果樹研究所

一押し旬の話題

2014年8月11日

思い出は、デラとキャン

リザマート
ヨーロッパブドウ「リザマート」

初めて、ヨーロッパブドウを食べたのは、大学を卒業し農林省果樹試験場(現:農研機構果樹研究所)に就職してからだ。その当時、私が所属した研究室では、試験材料としていろいろなブドウの品種をポットで栽培しており、そこで「リザマート」に出会った。

研究室の先輩から、「それは、皮ごと食べられるよ」と言われ、試食してみて、「こんなブドウもあるんだ。美味しい。」と思った記憶が、今でも鮮明に残っている。

私は、東北の在の生まれで、子供の頃に食べたブドウといえば、「デラウェア」と「キャンベル・アーリー」しか印象に残っていない。どちらも、アメリカブドウで、それがブドウだと思っていたが、「リザマート」を食べてからは、ヨーロッパブドウに恋い焦がれてしまった。
山梨の試験場から研修で来た研究員が、持ってきてくれた「ピッテロ ビアンコ」(果実の形からレディーフィンガーとも呼ばれている)は、絶品だった。甘すぎず、食感の良い小さめの果実を、ポリポリといっぱい食べてしまった(個人的には、甘いブドウは2、3粒食べるともういいという気分)。

ヨーロッパブドウとアメリカブドウの一番の違いは、果実の肉質だ。ヨーロッパブドウが噛み切りやすいパリパリした硬い肉質(崩壊性)を持っているのに対し、アメリカブドウの肉質は噛み切れない食感(塊状)を持つ。
また、香りも違う。ヨーロッパブドウの代表的な香りはマスカット香だが、アメリカブドウといえばフォクシー香(狐臭)がどうしても浮かんでくる。いわゆる、ブドウジュースの香りだ。
日本でヨーロッパブドウが主流にならなかった理由は、雨が多く多湿な日本では病気が発生しやすく、また果皮が薄く雨に当たれば割れてしまうためである。そのため、日本では、ヨーロッパブドウは施設栽培で作られており、岡山の「マスカット・オブ・アレキサンドリア」が有名だが、山梨へ行けばいろんな品種がハウスで栽培されている。


シャインマスカット
欧米雑種「シャインマスカット」

日本で栽培されているブドウは、病気に強く果皮が裂けにくいアメリカブドウと肉質が良いヨーロッパブドウとの欧米雑種が多く、欧米雑種の「巨峰」や「ピオーネ」が主流となっている。そんななかで、生まれたのが「シャインマスカット」だ。露地栽培ができ、ヨーロッパブドウの肉質を持ち、皮ごと食べられるブドウができた。ヨーロッパブドウ大好き人間としては、大満足である。
長い時間をかけて交配を進め、アメリカブドウの血を残しつつ、ヨーロッパブドウの血を集積させた、日本のこの気候条件で栽培できるヨーロッパブドウタイプの品種を育成したところに、育種家の熱意と努力をみた。

何かのスイッチで、人は過去を思い浮かべることがある。
ブドウを目の前にして、いつまでも終わることのない懐旧のループ。何もかもが満ち溢れていると思える今と比べ、何もなかったとつい言いたくなる昭和30年代後半。
それでも、子供時代の記憶は甘美だ。おやつ代わりに、果物をむさぼっていた思い出が甦る。小粒の「デラウェア」の果実を次々と口の中に押しだし、口いっぱいにためて甘い果汁を味わっていた幸せな時間。あの頃は、種ありも種なしも関係なかった。

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