動物衛生研究部門

豚コレラ

診断法

豚熱に特徴的な臨床症状がないが、同一あるいは近傍の豚房において元気消失や食欲不振の豚が複数みられるといった伝染病としての様子があるかをまず判断する。この時、すでに抗生物質や抗生剤などの治療を行っていた場合は強くウイルス性伝染病が疑われ、この段階ですぐに検温などの臨床検査を行う。中でも白血球数の計測は豚熱で顕著にみられる白血球減少を知る上で重要である。通常健常な豚の白血球数は12,000~30,000個/mm3であるが、発熱期には2,000~8,000個/mm3ぐらいまで低下しており、10,000個/mm3未満の場合には豚熱を疑うべきである。また、好中球の左方転移も起きている。豚熱の場合、血液中には大量のウイルスが含まれているため、血液やその際使用した器具類の取扱いには十分注意する。すでに死亡豚や瀕死状態の豚が複数存在している場合には病性鑑定のためにすぐに家畜保健衛生所に連絡する。ただちに家畜保健衛生所では農場への立入検査を実施し、さらに詳細な臨床観察並びに採血を行うとともに、聞き取り調査や農場見取り図作成などの疫学調査情報の収集と病性鑑定に必要な豚や材料を採取する。いずれにしても豚熱の診断では普段の状態と違った異常豚を発見し、如何に早く病性鑑定を行うかが被害を最小限に食い止める鍵となる。

豚熱の病性鑑定は抗原検出、つまりウイルスの直接証明が最も重要である(図9)。ウイルスは感染するとまず扁桃で増殖する(宿主の防御反応でもあるが)ため、扁桃の凍結切片を作製した上で抗原を蛍光抗体法によって検出する(写真8)。凍結切片のための組織とては扁桃の他、脾臓や腎臓も用いられるが、免疫系や細網内皮系の細胞等が散在していることもあって非特異的な反応がしばしば起こるため、扁桃がもっともよい。扁桃にも当然免疫系の細胞等はあるが、特定の部位を観察することによってその問題は回避できるためである。扁桃にウイルス抗原が存在している場合、陰窩上皮細胞の細胞質だけが蛍光を発し、核が丸く黒く抜けてみえる(写真9)。たまたま凍結切片上に感染陰窩上皮細胞が存在しない場合や扁桃に膿瘍が形成されるなどひどく組織が損傷していて蛍光観察に向かない場合もあるため、臓器の凍結切片を作製する際にはウイルス分離に使う乳剤も必ず作製する。乳剤にすることによって一つの感染細胞に含まれている1,000個程度のウイルス粒子が放出され、単位液量当たりの検出効率を上げることができるからである。乳剤は培養細胞に接種して、1~3日後に感染細胞の有無を蛍光抗体法により調べる。感染細胞が検出できない場合は培養上清を新たな培養細胞に継代し、2~4日後に再び蛍光抗体法を行う(写真10)。ウイルス分離には乳剤だけではなく、白血球計測に使用した抗凝血液や次に述べる抗体検査のための血清など血液も使用する。発症期には急性、慢性、遅発性いずれの豚熱でもウイルス血症を起こしている可能性が高く、組織材料を得る必要のない生前検査しても行えるためその意義は大きい。ただし、慢性豚熱のように血液中に中和抗体も持ち合わせていることを考慮して、10倍階段希釈列をつくって培養細胞に接種する。豚熱の中和抗体は8~64倍、つまり2倍あるいは4倍階段希釈列の範疇であり、100倍希釈すると単位血液当たりの中和活性がなくなるものの、感染粒子は十分残るからである。血中に抗体があると乳剤中にも同等の抗体が含まれているため、血液材料に限らず接種材料は10倍乳剤を原液として100倍希釈までを使うとよい。感染時期によってはいずれの方法や組織からも検出されない場合もあり、あまり1頭の個体からの詳細な検出に固執せずに種々の感染時期に遭遇するよう複数の別個体を調べることも肝要である。ウイルスの存否確認の蛍光抗体法の代わりにRT-PCR(図10)を行うことも有用ではあるが、交叉汚染やペスチウイルスの類似性の問題からそのPCR産物のシークエンス(塩基配列決定)が必ず必要となる。ウイルス分離前に乳剤や血液材料を使ったRT-PCRはウイルスの存否が比較的早期にわかるため実施する意義はあるものの、ウイルス分離によって分離株を得ておくことは疫学調査や後の詳細なウイルス学的研究に極めて重要である。

一方、間接証明としての抗体検査にはELISA及び中和試験が用いられる(図11)。いずれの抗体検査も非働化した血清を用い、市販のELISAは2~3時間で判定まで可能であるが、中和試験は反応を行って培養細胞を撒き込む操作だけで2~3時間は必要で、判定までには最短3~4日間を要する(OIEマニュアルによる国際標準法)(図12)。わが国の中和試験では血清を添加しない培地で増殖可能な特殊な培養細胞を使用しており、この細胞では普通起きない細胞変性効果が起きるために判定に染色用の酵素抗体が不要であるものの、さらに判定には7日間を要する(図13)。ELISA及び中和試験いずれの方法でも豚熱ウイルス抗体とBVDウイルス抗体との交差反応は生じ、相互の識別が困難である。しかしながら、同一の被検血清で豚熱ウイルスと識別したい反芻動物ペスチウイルスによる中和試験を行うと、ELISAよりは日時は要するものの抗体価の高低差で豚熱ウイルス抗体か否か判定は可能で、こうした片交差中和試験はEU諸国でも抗体識別に用いられている。異種ペスチウイルス間ではある程度抗体識別は可能であるものの、豚熱の野外感染抗体かワクチン抗体かの識別、つまり同種内のペスチウイルスを抗体検査で識別することは極めて困難である。また、母豚からの移行抗体か、感染抗体かもペア血清や経過血清を調べる得るなど時間を要し、断定的な結論は得られない。抗体検査ではこうした問題があることを十分理解しておく必要がある。

図9.抗原検査のフローチャート

図9.抗原検査のフローチャート

写真8.豚熱感染豚の扁桃

写真8.豚熱感染豚の扁桃

写真9.扁桃の凍結切片法(蛍光抗体法)

写真9.扁桃の凍結切片法(蛍光抗体法)

写真10.ウイルス分離(蛍光抗体法)

写真10.ウイルス分離(蛍光抗体法)

図10.RT-PCRによる豚熱ウイルスの検出

図11. 抗体検査のフローチャート

図11.抗体検査のフローチャート

図11. 抗体検査のフローチャート

図12.酵素抗体染色による豚熱ウイルス力価測定

図12.酵素抗体染色による豚熱ウイルス力価測定

図13.特殊な細胞を用いた豚熱ウイルスの細胞変性効果

図13.特殊な細胞を用いた豚熱ウイルスの細胞変性効果