行なわれた。活性汚泥法は、1)通気方式、2)機械曝気方式、3)回分式などに分類される。このほか散水濾床法、酸化池化法、高率酸化池法などがある。

これらの処理方式は好気性微生物の働きによって、水質汚濁防止法に規定されている基準に見合う水質を得るための処理方式であるが、運転条件が満たされていなければ処理効果を挙げることはできない。一般的には、活性汚泥法、散水濾床法では流入汚水のBOD1,000 mg /l前後、SS2,000 mg /l前後とし、BOD容積負荷 1 kg /m・日とすれば、BOD除去率85〜95%、SS除去率90〜95%を期待することも可能であり、基準以下の水質を維持することができる。

5 土壌利用による豚ふん尿汚水の浄化

畜舎汚水の低コスト、簡易技術による浄化処理への要望はきわめて強い。土壌浸透蒸散法もこれに応える一方式ではあるが、地下水汚染および土壌の目づまり発生の可能性があること、ならびに、相当面積の土地が必要であることなどの欠点がある。

土壌の浄化機能は大きいので、これを上記の欠点を生じないような方式で利用することは畜舎汚水の浄化処理に新しい技術を産み出す可能性が考えられた。

(1) 土壌の浄化機能の基礎的解明

土壌は好気的条件で、適温、適湿におけば、かなりの高負荷の連続添加においても、ふん尿有機物をかなり早い速度でCO 、NH-N,NO-N などにまで分解し得ることを明らかにした。

(2) 土壌の目づまり防止

土壌還元を行なっても作物などに問題を生じ難い、塩化マグネシウムと消石灰によって汚水固形物を完全に凝集沈殿させる方法を明らかにした。しかし、この上澄液でも、連続して多量の土壌浸透を行なえば、土壌の目づまりは発生した。このときの目づまりは、増殖した菌体に由来するものであり、土壌による汚水浄化と不可分のものである。したがって、土壌の目づまりの防止は、目づまり土壌の簡便なる交換ないし改良のできる構造が必要である。このため、下記の薄層土壌または土壌附着プラスチック粒の利用を考案した。

(3) ふん尿有機物の分解促進と地下水汚染の防止

土壌中での有機物の分解促進には、その好気的条件の維持が必須である。このためには、土壌を土地と一体のものとして利用するのではなく、土壌を土地より切り離した土壌物質として利用すべきことを主張した。このことは、浸透水のチェックができるので、地下水汚染防止にも通じる。

このために、積層式薄層土壌利用の方式を考案し、性能を実証した。さらに、これを実用化するため、土壌附着プラスチック粒とこれに汚水を作用させる浄化槽として、サイフォン利用を工夫し、還元層の併用により、汚水の好気的分解と嫌気的分解を行う装置を開発した。

この装置の機能については、なお検討すべき点も多いが、従来の汚水処理に比べて、かなりの高負荷に耐えて、BODを高能率的に除去できるほか、NとPの除去効果が高いこと、管理運転技術が容易なことなどの特徴がある。

(4) 余剰汚泥など畜舎排水の浄化処理過程に生ずる固形物の肥料的特性を明らかにするため、土壌中での消長を検討した。

6 余剰汚泥の処理・利用

余剰汚泥の大腸菌群数は石灰添加により陰性となり、石灰とMgCl2,の併用が最も効果的であった。いっぽう、利用面として、余剰汚泥の乾物量はきわめて少なく( 1〜2 % )、飼料として利用するためには、さらに濃縮、乾燥する必要がある。乾物中の主要な飼料成分である蛋白質は、その含量も多く、アミノ酸組成も良好であるが、ラットによる消化試験によれば、蛋白質の消化は著しく悪く(21〜37%)、その他の成分もほとんど消化されない。また、蛋白質の一部または全部を汚泥蛋白質でおきかえた成長試験の結果から、蛋白質の栄養価はきわめて低く、汚泥を配合した飼料の嗜好(しこう)性も劣り、単胃動物に対する汚泥の飼料価値は著しく低いことがわかった。

7 ふんの乾燥と焼却

乾燥処理の難点は、その水分含量と、処理時に発生する悪臭と経済性にある。乾燥・焼却時の排ガスの脱臭対策は、土壌脱臭法あるいは再燃焼法などが実用化されている。また、安価な処理法としては発酵法、ビニールハウス利用などが挙げられるが、悪臭の除去が完全にできない面もある。さらに、ふんの水分の過多は乾燥・焼却を経済的に処理するためには、大きな障害になっている。そのために、軟便防止、ケージ下における乾燥促進法などの研究も行なわれている。

8 土壌利用による家畜ふん尿処理の衛生学的検討

寄生虫卵は、おそらく濾過材としての土壌により物理的に除去されるものと考えられるが、施設付近の表土5cmに虫卵が多く検出されたことは、散乱の危険が予想され、しかも虫卵は、概して土壌中で、とくに 5〜10 月中には比較的長く生存することを考えるときは、その汚染機序について、さらに検討する必要がある。ただし毛管浄化法処理施設模型では貯留槽中に多くの生存虫卵が沈殿して、流水中や濾過土壌層中に検出さないことは、少なくとも虫卵は土壌により通過が阻止されるものと考えられる。仔虫が 15cm の土壌水層を有する濾過管だけでなく、 30cm の濾過管からの濾過水からも検出されたことは、外界で孵化(ふか)する虫卵に関しては、きわめて危険性があることを示唆している。しかし、その危険性は地下水汚染というよりは、土壌汚染である。

9 処理施設の経営経済的考察

ふん尿処理施設は生産量増加を伴わない近代化投資である。一頭当たり投資額は多く、年間の維持管理費も、投資額の 15〜20%と大きい。しかも、ほとんどが固定費である。したがって、回転率の高い大型肥育経営では、高級処理施設によるふん尿処理費の負担にもたえうるが、中型経営にとって処理費の負担は経営を圧迫する要因になろう。環境保全の上から高級処理施設によるふん尿処理を必要とする場合、何らかの助成措置を講ずることが望ましい。

 

本の紹介 155:誇り高い技術者になろう−工学倫理ノススメ、黒田光太郎・戸田山和久・伊勢田哲治編、名古屋大学出版会(2004) ISBN 4-8158-0485-0

「はじめに」が秀逸である。編者は、スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」を題材に、人類が技術を生み出した歴史、技術の進歩、そして技術の進歩には暗黒面がついて回ることを解き明かす。すなわち、映画の冒頭における類人猿が骨をこん棒のような道具として使い始めた瞬間は「道具」すなわち「技術の始まり」であること、そして、その技術は敵の類人猿を殺すための「人殺しの武器」であったこと、空中へ投げられたこん棒が人工衛星へと移り変わる有名な場面は、人工衛星のような最新の技術も、もとはと言えば、こん棒のような「人殺しの道具」から進化したのではないか、等々。

「環境」に関わる者は、現代の科学技術が、それによって恩恵を受ける人々だけでなく、無関係な多数の人々も巻き込む性質を持っていることを、知っている。それでは、科学技術に関わる者は、その技術やそれに伴って起こる事態にどのような心構えを持って対処し、責任を持つ必要があるのだろうか。本書は、工学系の学生・技術者を対象にした「工学倫理」のテキストであるが、工学の枠のとどまらず、広く科学技術に関わる者にきわめて有益である。

本書では、「誇り」という最近あまり使われなくなった言葉をキーワードに、技術者の社会的責任が論じられる。著者らは、「誇り」とは特別な高邁なものではない、と言う。「みんながやっているから」「誰それにやれと言われたから」と自分の行動を外に求めるのではなく、自分の社会的責任を自覚し、自分は他の人々に求められない責任を果したのだという喜びを自分の報酬とするような人が、「誇り高い技術者」である、と言う。

第1部では、民間会社において開発に携わる若い技術者へのインタビューをもとに、「誇り高い技術者」とはいったいどのような人なのか、それは決して特別なことでないことが論じられる。さらに、第1部の後半と第2部では、豊富な事例をもとに「技術とは何か」、「技術者としての責任」「社会への責任」などが論じられる。目次と事例の一覧は以下の通り。

目次

はじめに

第 I 部 技術者になるとはどういうことか

1 誇り高い技術者とは −具体例から学ぶ

1−1 社会の多様なニーズに配慮する企業と技術者 −INAXのとりくみ

1−2 環境への配慮を開発に活かした技術者 −デンソーのとりくみ

2 技術とは何か,技術者とはどういう人なのか

2−1 社会の中の技術

2−2 技術者とは何をする人か

2−3 プロフェッションとしての技術業

第 II 部 技術者としての社会への責任

3 技術者は何に配慮するべきか −小さな視点から大きな視点まで

3−1 身近な人たち

3−2 少し見えにくい人たち

3−3 かなり見えにくい人たち

4 技術者はどう行動するべきか −社会の要求を解決するためのガイドライン

4−1 一般的な指針を個別の問題に加工する

4−2 設計の場面でどう行動するべきか −ユニバーサルデザインを中心に

4−3 人間関係と組織のなかでどう行動するべきか −内部告発についての考え方を中心に

4−4 社会全体に対してどう行動するべきか −社会への説明責任を中心に

5 技術者の責任ある行動を社会はどうサポートするべきか

5−1 技術者の権利と責任に関する法律

5−2 企業の倫理と技術者の倫理

5−3 倫理綱領は何のために定められているのか

おわりに

索引

事例一覧

事例1: ブラウンと新素材自転車の開発

事例2: ルメジャーとシティコープタワーの危機

事例3: ウェーラン・アソシエイツ社 対 ジャスロー・デンタル社事件

事例4: フォード・ピントのリコール

事例5: スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故

事例6: 水俣病事件

事例7: ARE社公害輸出事件

事例8: インドネシア味の素事件

事例9: ボパールの化学プラント毒ガス事故

事例10: 作業時間の短縮

事例11: 原発点検記録改竄隠蔽事件

事例12: 三菱自動車リコール隠し事件

事例13: 雪印乳業集団食中毒事件

事例14: もんじゅナトリウム漏洩事故

事例15: 職務発明の対価請求事例

事例16: ギルベイン・ゴールド

事例17: バート(BART)に関わる訴訟事件

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