高温による不稔を植物ホルモン・オーキシン処理で回復
−地球温暖化に新しい光明を見出す−
2010年6月10日
植物が花を咲かせ実をつける生殖段階では、温度が低くなっても、高くなっても障害が出ます。イネであれば、低温のため、花粉ができなくなる障害型冷害が有名であります。近年の地球温暖化により、世界の穀物は毎年約4,000万トンもの被害を受けているというデータもあります。高温にさらされた時、多くの作物では雌しべよりも雄しべの方が機能が失われやすく、これを「高温不稔」と呼んでいます。これまで様々な研究が行われてきましたが、どのような原因でこの現象が現れるのか、また、簡単な処理でその現象を回復できるのかという点についての報告はありませんでした。
東谷を中心とする東北大チームが、10年来の研究でオオムギを高温にさらすことにより、葯(雄しべの花粉のできる部分)の中に花粉ができなくなる実験システムを立ち上げていました。これに渡辺も共同研究で加わり、高温時と常温時(普通の温度)の遺伝子発現について網羅的な解析を行い、その解析結果から、花粉が作られるときには植物ホルモン・オーキシンが関与しているのではないかという仮説を立てました。そこで、高温処理をしたオオムギの葯と常温区のオオムギの葯をオーキシンの量を判断できる抗オーキシン抗体で染色したところ、高温により葯のオーキシンの量が大きく減少することを突き止めました(図1)。また、遺伝子発現の詳細な解析により、葯ではオーキシンを合成する酵素の遺伝子YUCCAの発現が高温により抑えられていることを明らかにしました。
この様な結果から、外部からオーキシンを処理すれば、花粉の稔性が回復するのではないかと考え、オーキシンを散布したところ、常温区のオオムギの葯と同様に稔性のある花粉が形成され、種子が常温区と同じレベルで稔りました(図2)。天然オーキシン、人工オーキシンでも、それぞれ処理した濃度に応じて回復が見られました。さらに、この稔性が回復する現象は、オオムギだけに見られるわけではなく、モデル植物・シロイヌナズナでも再現できますので、広く植物、農作物に対して応用可能な技術であろうと思っています。この稔性回復手法は、遺伝子組換え技術を使うことなく植物ホルモン・オーキシンを散布するという安価でかつ簡単な方法であり、早い段階での実用化ができると考えています。まさに、「瓢箪から駒」というか、「コロンブスの卵」のような発見ですが、将来の地球温暖化に大きく貢献できるものと思っております。今後は、東北地方が抱える長年の問題である障害型冷害との関連についても明らかにしたいと考えております。

渡辺 正夫 (わたなべ まさお)
1965年生。愛媛県出身。東北大学大学院農学研究科博士課程中退。東北大学農学部助手、岩手大学農学部助教授を経て、2005年4月より東北大学大学院生命科学研究科教授。現在は、イネ、アブラナの生殖形質(受粉から受精)を決める遺伝子を研究している。