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ここに注目

コムギの製粉性、改良の歴史から学べること

2015年2月27日

コムギの製粉性
コムギは、その多くが小麦粉として消費されます。そのため、一定量のコムギの粒から得られる粉の量を表す「製粉性」は、実質的な収量を決める重要な要因といえます。同じコムギでも品種によって製粉性の良し悪しに差があるため、品種改良では製粉性の良いものを地道に選び続けることで、その改良に努めてきました。そして、2006年、日本めん用品種「きたほなみ」が北海道で育成されました。「きたほなみ」は軟質小麦(注1)の中で極めて優れた製粉性を持っており、現在広く普及しています。

「きたほなみ」はなぜ製粉性が良い?
ではなぜ、「きたほなみ」の製粉性はそんなに良いのでしょうか?品種改良では、良いもの同士を掛け合わせた中から、より良いものが得られることがあります。今回の場合も、その過程で製粉性を良くする遺伝子が集積することによって起こった現象と考えられます。もし、どのような遺伝子が集積して製粉性が良くなったのか、つまり、「高製粉性のパーツ」が分かれば、「きたほなみ」を材料にして品種改良をする場合、遺伝子の組み合わせが一旦崩されたとしても、それを元に戻すのは容易になると期待できます。

温故知新
製粉性に関わる遺伝子あるいはQTL(注2)を見つけるため、北海道立総合研究機構北見農業試験場および長野県農業試験場と共同して、2008年から「きたほなみ」の育成過程に着目した研究を開始しました。「きたほなみ」の系譜上の品種や系統、本品種を親として得られた有望な系統を使うことで、優れた製粉性がどのように遺伝しているのかが分かるのではないかと考えたのです。これらを材料にして、3場所で3年間に渡って丹念に製粉性を調査しました。また、コムギのゲノム全体に分布する約4,000個のDNAマーカーを使って、用いた材料の間にあるDNA配列の違い(多型)を調査しました。これら多型と製粉性との関連性を調査することによって、21個のQTLを見つけることができました。そのうち、18個は「きたほなみ」と同じQTLを持つと製粉性が良くなるものでした。

高製粉性のパーツ
見つかったQTLを基に系譜を遡っていくと面白いことがわかります。18個のうち、8個は母親である「北見72号」(後の「きたもえ」)、5個は父親である「北系1660」、5個は両親のどちらかに由来するということが分かります(図1)。つまり、この両親の出会いが新たなQTLの組み合わせを生み出し、これまでに無く優れた製粉性を持つ「きたほなみ」が生まれたと言えます。系譜をさらに辿れば、約60年前に外国から導入した品種が持っていた幾つかのQTLが重要な役割を担っていることも分かりました(図1)。育成過程では、当然、このような情報がなかったので、有望な材料を導入し、地道に製粉性の良いものを選んだ育種家の目が、意図せずこれらのQTLを集積させたと言えます。育種の凄味を感じる結果です。ゲノム情報から意図して同じことができるかが、まさにゲノム育種に求められる課題と思う次第です。

過去から未来へ
「きたほなみ」は高製粉性に加え高収量・高製めん適性など、数々の優れた特徴を持つ品種ですが、ある種の病気に弱いなど改良の余地がまだあります。また、北海道に適応しているため、本州以南での栽培には適しません。「きたほなみ」の優れた製粉性を維持しつつ、全国各地の品種を改良するためには、本品種を交配親に用いて、その子孫から製粉性の優れたものを一から選び直す必要があります。QTL集積の事実が明らかとなった今、製粉に頼らずこの情報をもとに優れた系統を選べる可能性がでてきました。手に入れた「高製粉性のパーツ」を活用するため、今、これらQTLの有無を効率的に調べるための技術開発に取組んでいます。

成果論文
Ishikawa G. et al. (2014) “Association mapping and validation of QTLs for flour yield in the soft winter wheat variety Kitahonami” PLoS ONE 9(10):e111337


図1.「きたほなみ」の系譜からみた製粉性に関わる量的形質遺伝子座(QTL)の伝播経路
異なる色のビーズは異なるQTLを表す。左上には、外国から導入された品種によってもたらされたQTLを示した(特に重要なものを大きなビーズで表した)。

注1)コムギの品種は粒の硬さから軟質と硬質に分類される。軟質コムギは主に菓子や日本めん、硬質コムギはパンや中華めんに適するとされる。軟質コムギは硬質コムギに比べ、製粉時の粉のふるい抜けや流動性が劣るため製粉性が低い傾向にあり、製粉性向上は、軟質を主に生産する国内産コムギにおける大きな課題の一つであった。

注2)量的形質遺伝子座。製粉性など連続的に値が変化する形質に関わる遺伝子の染色体上の位置を指す。このような形質は、その原因をひとつの遺伝子として特定するのが難しいため、通常、その遺伝子が存在する可能性の高い染色体領域を意味する。

石川 吾郎

石川 吾郎(いしかわ ごろう)

1974年生。千葉県出身。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。2002年より農研機構東北農業研究センター研究員、2007年より同主任研究員、現在に至る。2010年10月~2011年10月米国コーネル大学客員研究員。

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