果樹研究所

一押し旬の話題

2016年2月18日

果物の立ち位置

ニホンナシ「ほしあかり」
ニホンナシ「ほしあかり」

果物は、かっては「水菓子」と呼ばれていた。
それは、糖分を加えた甘い加工食品である「菓子」が世の中に出回るようになったため、それと区別するために用いられたものであるが、もともとは「くだもの」に「菓子」の字が当てられていたとのことである。前に小欄で、「甘さに対する希求心は、人類の根源的な願望だと思う。」と記したが、甘味を感じる食べ物として昔から身近にあったのは、果物だった。

果樹研では、果樹のいろいろな遺伝資源を保存している。
遺伝資源とは、生物種が長い年月の中で広げてきた遺伝的な変異の総体のことを言い、それには野生種や在来品種、品種育成の過程で得られた系統などが含まれる。例えば、果樹研のつくば本所ではナシ属に属する野生種やニホンナシ、セイヨウナシ、チュウゴクナシの在来品種、ニホンナシ交雑系統等、約600品種・系統が保存されている。
在来品種の中には、果実の特性を示す名称がつけられている品種もあり、甘の字がついている品種が6品種(「甘露」、「甘泉」など)あるほか、「金平糖」、「砂糖梨」、「蟻通」などという甘味を意識した品種名もある。(梶浦一郎.1983.ニホンナシ[1].果樹品種名雑考.農業技術協会より)
また、昨年度黒斑病・黒星病複合抵抗性のニホンナシ「ほしあかり」を品種登録出願したが、黒星病抵抗性の遺伝子は在来品種の「巾着」に由来する。この「巾着」は、甘味が多く財布(巾着)を叩(はた)いて有り金全部出して家に買って帰ったことから「巾着叩(きんちゃくはたき)」と名付けられ、「巾着」と呼ばれるようになった。このほか、一口食べた時、甘くて頬が落ちそうになり、思わず頬を叩いたとされる「頬叩」という名前の品種もあるとのこと。(名前の由来の出典は、上記と同じ)
甘い食べ物が少ない時代に、甘味を感じる果物は重宝されたことだろう。でも、果物は甘味を求めて美味しさを味わう嗜好品であり、その枠から抜け出ることはなかった。

いろいろな果物

嗜好品としてとらえられていたそのような果物の位置付けを、科学的知見が変えた。
2000年に文部省(現文部科学省)、厚生省(現厚生労働省)、農林水産省が決定した食生活指針において、果物は毎日の食生活にとって必需品であると位置付けられ、「毎日くだもの200グラム運動」が開始された。
しかし、運動が開始されてから15年にもなるが、未だに国民一人あたりの果実摂取量は112g/日(平成25年)に留まっており、目標とされた200gに達していない(「果樹をめぐる情勢」農林水産省:果樹のページ)。この摂取量は、国際的に見ても先進国のなかで最低の水準である(詳細は、「毎日くだもの200グラム運動」(うるおいのある食生活推進協議会)HPを参照)。
それは、食生活における果物の必要性・重要性が、国民の皆さまにまだ十分に浸透していないことを意味する。昨年4月に公表された新たな「果樹農業基本方針」にも、「果物は嗜好品ではなく、適量を毎日の食生活に取り入れるべき必需品であるということについて、科学的見地から理解を広める必要がある。」と謳(うた)われている。この記載は、果物がまだ毎日の食生活に十分に取り入れられていない現実を示している。
過去の文章をまた引用してしまうが、かって小欄にも「果物は、嗜好品ではなく、毎日の食生活にとって大切な食べ物であることを、特に若い人たちには意識してもらいたい。」と記した。
果物は、ことさらに調理する必要がなく、簡便に美味しく食べられる食べ物であり、健康維持には果物の摂取が必要なことを改めて国民の皆さまには認識していただきたい。

ニホンナシ「あきづき」
ニホンナシ「あきづき」

花が食卓に飾られていれば、心が華やぐ。飾る花は、野の一輪でも構わない。それだけで、食卓の表情が一変する。それが、心に温(ぬく)もりを与え、心の余裕を生むことになる。
それと同じように、季節の果物を食卓に置いておくだけで、心が豊かになる。花と果物が、食卓に当たり前に置かれてある日常。それが、子供の情緒を育(はぐく)むことにつながると思っている。
子供の頃の思い出は一生もんで、大人になってからも、何かのスイッチでその記憶が甦(よみがえ)ることがある。家族で過ごした和(なご)やかな食事の風景。笑いさざめきながら食べた食後の果物。そのときの楽しかった記憶は、心に一生残る。そんな満ち足りた想いを、すべての子供達に経験させたい。

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