浮イネの洪水に負けない仕組みを解明!
― 優良品種作出に道筋 ―
2009年9月28日
東南アジア、西アフリカ、南米アマゾン川流域では、毎年雨季に河川の下流域で大規模で長期におよぶ大洪水がおきます。また、近年、世界規模で乾燥・砂漠化が進む一方で大雨による洪水がおきるなど、異常気象が報告されており、最近では、日本においても洪水が多発し、大きな被害をもたらしています。
洪水は、簡単に移動のできない植物にとって、非常に厳しい環境ですが、東南アジア、西アフリカ、南米アマゾン川流域などの大洪水発生地域には、この洪水を克服した浮イネと呼ばれるイネがあります。通常のイネ(1m程度)は、水没すると呼吸が出来ず、溺れて枯れてしまいます。一方、浮イネは普通のイネの栽培条件である浅水の環境では通常のイネと変わらず1m程度の草丈ですが、洪水など急激に水かさが増えると、すぐに草丈を伸ばして、葉を水面に出すことで水没せず、呼吸を確保して生きのびることができます。
イネが水没すると“エチレン”という気体の植物ホルモンが発生し、茎にたまります。水中ではエチレンの拡散は空気中に比べて一万分の一と小さく、イネの中でエチレンガスが物理的に閉じ込められるためです。浮イネは、ほとんどの栽培イネが失ってしまったスノーケル1(SNORKEL1 )とスノーケル2(SNORKEL2 )というエチレンに反応する遺伝子を染色体の中に保存しています。イネの体内にエチレンがたまるとこの2つの遺伝子が働いてイネの伸長のスイッチが入り、茎(節と節の間)が伸び始めます。
東南アジアのデルタ地帯では、毎年、雨季に洪水が発生し水位が数メートルあがります。この地域の人々は、この時期には浮イネを栽培します。洪水下でも唯一収穫できる穀物だからです。しかし、浮イネは収穫量が非常に少ないことが知られています。現在でも、洪水に対応したイネの品種改良が進んでおらず、収穫の多い浮イネ品種が望まれています。これまでに、我々はイネの染色体のうち3カ所の部分が、浮イネの茎を伸ばす性質をコントロールしていることを明らかにし、この3つの染色体部分を交配によって日本の栽培イネに導入しました。すると日本の通常の栽培イネが深水で伸長を始めたのです。この結果から、通常のイネにこの3カ所の染色体部分を持たせることにより、浮イネとして改良することができるといえます。我々はこれまでに収穫量を増やす遺伝子も突き止めており、浮イネの遺伝子と収穫量の遺伝子を組み合わせることで、より良い浮イネ品種の育成ができると信じています。現在、実際に東南アジアの洪水地帯に対応したイネ品種の育成を行っています。

芦苅 基行 (あしかり もとゆき)
九州大学大学院農学研究科博士課程修了(博士学位取得)。農業生物資源研究所(博士研究員)、名古屋大学・生物分子応答研究センター助手、同・生物機能開発利用研究センター助教授を経て、2007年より、名古屋大学・生物機能開発利用研究センター教授