平成23年度 研究成果報告
バイオマス変換要素技術の高度化

・Cチーム(農研機構 食品総合研究所 食品バイオテクノロジー研究領域長 矢部 希見子)
バイオ燃料製造では、食糧と競合しないリグノセルロース系原料からの低価格のエタノール生産が望まれている。バイオマス-エタノール変換は、主として「前処理」、「糖化」、「発酵」の工程から構成されるが、低コスト化を達成するためには、各工程の効率化を進めるとともに、複数の工程を同時に実施する一貫プロセスの構築が必要である。Cチームでは、@食用担子菌エノキタケをもちいて、全行程を一つの微生物で達成する「直接糖化発酵プロセス(CBP)」の開発を目指し、エノキタケの利用方法の解析及びその改変を行った。また、A糖化工程の安価かつ効率的な推進を目的として、糖化技術及び糖化酵素の量産化技術の開発を行った。さらに、B糖化工程を経て生じたグルコースやキシロースを効率的にエタノールに変換するため、酵母の改良及び新規酵母の探索を行った。その結果、低コストかつ効率的なバイオマス-エタノール変換技術構築に有用な多くの成果が得られた。
エノキタケによる直接糖化発酵プロセス(CBP)の開発
担子菌によるwhole cropの直接エタノール発酵技術の開発
・C010(独)農研機構 食品総合研究所 一ノ瀬 仁美、前原 智子、金子 哲
エノキタケFv-1株の多糖に対するエタノール変換を評価するための原料を作成した。エノキタケはキシロース、アラビノースをエタノールに変換できないため、バイオマスからキシロース、アラビノースを含むヘミセルロースやリグニンを完全に除去したものを作成した。作成したバガス由来の原料の構成成分を調べたところ、グルコース含量が93%であり、その他の糖は全く検出されなかった。このバガス由来セルロースへ市販セルラーゼを作用させ、この材料がどれくらい糖化しやすいかを評価した。糖化酵素の使用目標量と同程度の9 mg/gバイオマスのセルラーゼでは、40日間経過後も糖化率は最大で50%程度(基質濃度5%w/vの場合)であり、基質濃度が濃くなればなるほど糖化率は低下し、基質濃度30%w/vでは反応40日経過後でも糖化率は10%に満たないことが明らかとなった。また、エノキタケによるエタノール変換を検討している基質濃度15%w/vでは9 mg/gバイオマスのセルラーゼを使用した場合は酵素反応40日経過後においても糖化率が24%程度であり、酵素糖化法では使用酵素量を削減することは不可能であること、また充分にバイオマスを分解するためには基質濃度を薄める(水を大量に使用する)必要があり、得られる糖液濃度が低いものとなるため、糖化後に濃縮する必要があることから、排水処理、糖液濃縮に要するエネルギーが多大になり、低コストでエタノールを製造する障害になることが明らかとなった。
上記のバガス由来セルロースを原料として連結バイオプロセスによるエタノール変換を試みた。セルラーゼを全く添加しない場合には、ほとんどエタノールは生産されなかったが、9 mg/gバイオマス相当のセルラーゼを添加した場合には、エタノール回収率が約70%と非常に高かった。一般的に単糖からエタノールへの変換効率が90%程度であることから、70%÷90%=78%の糖化が達成されたことが明らかとなり、連結バイオプロセスが極めて効率の良い変換法であることが明らかとなった。
糖質加水分解酵素を蓄積するエノキタケの菌床培養法の開発
・C012富山県農林水産総合技術センター 森林研究所 高畠 幸司
糖化酵素の必要量(10mg/g)を生産できるエノキタケ培地を開発することを目的に放線菌(Streptomyces rimosus )St-5とエノキタケ(Flammulina velutipes )Fv-1との複合培養による無殺菌培養における培養条件(培養期間,接種方法,カラマツ水抽出物:KWEの添加濃度)を検討した。培養期間は8週間が最も有効であった。接種方法では,以下の3種について検討した。A:供試培地表面に均一にエノキタケFv-1を接種し,その上に放線菌St-5を接種する。B:供試培地表面に均一に放線菌St-5を接種し,その上にエノキタケFv-1を接種する。C:供試培地,エノキタケFv-1,放線菌St-5を均一に混合し,その後,瓶詰めを行う。測定したいずれの酵素活性も接種方法Cで最も高くなった。接種方法AとBではほぼ同程度となった。KWEの添加は1%で酵素活性が最も高くなった。培養期間,接種方法,KWE添加量について,それぞれの最適条件を組み合わせると,培養基中の酵素量は17.65mg/gとなり,当初の目標値(10mg/g)を越える酵素量を蓄積した。
代謝工学によるwhole cropの直接発酵に適した担子菌の開発
・C020(独)農研機構 食品総合研究所 前原 智子、一ノ瀬 仁美、金子 哲
CBPに適したエノキタケの開発
バイオマスからの安価なエタノール製造法の開発に向け、糖化酵素の生産、バイオマスの糖化、エタノール発酵を1バッチで単独の生物で行う連結バイオプロセス(Consolidated Bioprocessing, CBP)に取り組んでいる。エノキタケFv-1株は糖化酵素生産能とエタノール生産能を共に有するため有望なCBP生物であるが、実用化に向けては、更に能力を向上させる必要がある。
昨年度までにエノキタケFv-1株の遺伝子組換え系を構築し、異種遺伝子発現をエノキタケで行うことを可能にし、ペントース代謝関連遺伝子をFv-1株へ導入することで、エノキタケが発酵に利用できなかったペントースからのエタノール変換率を20~35%に改善した。本年度はTrichodermaやPhanerochaete由来のセルラーゼ遺伝子を導入したエノキタケ変異株の作製やエノキタケFv-1の遺伝子破壊株の作製により、結晶性セルロースからのエタノール変換率50%の株を開発した。
エノキタケの生産する糖質加水分解酵素の網羅的解析
・C021東京大学大学院 鮫島 正浩、五十嵐 圭日子
エノキタケがセルロース系バイオマスを分解するために生産する2種類のセルラーゼ(Fv Cel7A,Fv Cel7B)を単離・精製し,結晶性セルロースおよび非晶性セルロースに対する活性を調べたところ,二つの酵素は結晶性セルロースを基質として利用できないことが明らかとなった。そこで,エノキタケFv-1株の結晶性セルロース分解活性を向上させるために,セルロース分解活性が強い担子菌として知られているPhanerochaete chrysosporium がセルロース分解性分解培地中に多量に生産するセルラーゼPc Cel7Dをコードする遺伝子をエノキタケに導入した。その結果,いくつかのエノキタケ組換え株はPc Cel7Dを培地中に分泌することが可能となり,明らかにセルラーゼ生産能が改善された。さらに遺伝子導入を行っていない野生株と比較したところ,最もセルラーゼ活性が強い株で高結晶性セルロースの分解活性が2.5倍にまで向上した。
エノキタケの糖質加水分解酵素の発現応答と制御システムの解析
・C023長岡技術科学大学 小笠原 渉
エノキタケFv-1株を用いた連結バイオプロセス(CBP)によって効率よくエタノール製造を行うためには、リグノセルロース分解酵素群生産制御系の解明と炭素源異化抑制の解除による酵素生産力の増強が必須の課題となっている。本研究では、エノキタケのゲノム情報およびマイクロアレイ解析によって得られた遺伝子発現情報を総合的に解析し、エノキタケにおける推定炭素源異化抑制因子の特定を行った。さらに、RNAサイレンシング法を応用して異化抑制因子の発現を特異的に抑えるベクターの構築を行い、ベクターが安定的に組み込まれた複数の形質転換体を得ることに成功した。得られた形質転換体の表現型を詳しく調べた結果、特定した因子が実際に炭素源異化抑制因子として機能していることを明らかにすることが出来た。さらに、いくつかの抑制解除株は、高濃度のグルコース存在下においても高いセルラーゼ生産能を示すことが明らかとなった。
糖化酵素生産
酵素複合体を活用したリグノセルロース系バイオマスの効率的糖化技術の研究開発
・C040(独)国際農林水産業研究センター 小杉 昭彦、森 隆
酵素複合体を活用したリグノセルロース系バイオマスの効率的糖化技術の研究開発
稲わらなどのリグノセルロース系バイオマス分解に適した高活性酵素及び再利用技術開発をめざし、糖化技術の低コスト、高効率化を目標にしています。
本研究課題では、糸状菌酵素とは異なる酵素開発として、一部の嫌気性好熱性細菌が生産するセルロソームと呼ばれるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ酵素複合体を用いたリサイクル糖化技術を開発しました。
1.既知菌株より高い糖化能を有するセルロソームを生産できる菌株Clostridium thermocellum S14株の取得に成功しました。
2.C. thermocellum S14のセルロソームの糖化能向上を目的に、同じく好熱嫌気性細菌からのβ-グルコシダーゼをスクリーニングした結果、 Thermoanaerobacter brockii のβ-グルコシダーゼ(CglT)がセルロソームの糖化能を飛躍的に向上できることが解りました。
セルラーゼのオンサイト生産方法の確立
・C070日本大学 春見 隆文
イナワラを原料とした国産バイオエタノールの生産コスト削減にとって、糖化酵素の効率的な生産がキーテクノロジーの一つです。このため、我々は安価な原料を用いた酵素の高生産技術の確立を進めています。まず、セルラーゼ生産菌である T.reesei とヘミセルラーゼ生産菌である Humicola の酵素を混合しイナワラ分解を行うと、それぞれの酵素を単独で使用する場合に比べて分解率が上昇することが明らかになりました。そこで、イナワラを炭素源とした T.reesei のセルラーゼ高生産培養方法を検討し、イナワラをアンモニア処理硫酸中和することで酵素が効率的に生産されることを明らかにしました。次に、不均衡変異導入法による高機能 T.reesei の作出及び高イナワラ分解酵素生産株の作出を行いました。これまでにグルコースリプレッションの解除株及びpNP-Xyloside分解酵素高生産株などの有用株を取得しました。また、 Humicola は培養時に凝集体を形成し、酵素生産性が低下することが知られています。我々は不溶性窒素源を用いることで凝集体が分散し、高い酵素生産性を示す培養方法を確立しました。この不溶性窒素源は他糸状菌の培養時凝集体の分散化にも効果的であり、糸状菌などの培養に広く応用出来ると期待されます。
ワラ前処理物の酵素糖化効率化のための新規酵素とその生産技術の開発
・C090北海道大学 浅野 行蔵
CaCCO法前処理稲ワラを糖化する過程では、セルラーゼはむろん種々の酵素が必要とされる。本課題では、市販の酵素剤と共に反応させることによって、糖化を促進する酵素群を探索した。探索源は、健康な植物の中に生息している植物内生菌で、これらを培養し細胞外酵素を抽出し、抽出酵素と市販酵素を混合してCaCCO法処理済み稲わらを分解した。その結果、市販酵素の使用量を1/2にしてもセルロース糖化は同レベルを維持し、キシラン糖化は大幅に増加できる糸状菌2株が得られた。塩基配列解読や形態観察の結果、候補株はいずれも Fusarium sp. であると推定された。反応後の液中にはオリゴ糖類は含まれず単糖のみが観察された。合成基質を用いての酵素活性測定の結果、候補株はヘミセルラーゼ分解関連の酵素の活性が高かった。小麦ふすまを利用した固相培養条件を確立したが、蒸留残渣および稲籾殻を基質とした培養も進行中である。
発酵工程の効率化
阻害物質耐性の向上及び発酵阻害物質の制御によるバイオエタノール発酵過程の効率化及び低コスト化に関する研究
・C050(独)農研機構 食品総合研究所 中村 敏英、安藤 聡
バイオエタノール製造における発酵工程の効率化・低コスト化を目的として、エタノール発酵を阻害する因子に耐性を有する酵母の発酵試験および育種を実施した。本年度は高温・高糖耐性酵母 Saccharomyces cerevisiae WY2511株について光硬化性樹脂を用いて固定化し、その固定化担体を発酵に利用することで、稲わらの連続同時糖化発酵に成功した。また、高濃度稲わらの同時糖化発酵においては、非固定化の Candida glabrata NFRI 3164株が最も高いエタノール生産性を示した。さらに、10%稲わらの同時糖化発酵では、新規に分離した Candida sp. NY7122株がキシロースも効率的に発酵し、最も高いエタノール生産性を示した。
稲わら由来糖化液の発酵に適する酵母株の探索
・C051京都大学微生物科学寄附研究部門 島 純
未利用バイオマス資源をバイオ燃料として有効活用する技術開発が進められている。特に、稲わらからのバイオエタノール生産の有用性が着目され、前処理や糖化工程に関する研究が精力的に行われている。本研究では、稲わらの前処理・糖化工程の高度化に伴い必要とされる特性を有する酵母等の発酵微生物を探索・育種することを目的とした。
まず、酵母の検索ソースとして自然界から酵母を収集し酵母株ライブラリーを構築した。稲わら由来糖化液の発酵に必要となる優れたC6糖及びC5糖発酵性を有し、高温耐性を有する株を取得した(839-1-1株)。26S rDNAシークエンスにより、本株を同定したところ、 Candida shehatae に属する株であることが示された。CaCCO法処理稲わらやリン酸水熱処理稲わらへの適用を検討したところ、既存の株と比較して、優れた発酵特性を示すことが明らかになった。
キシロースを糖源としてエタノール発酵する微生物の育種
・C091京都工芸繊維大学 鈴木 秀之
研究室で育種したKOM818A株( Pichia stipitis )のキシロースリダクターゼ遺伝子( xyl1 )とキシリトールデヒドロゲナーゼ遺伝子( xyl2 )をW303-1A株に導入し、さらに S. cerevisiae のキシルロキナーゼ遺伝子( xks1 )の発現を増強した酵母株を用いて、アルコール発酵する際の初期濁度を上げることにより、キシロースからエタノールへの転換率( Ye 値=0.46g/g , モル転換率90%)を達成した。
キシローストランスポーターについて、キシロースを代謝できると報告のある酵母を対象にスクリーニングを行った結果、 Candida guilliermondii の CGUG_0585 遺伝子がキシローストランスポーターをコードしており、グルコースの混在下においても阻害を受けることのないキシローストランスポーターであることが明らかとなった。
杉の糖化液とクエン酸バッファーのみからなる培地で、KOM818A株によるエタノール発酵を試みた(但し、菌体調製時はYPAD培地を用いた)。その結果、yeast nitrogen baseやHis, Trp, Leu, Ade, Uraを添加しなくともエタノールが生産されたが、これらを含む最少培地を用いた場合に比べて、数時間発酵速度が遅くなることが分かった。