果樹研究所

一押し旬の話題

2014年10月15日

熟柿

柿の木カキで浮かぶ心象風景は、葉がほとんどなく実だけをたわわにつけた状態で、田舎道の傍らにぽつねんと存在している姿だ(背景が青空だと孤高で凛とした面持ちにも見えるが、曇空や雨だとちょっと寂しすぎる風情だ)。
あとは、熟柿のまま、ぽとりぽとりと地面に落ちていく果実。

果物は総じて大好きだが、「その中でどれか1つだけ好きな果物を選べ」と言われたら、自分はカキを挙げる。その理由については余り深く考えたことがなかったが、改めてほかの果物と比べてみると、それはカキが酸味をほとんど感じることのないお菓子的な感覚で食べられる果物だからなのかもしれないと思った。
例えば、リンゴなんかは、甘酸のバランスがとれていて、それにポリフェノールのえぐみが少し加わった濃厚な味が美味しいと思っている。
それに比べると、カキは私にとって酸味がなく甘さと柔らかい食感を味合う果物であり、酸味を嫌う子供の感覚で食べている果物なのかも知れない。

熟柿
トロトロの食感になった熟柿

熟柿も実は大好きである。子供の頃よく食べた、あのトロトロの食感。
私の生まれた秋田は、甘柿を作るには温度が低すぎ、渋柿しかなかった。渋柿は、普通、渋抜きして食べるが、渋柿をそのままほっておくと熟柿になり、渋が抜ける。
人によって、好みが分かれると思うが、果実成熟(軟化)が進み、まさに甘いだけの果実になって、ずるずる啜る(すする)ようにして食べるカキは、それはそれで美味しかった。

こんなに好きなカキであるが、「好きな果物」の調査では、上位に位置した調査結果はなかった。それは、高齢ではカキの好きな人も多いが(私も高齢ですが)、若い人がカキを好きな果物の上位に挙げていないからである。
その理由が、わからない。
子供達が、果物に対して最初に拒否反応を示すのは、大概の場合「酸っぱい」であり、それが親をして果物の購買を遠ざける一因となっていると思っているが、少なくともカキに関してはそれは当てはまらない。
どうして、若い人はカキを好まないんだろうか?
ビタミンCの含量は、日本の果物の中では最高クラスであり、ウンシュウミカンの疫学調査でその効用が明らかにされた黄色い色素(β-クリプトキサンチン)も多く含んでいる。
もっとみんな、特に子供や若い人、に食べてもらいたい果物である。


「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」
正岡子規の有名な俳句であり、その時、正岡子規が食べたのは、甘柿の御所柿(ごしょがき)だと言われている。
カキは、中国が原産で日本にはかなり古い時代に中国から渡ってきたと言われているが、基本は渋柿だ。甘柿は、日本で突然変異によって生まれ、日本の在来品種が1,000近くある中で、甘柿は枝変わりを含めても20品種にも満たない。
それは、渋いままの性質が甘くなる性質より優性であり、1対の染色体(遺伝子=DNAの集まったもの)の片方が渋いままの遺伝子、片方が甘くなる遺伝子を持っていると、優性の渋いままの性質を示すことになるためである。つまり、甘柿は、1対の染色体の両方が甘くなる遺伝子を持っていない限り、生まれてこないことになる。
やっかいなことに、カキは染色体を3対持っており(1対×3、染色体のセットが6つあるので、6倍体という)、6つ全部が甘くなる遺伝子にならない限り甘柿にはならない。
従って、渋柿から突然変異によって甘柿になる確率はかなり低く、甘柿をこの世に送り出してくれた自然の妙に感謝するしかない。

太秋
カキ品種「太秋」

その甘柿の品種改良を農研機構果樹研は進めており、晩生(おくて)が多い甘柿の早生化を進めるとともに(早秋、2003品種登録)、食感の違うカキ(太秋、1995品種登録)も世に送り出してきた。太秋の食感、あれは今までのカキにないものであり、是非、皆様に味わっていただきたいと思う。

古来から日本にあって、庭先果樹の代表ともいえるカキ。
皆様の記憶の断片には、カキが、どのような風景として残っていますか?

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