出穂性を改変した「コシヒカリ」型水稲新品種「コシヒカリ関東HD1号」、「関東HD2号」の育成
2009年10月20日
現在、「コシヒカリ」は多くの府県で様々な作型で栽培されています。しかし、収穫に適した時期の幅は狭く作業が競合してしまうため、「コシヒカリ」単作で規模を拡大するのは困難です。「コシヒカリ」と同等の食味、品質を持ち、成熟期が異なる品種が育成できれば、収穫に適した時期が長くなり、規模の拡大が期待できます。そこで、農研機構作物研究所と農業生物資源研究所では、DNAマーカー選抜技術を使って、「コシヒカリ」をもとに、インドの品種「カサラス」(Kasalath)で見つけられた出穂期(穂が出る時期)を変える働きのある複数の遺伝子座を一つずつ持たせた品種群を作り、「コシヒカリ」と遺伝的にほぼ同じで、出穂期の異なる新品種として活用しようと考えました。そのうち「コシヒカリ」よりも12日早く出穂する極早生型の「コシヒカリ関東HD1号」が2009年7月31日に品種登録されました。また「コシヒカリ」より10日遅く出穂する中生型の「関東HD2号」は現在品種登録出願公表中です。
「コシヒカリ関東HD1号」は、インドの品種「カサラス」と「コシヒカリ」を交配親に用い、「コシヒカリ」の戻し交配とDNAマーカー選抜を繰り返し行って育成しました。「コシヒカリ関東HD1号」は、「カサラス」由来の出穂を早くする遺伝子Hd1 を含むわずかなゲノム領域を持ち、それ以外の99.9%は「コシヒカリ」型のゲノムを持つ品種です。作物研究所(茨城県)での出穂期は、「コシヒカリ」より12日早く、宮崎県では2日早い極早生品種です。その他の農業形質は栽培地によりやや異なりますが、宮崎県では耐冷性がやや劣る以外「コシヒカリ」とほぼ同じ特性を示すことから、温暖な地域の早期栽培での利用が期待できます。
「関東HD2号」も同じ方法で育成しました。「カサラス」由来の出穂を遅くする遺伝子Hd5 を含むわずかなゲノム領域を持ち、それ以外の99.8%は「コシヒカリ」型のゲノムを持つ品種です。作物研究所での出穂期は「コシヒカリ」より10日、成熟期は14日遅く、中生品種の「日本晴」と同じくらいの熟期(収穫期)です。その他の主要な農業形質については、「コシヒカリ」とほぼ同じで、中生品種として広く利用が期待できます。また、「コシヒカリ」より出穂期が遅いため、「コシヒカリ」よりも登熟期間の高温を避けることができる可能性が高まります。
「コシヒカリ関東HD1号」の適応地帯は、温暖地・暖地の早期栽培地帯、「関東HD2号」は温暖地の平坦部および暖地の全域です。
ご紹介した2品種は、農研機構作物研究所と農業生物資源研究所の共同育成により開発されました。
【用語解説】
作型
季節や地域に応じて作物を経済生産をするための、品種や栽培方法を選択する技術の組み合わせ。
DNAマーカー選抜
栽培して観察される特性ではなく、品種ごとに異なるDNAマーカーを目印として目的とする遺伝子を持った株を選択する品種改良方法。小さい苗の段階で選抜できるので、品種改良に要する期間やスペースを少なくできるメリットがある。
戻し交配
2種類の交配親のうち、片方を繰り返し交配すること。世代ごとに遺伝子の構成が繰り返し交配する親に近づく。
同質遺伝子系統
ある特定の遺伝子以外は元の品種と同じ遺伝子構成を持つ品種群。
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代表育成者
竹内 善信 (たけうち よしのぶ)
兵庫県出身。岩手大学大学院連合農学研究科 博士課程修了。1997年よりSTAFF研究所研究員。2003年より農研機構作物研究所任期付き研究員。2006年より同主任研究員。専門は植物育種学。DNAマーカーを利用した重要形質の遺伝解析と実用品種の育成を行っている。