果樹研究所

一押し旬の話題

2015年4月20日

「清見」の軌跡(奇跡)

ウンシュウミカンとオレンジを交雑して「清見」が生まれたということを、前月の小欄で紹介した。「清見」は、我が国のカンキツでは、組織的な育種によって育成された最初の交雑品種である。
戦後すぐの 1949年に、「宮川早生」と「トロビタオレンジ」を交配して得られた交雑実生(品種を掛け合わせて得られた子供たち)から選抜されて、交配から30年経った1979年に、タンゴール農林1号として品種登録された。タンゴール(tangor)とは、tangerine(みかんの仲間)とorange(オレンジ)の交雑でできた系統をいい、「tang」と「or」を組み合わせてタンゴール(tangor)と呼ばれる。

「清見」原木 
「清見」の原木
(果樹研究所カンキツ研究興津拠点)

「清見」は、1果肉が濃橙色で柔らかく多汁であり、オレンジ香がある、2雄性不稔性で単為結果するため、通常は無核となる、ことから生産量が増えてゆき、出荷量が10,000tを超えたのが平成4年。平成13年には、出荷量が20,000tを超えたが、この年をピークに生産量は漸減しつつある。それでも、平成24年度出荷量は14,500t弱あり、今でもカンキツの主要品種の一つである。(農林水産省「特産果樹生産出荷実績調査」より)

このように「清見」は、カンキツの主要品種としての地位を確立する一方、「単胚性」だったため、その優れた品質と相まって品種育成の親としても重宝され、「清見」の血を引く優れた品種が多数育成されている。

 

カンキツ品種「清見」とそのファミリー
清見ファミリー

カンキツは、種子のでき方で「多胚性」と「単胚性」に分かれる。
多胚性とは、一つの種子の中に複数の胚(やがて、植物体に成長する初期段階の個体)が含まれていることをいい、種子には1つの交雑胚(品種を掛け合わせて得られた胚)のほかに、雌しべの中の珠心という組織から発達した多数の珠心胚(雌しべ=母親と同じ特性を持つ)が含まれる。胚の発育は、珠心胚の方が旺盛なため、多胚性の種子から交雑実生が得られる確率はかなり低い。
これに対し、単胚性とは、種子中に一つの交雑胚のみが含まれることをいう。そのため、単胚性の品種を母親にすると、交雑実生を容易に得ることができる。
ちなみに、珠心胚実生は一定の頻度で突然変異が生じやすく、今でもウンシュウミカンで栽培面積第3位(平成24年度)のみかん農林1号「興津早生」は、栽培面積1位の「宮川早生」の珠心胚実生である。「興津早生」は、「宮川早生」に比べ、果汁中の糖・酸が「宮川早生」より高く、濃厚な食味であり、樹勢が強く豊産性である。

多胚性のカンキツは、ウンシュウミカン、オレンジ、ポンカンなどであり、ブンタンなどが単胚性である。
多胚性は単胚性に対して優性であり、単胚性は一対の染色体の両方が単胚性の遺伝子となった場合にのみ生じる。
従って、両方とも多胚性のウンシュウミカンとオレンジの交雑で、尚かつ、交雑実生を得にくいウンシュウミカンから、単胚性の「清見」が生まれる確率は極めて低いと言って良い。

元果樹研究所職員でカンキツの品種育成に携わっていた吉田俊雄氏によると(「清見」誕生秘話、 果樹試験研究推進協議会会報Vol.7)、「宮川早生」と「トロビタオレンジ」の交配から得られた交雑個体はわずかに3個体であり、その中の1個体が、のちに「清見」となったとのことである。
こんな、人知を超えたともいえる、自然が織りなす僥倖(ぎょうこう)に巡り会えたことに、純粋な感動を覚える。併せて、「清見」を生み出した先人の努力には、ただひたすら感謝するのみである。

不知火(通称:デコポン)
「不知火(通称:デコポン)」

その後の「清見」は、交配親として多用され、「不知火(通称:デコポン)」、「はるみ」などの子孫第1世代、「せとか」、「はれひめ」などの第2世代、第3世代の「愛媛果試第28号(紅まどんな)」など、「清見」の血を引く清見ファミリーが形成されていくことになる。
日本の中晩柑を彩る、世界に誇れる、魅力ある品種群。その全てとは言わないが、大部分が「清見」の血筋かと思うと、あらためて「清見」のすごさを感じる。

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