大課題4 適応技術 -地球温暖化に適応するための技術開発-
研究目的
1.土地利用型作物における適応技術の開発
水稲では、西日本を中心に広い地域で、高温年に白未熟粒等が多発し品質低下が問題となっている。そこで、肥培管理や栽培管理による籾数の制御、登熟期の窒素栄養条件と水管理の適正化、高温回避のための遅植えや出穂期を遅らせる直播栽培、高温耐性に優れた品種の利用等によって、高温に適応した栽培技術を開発する。
暖地多雨地域の小麦では、タンパク含有率の低さと充実不足が問題となっており、品質評価基準を確実に満たす施肥技術と出穂が早まる暖冬年に凍霜害の危険を回避する栽培技術を開発する。温暖地の大豆作においては、気温上昇による分布域拡大が懸念される帰化アサガオ類の有効な防除法を開発する。また、寒地畑作では、取りこぼされたバレイショが温暖化に伴う土壌の不凍結で越冬し雑草化しており、その対策技術を開発する。
2.施設園芸における適応技術の開発
野菜、花き等、施設園芸における地球温暖化適応技術の開発を目的として、野菜については、低コストで、効率的な環境制御技術による野菜の高温下での安定生産技術として、低圧型細霧冷房と地下冷熱源を併用したトマト暑熱緩和技術の開発、簡易な培地冷却機構を備えたイチゴ高設栽培装置の開発、光環境制御によるホウレンソウ高温下品質向上・抽台制御技術の開発を行う。また、高温耐性品種、果実品質低下防止技術開発として、高温耐性ナスの育成と果実品質低下防止技術の開発を行う。さらに、花きの開花調節技術及び品質低下防止技術開発として、夏秋ギク及びトルココキギョウを対象として、温暖化による花き類の光応答反応変動要因の解析及びならびに光環境調節による安定開花調節技術の開発を行う。
3.果樹・茶における適応技術の開発
温暖化に伴い、ほとんどの樹種で発芽・開花期が早期化している。このような状況の中、リンゴ等では晩霜害の発生の増加、施設栽培での低温遭遇不足による発芽不良、ウンシュウミカンの浮皮やブドウの着色不良等の果実生理障害の多発のように、多くの果樹で温暖化が原因と想定される生産や流通上問題となる現象が報告されている。
茶については、亜熱帯の沖縄では、新芽の発芽不揃いのために一番茶の収量と品質が著しく低い傾向にあり、暖冬年には同様な現象が薩南諸島でも生じているほか、降霜地域においては、温暖化に伴い萌芽が早期化し、凍霜害が発生しやすくなっている。
このため、果樹では、リンゴ等の晩霜害発生防止技術、ナシ等の加温施設栽培における発芽不良対策技術、ミカンの浮皮やブドウの着色不良等の果実生理障害発生軽減技術の開発を行う。さらに、茶では、温暖化適応性の高い茶品種の選定や生産技術の開発、耐凍性評価に応じた防霜ファン制御技術の開発を行う。
4.畜産・飼料作物における適応技術の開発
家畜への暑熱への適応技術として、育成牛、乳牛及び肥育牛を対象に暑熱条件下での生産性や生産物の品質の改善を図るための栄養管理技術を提示するとともに、メタン発酵処理で得られたガスをエネルギーとしたストールスポット冷房システムを開発し、乳牛への冷風の最適利用条件を解明する。また、気温上昇による夏季の牧草・飼料作物の生産性低下を改善するため、越夏性に優れたオーチャードグラス系統の育成、極長期イタリアンライグラスでの刈取り時期や施肥条件など栽培管理法の開発を行う。さらに、暖地型牧草では新規導入草種・品種の評価とそのサイレージ調製に最適な栽培条件を明確にする。飼料用エンバクでは冬枯れを防止のための耕種的適応技術を開発する。
研究方法
1.土地利用型作物における適応技術の開発
水稲では、土壌や肥料の窒素溶出モデルを用いて気温上昇に伴う発現量の変化と白未熟粒発生との関係を解明し、最適籾数に制御する施肥技術を開発する。作期の広い暖地では、白未熟粒を低減する適作期を策定するとともに、登熟期の根系活性の面から水管理法を提示する。白未熟粒低減効果のある深水無落水栽培法や無効分げつ抑制栽培法では、要因解析と技術の高度化を図る。
畑作物の小麦では、秋播き型準同質遺伝子系統の特性解明と省力施肥技術を開発し実証する。大豆の帰化アサガオ防除では、発生生態の解明と分布拡大予測を行い、畦間散布技術等総合防除技術を確立し実証する。バレイショ作では土壌凍結等環境要因と野良イモ発生との関係から最適な土壌凍結深を求め、その制御技術を開発し実証する。
2.施設園芸における適応技術の開発
低圧型細霧冷房と地下冷熱源を併用したトマト暑熱緩和技術開発として、ハウストマトでの高温ストレス、稔性低下による高温での収量低下を抑制するため、低圧でも葉濡れが無く、十分な性能を持つ細霧冷房技術と地下冷熱を局所施用する技術を組み合わせた環境制御技術を開発する。開発した技術の効果と経済性を評価し、産地実証を行う。
簡易な培地冷却機構を備えたイチゴ高設栽培装置の開発として、イチゴ促成栽培における連続出蕾性を高め収穫の中休みを軽減できる培地等の温度制御技術として、気化潜熱を効率的に利用した低コストな栽培装置を開発する。
産地での実証試験などにより装置の効果と経済性の評価、適切な栽培技術の確立を行う。
光環境制御によるホウレンソウ高温下品質向上・抽台制御技術開発として、ホウレンソウの高温期栽培における外観品質の劣化、有用成分含量の低下、抽台を克服するため、遮光期間を特定期間に限る栽培技術及び耕種的な抽台抑制技術を開発する。開発された新しい栽培法について、産地実証試験を行うとともに、経済性を評価する。
高温耐性ナスの育成と果実品質低下防止技術の開発として、ナスの盛夏期の減収を回避できる高温耐性を付与した実用的単為結果性ナスを育成するとともに、果実品質低下防止技術を開発する。育成した高温耐性ナス及び果実品質低下防止技術を現地試験で実証、経済性の試算を行い、総合的な実用性を評価する。
花きの気温上昇に対応する技術開発として、夏秋ギク及びトルコギキョウ品種群の光・温度応答反応特性の相互作用を解析し、日長反応変動に及ぼす温度要因の影響評価を行い、花成に関して温度要因の影響が小さく光環境調節で開花調節が可能な品種の選抜手法及び高品質切り花生産技術の開発を行い、秋需要期出荷のための高精度開花調節技術の開発に繋げる。
産地にて、得られた技術の高度化、実証と経済性評価を行う。
3.果樹・茶における適応技術の開発
リンゴ、ナシの晩霜害に関しては、花器の生育ステージ予測モデルの開発、生育ステージ別の安全限界温度の解明、最低気温予測技術の高精度化を行う。さらに、防霜効果が高いと推定される多頭型防霜ファンの現地実証試験を実施し、昇温効果や使用電力量等を従来型ファンと比較する。
ナシ、ブドウの加温施設栽培における発芽不良に関しては、温暖化条件下でも精度の高い、自発休眠覚醒モデルを開発し、さらに、低温遭遇不足条件下でも自発休眠の打破を進めることが可能な冷却技術(水の気化熱利用を利用)、高温処理技術を開発する。また、本研究で開発した自発休眠覚醒モデルと休眠打破法の現地実証試験を行う。
ウンシュウミカンの浮皮に関しては、浮皮発生に影響する樹体条件(内生植物ホルモンや樹体内栄養等)、気象条件(気温等)を明らかにする。さらに、現状では最高の浮皮軽減効果を有すると評価されているジベレリン・ジャスモン酸の混用処理技術の安定性を、樹体・園地条件(着果負担程度や土壌水分等)との関連で現地実証試験により検討する。
ブドウの着色不良に関しては、高温下でも着色が進行しやすい品種・系統の選抜手法(着色開始期の果粒を種々の温度条件下で培養する手法等)を開発する。さらに、この評価手法によって選抜した品種・系統の高温耐性を人工気象器内の鉢植え樹を用いて検証する。また、高温時期を避けて成熟させるための促成技術(既存ブドウ棚を改良した簡易保温)と抑制技術(果房遮光による果房温上昇抑制)技術を開発し、着色不良回避効果を検証する。
温暖化条件下での茶の新芽の不揃いに関しては、萌芽・新芽斉一性等の温暖化適応性を規定する生理生態的特性の解明や温暖化適応性の高い有望品種の選定、系統の開発を進める。また、「静−印雑131」等の温暖化適応性の高い品種について、周年多収生産を実現する更新時期・程度等の樹体管理法を開発する。
茶樹の凍霜害に関しては、切り枝凍結処理による新芽組織破壊程度と組織漏出液組成との関係解明等から、樹体の耐凍性評価法を開発する。さらに、2つの温度センサーを樹冠面及びファンの高さ付近に設置し、それらの気温差により稼働を制御する防霜ファン制御法を開発し、節電効果、防霜効果の現地実証を行う。
4.畜産・飼料作物における適応技術の開発
家畜では、第一胃内での飼料の繊維及び蛋白質の分解速度に着目し、暑熱環境下において粗飼料摂取量を確保しながら適切な蛋白質蓄積を実現する育成牛への給与メニューを提示する。肉用牛では暑熱条件下での肥育牛のビタミンAの動態を明らかにし、ビタミンA低下とシコリ発症との関係を飼養試験によって解明する。また、シコリを予防するためのビタミンA給与法や血漿中レベルのガイドラインを示す。高温環境下で分娩する乳牛において、特に乾乳後期のエネルギー等の栄養充足率を改善させ、分娩後の乳量、乳質の低下、繁殖成績の低下を防止する栄養管理技術を提示する。メタン発酵処理で得られたガスをエネルギー源としたガスエンジンによる牛舎内を冷房するシステムを開発する。効果的な冷風の配風法、熱収支における牛体の生理応答の観点から配風のタイミング(時刻、時間)を明らかにする。飼料作物では、オーチャードグラスで現在の栽培可能地である九州高標高地(700m)より低い、九州中標高地(300m)で栽培可能な高越夏性系統を育成する。極長期利用イタリアンライグラス等では、寒冷地南部で3年間、温暖地で2年間、安定して採草利用できる栽培技術を開発する。暖地型牧草では、生産性及び栄養価等から現状より有望な新規草種・品種を選定し、サイレージ調製に最適な栽培条件を明確にする。エンバクでは、コスト上昇を伴わずに冬枯れにより減収程度を現状の4割程度を低減する耕種的対応技術を開発するとともに、生産現場において被害回避の指針となる判断基準を策定する。
課題一覧
研究課題名 | 代表機関 | 担当者 | 期間 |
1.土地利用型作物における適応技術の開発 | |||
暖地における水稲の窒素管理改善による白未熟粒低減技術の開発 | 九沖農研 | 北川 寿 | H20〜21 |
暖地における水稲の作期分散や水管理による白未熟粒低減技術の開発 | 長崎農技セ | 下山伸幸 | H20〜21 |
温暖地における水稲の深水無落水栽培による白未熟粒低減技術の開発・実証 | 愛知農総試 | 林 元樹 | H20〜21 |
寒冷地における水稲の無効分げつ抑制栽培による白未熟粒低減技術の開発と実証 | 秋田農技セ | 三浦恒子 | H20〜21 |
温暖化や水田輪作に対応した水稲の施肥法による高品質生産技術の開発と実証 | 福岡農総試 | 岩渕哲也 | H20〜21 |
温暖化や水田輪作に対応した小麦の施肥法等による高品質生産技術の開発と実証 | 福岡農総試 | 岩渕哲也 | H20〜21 |
大豆作における熱帯性帰化アサガオ類の分布拡大予測と防除技術の開発と実証 | 中央農研 | 澁谷知子 |
H20〜21 |
寒地畑作地帯における雑草化する野良イモ対策技術の開発と実証 | 北農研 | 廣田知良 | H20〜21 |
2.施設園芸における適応技術の開発 | |||
低圧型細霧冷房と地下冷熱源を併用した環境制御による夏秋トマト安定生産技術の開発と実証 | 近中四農研 | 柴田昇平 | H20〜21 |
高温期の安定生産が可能な促成イチゴの低コスト高設栽培装置の開発 | 近中四農研 | 山崎敬亮 | H20〜21 |
光環境制御によるホウレンソウの高温下品質向上・抽台抑制技術の開発 | 近中四農研 | 吉田祐子 | H20〜21 |
高温耐性ナスの育成と果実品質低下防止技術の開発 | 野茶研 | 菊地 郁 | H20〜21 |
高温耐性ナスと果実品質低下防止技術の産地実証 | 佐賀農研セ | 木下剛仁 | H20〜21 |
温暖化による花き類の光応答反応変動要因の解析ならびに光環境調節による安定開花調節技術の開発 | 花き研 | 久松 完 | H20〜21 |
電照施設利用による高精度開花調節技術の開発ならびに産地実証 | 茨城農総セ | 駒形智幸 | H20〜21 |
3.果樹・茶における適応技術の開発 | |||
リンゴ、ナシの晩霜害の危険度予測に基づく対策技術の適応性評価と凍結過程の基礎的解明 | 果樹研 | 朝倉利員 | H20〜21 |
リンゴ、ナシの生育ステージ別の安全限界温度の解明とモデルによる予測 | 福島農総セ | 佐久間宣昭 | H20〜21 |
高精度最低気温予測手法および晩霜害発生予測モデルの開発 | 福島大 | 渡邊 明 | H20〜21 |
リンゴ園における多頭型防霜ファン等の現地実証 | 長野果樹試 | 玉井 浩 | H20〜21 |
ナシ、ブドウの自発休眠覚醒期推定モデルの高精度化 | 果樹研 | 杉浦俊彦 | H20〜21 |
果樹園における樹体冷却等によるナシの休眠覚醒不良の回避・軽減技術の開発 | 宇都宮大 | 本條 均 | H20〜21 |
ナシ、ブドウの加温施設栽培下における自発休眠覚醒モデル及び新たな休眠打破法を組み合わせた発芽促進技術の産地における実証 | 栃木農試 | 大谷義夫 | H20〜21 |
ウンシュウミカンの浮皮発生機構の解明に基づく植物調節剤を用いた発生軽減技術の開発 | 果樹研 | 生駒吉識 | H20〜21 |
ウンシュウミカンの浮皮等の発生程度の品種間差と気象及び樹体要因が発生程度に及ぼす影響の解明 | 果樹研 | 深町 浩 | H20〜21 |
ジベレリン・ジャスモン酸の混合処理によるウンシュウミカンの浮皮発生軽減技術の現地実証 | 静岡農研 | 高橋哲也 | H20〜21 |
ブドウの高温安定着色品種の簡易評価法の確立と温暖化に適応した品種・系統の選抜 | 果樹研 | 薬師寺博 | H20〜21 |
温暖化に対応したブドウの熟期制御技術の開発と現地実証 | 広島農技セ | 西川祐司 | H20〜21 |
茶の温暖化適応性評価法の確立と温暖化適応品種の選定及び系統の開発・実証 | 野茶研 | 岡本 毅 | H20〜21 |
温暖化適応性の高い茶品種の周年安定生産体系の現地実証 | 沖縄農研セ | 平松紀士 | H20〜21 |
茶樹耐凍性の迅速な評価方法の開発 | 野茶研 | 松尾喜義 | H20〜21 |
茶の耐凍性評価に応じた防霜ファンの省電力制御技術の開発と現地実証 | 野茶研 | 荒木琢也 | H20〜21 |
4.畜産・飼料作物における適応技術の開発 | |||
暑熱環境下における育成牛のエネルギーおよび窒素蓄積メカニズムの解明と適正給与技術の開発 | 畜草研 | 野中最子 | H20〜21 |
暑熱環境下のビタミンA減少による肉質低下を改善する肥育牛飼養技術の開発 | 畜草研 | 甫立京子 | H20〜21 |
周産期におけるエネルギー等栄養素の給与水準改善による温暖化適応飼養管理技術の開発 | 九沖農研 | 神谷裕子 | H20〜21 |
メタン発酵処理ガス利用の冷房システムと牛体熱収支に基づく暑熱改善技術の確立 | 畜草研 | 池口厚男 | H20〜21 |
極長期利用型イタリアンライグラス等の安定多収栽培のための技術確立 | 東北農研 | 上山泰史 | H20〜21 |
温暖化に適応した新規草種の選定および消化性(栄養価)を高く維持できる栽培法の開発 | 琉球大 | 川本康博 | H20〜21 |
暖冬条件に適応した飼料用麦類の冬枯れ防止栽培技術の開発 | 畜草研 | 森田聡一郎 | H20〜21 |
※代表機関の略称(表中、記載順) | |
九沖農研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター |
長崎農技セ | :長崎県農林技術開発センター |
愛知農総試 | :愛知県農業総合試験場 |
秋田農技セ | :秋田県農林水産技術センター |
福岡農総試 | :福岡県農業総合試験場 |
中央農研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター |
北農研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター |
近中四農研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センター |
野茶研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所 |
佐賀農研セ | :佐賀県農業試験研究センター |
花き研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 花き研究所 |
茨城農総セ | :茨城県農業総合センター |
果樹研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所 |
福島農総セ | :福島県農業総合センター |
長野果樹試 | :長野県果樹試験場 |
栃木農試 | :栃木県農業試験場 |
静岡農研 | :静岡県農林技術研究所 |
広島農技セ | :広島県立総合技術研究所農業技術センター |
沖縄農研セ | :沖縄県農業研究センター |
畜草研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 畜産草地研究所 |
東北農研 | :(独)農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センター |