社会にインパクトのあった研究成果

農林水産省農林水産技術会議事務局は、農業技術クラブの協力を得て「農業技術10大ニュース」を選定しています。これは、各年に新聞記事になった研究成果(民間企業、大学、公立試験研究機関及び国立研究開発法人)の中から、内容に優れ、社会的関心が高いと考えられるもの10件を選定するものです。2023年は、農研機構の研究成果(共同で行った研究成果を含む)が8件選ばれました。

農業技術10大ニュース 2023年選出

果樹の開花に必要な低温積算時間を一目で把握
- スマホで果樹の促成栽培管理を支援 -

【図】 「果樹の低温積算時間表示システム」のWebページ

モモ、ナシなどの落葉果樹が春に萌芽(ほうが) するためには、それに先立つ秋冬季に、ある温度範囲の低温に、一定時間以上さらされる必要があります。
農研機構は、「果樹の開花に必要な低温積算時間」を把握できるシステムを開発しました。早期に収穫することで有利に販売できる促成栽培において、スマートフォン等で加温開始時期を適切に判断できることから、開花率の向上や開花時期の斉一化のほか、無駄な加温が無くなることによる省エネ効果により生産性の向上が期待されます。

雨が降っても安心!
- 畝立て同時乾田直播機を開発 -

【写真】 開発した畝立て乾田直播機

大麦-水稲、小麦-大豆の二毛作体系が展開される九州北部地域では、大麦収穫後の速やかな播種と漏水防止を図ることが同時に可能となる乾田直播(かんでんちょくは)技術を開発する必要がありました。
農研機構とI-OTA合同会社は、降雨後の圃場でも水稲の乾田直播作業ができる「畝立て(うねたて)乾田直播機」を共同で開発しました。土が付着しにくい直播作業部を備え、表面が硬い畝を立ててその上面に種子を播く仕組みです。短時間の播種作業が可能で、湿害対策にもつながり、安定的な二毛作の普及拡大への寄与が期待されます。

サツマイモ基腐病に強い青果用かんしょ「べにひなた」
- 南九州における青果用かんしょの安定生産に貢献 -

【写真】 「べにひなた」

平成30年の秋、南九州で本邦初となる基腐病(もとぐされびょう)の発生が認められました。南九州の青果用サツマイモの産地では、基腐病に弱い「高系14号」と「べにはるか」が主に作付けされているため、現在に至るまで、基腐病による被害が深刻な問題となっています。
農研機構は、サツマイモ基腐病に強い抵抗性を持つ青果用かんしょの新品種「べにひなた」を育成しました。サツマイモ基腐病のまん延している畑での試験栽培では従来品種の「べにはるか」は1割以下しか収穫できなかったのに対し、「べにひなた」は8割以上収穫できました。宮崎県と鹿児島県で普及が見込まれ、サツマイモ基腐病の被害軽減と青果用かんしょの安定生産への貢献が期待されます。

レーザー光による害虫駆除技術を開発
- 殺虫剤を使わずにレーザー光によって害虫を撃ち落とす新技術 -

【写真】 レーザー照射による害虫駆除(イメージ)

現在の害虫防除は化学農薬(殺虫剤)が主体となっていますが、殺虫剤を使い続けることによって害虫に農薬が効かなくなり、殺虫剤が使えなくなる現象が起こっています。さらには化学農薬の過剰使用による自然生態系・生物多様性への悪影響も懸念されていることから、化学農薬主体の防除法から脱却するための新規防除技術の開発が急務となっています。
大阪大学と農研機構は、薬剤抵抗性を有する蛾の一種「ハスモンヨトウ」について、青色半導体レーザーを照射して撃墜することに成功しました。ハスモンヨトウの各部位にレーザーのパルス光を照射し、胸部や顔部が急所であることを発見するとともに、飛翔予測、追尾、狙撃するための技術を開発しました。化学農薬を使用することなく駆除できる技術として期待されます。

害虫の発生状況を遠隔からモニタリング
- IoTを利用し、害虫の発生調査を自動化する装置を開発 -

【写真】開発した害虫モニタリング装置

作物の安定生産には、害虫の適切な防除が必要不可欠です。害虫の防除はその発生状況に応じて行うことが重要であるため、害虫の発生状況を適切なタイミングかつ簡易に把握できる技術が求められています。
農研機構は、IoTとフェロモントラップを組み合わせ、省力的に日単位の害虫発生データを自動収集するモニタリング装置を開発しました。従来より迅速に害虫発生情報を農業者等に提供し、適時適切な農薬散布ができることで農業生産の安定・向上に貢献すると期待されます。

酵素パワーで生分解性プラスチック製品の分解を加速
- ごみの削減に役立つとともにマルチフィルム処理労力を低減 -

【写真】市販の生分解性マルチフィルムへの分解酵素散布処理試験の様子

生分解性プラスチックは、最終的には水と二酸化炭素まで分解される高分子化合物です。生分解性プラスチックは、野菜を栽培する時に畑の表面を被覆する農業用資材での使用が増加しています。
農研機構は、イネに常在する酵母由来の酵素で生分解性マルチの分解を速められることを確認しました。酵素を大量に生産する方法も開発済みで、野菜などの畑でマルチフィルムに散布する酵素(処理剤)として実用化につなげる方針です。

ホクホク食感のかんしょ新品種「ひめあずま」
- 青果用と菓子加工用の両方に適する「ベニアズマ」の後継 -

【写真】「ひめあずま」の焼きいも

かんしょ品種「ベニアズマ」は、青果用として良食味の黄肉でホクホクした肉質を持ち、菓子加工用としていもようかんや大学いもなどにも多く利用されていますが、生産上の欠点であるいもの外観、形状そろいの問題があります。
農研機構は、かんしょ新品種「ひめあずま」を育成しました。"ほくほく系"の主力品種「ベニアズマ」に似た風味・触感で、青果、菓子加工用の両方に向きます。「ベニアズマ」よりいもの形がよいものを作りやすいため、「ベニアズマ」の後継品種として、関東を中心に全国に普及(2024年をめどに種苗会社を通じて生産者に供給)する予定です。

茎枯病抵抗性のアスパラガス新品種「あすたまJ」を育成
- 茎枯病発生ほ場でも高収量が見込める革新的な抵抗性品種 -

【写真】「あすたまJ」の収穫物(長さ25cm)

アスパラガス茎枯病(くきがれびょう)(以下、茎枯病)は、わが国のアスパラガス露地栽培において、大幅な減収や廃耕など甚大な被害をもたらす、最も深刻な病害です。
農研機構と香川県、東北大学、九州大学は、難防除病害である茎枯病に抵抗性を持つ国内初のアスパラガス品種「あすたまJ」を育成しました。露地栽培で従来品種が枯れてしまうほど茎枯病がまん延している畑でも、殺菌剤無散布で順調に生育し安定した収量を得られます。今後、栽培技術の開発や親株の増殖などを通して2028年をめどに種苗の提供を始める予定です。