ニホングリ在来品種の丹波地域から地方への伝搬の分子遺伝学的検証

要約

ニホングリ在来品種の遺伝的な解析により、在来品種は丹波地域とそれ以外の地域のグループに分類される。在来品種の親子解析の結果、一部の地方品種の親が丹波地域の代表品種の「銀寄」であったことから、丹波地域から地方へ在来品種の伝搬が推定される。

  • キーワード:クリ、クラスター解析、丹波グリ、マイクロサテライト
  • 担当:果樹・茶・ナシ・クリ等
  • 代表連絡先:電話 029-838-6453
  • 研究所名:果樹研究所・品種育成・病害虫研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

日本において文献上最も古い栽培の記録をもつクリの産地は大阪、兵庫、京都の3府県が境界を接する摂丹地方で、この地域で栽培されるクリは 丹波グリと総称され、大果であることで知られている。クリにおいて品種としての概念が成立したのは江戸時代以降と推定され、この頃から丹波地域より優良なクリが全国に持ち運ばれ、日本全国に栽培が広がったものと考えられている。しかしながら、この仮説を証明するための分子遺伝学的な解析はほとんど行われておらず、 個々の在来品種の起源、伝搬に関しては不明な点が多い。本研究ではマイクロサテライトの遺伝子型を用いて、個体の類似度に基づいた樹形図を示す階層的クラスタリング、個体の先祖集団の寄与率を推定できる解析プログラムStructureによる遺伝的構造の推定、親子推定プログラムMARCOによる親子解析を行い、在来品種の遺伝的関係を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 階層的クラスタリングにより60の在来品種は2つのクラスターに分かれ、クラスターIは丹波地域の品種を中心に構成されており、クラスターIIは主に丹波地域以外の品種で構成される(図1のa)。
  • Structure解析においては先祖集団の数はK=3と推定され、丹波地域の在来品種の遺伝的構造と推定される灰色、丹波地域以外の在来品種の遺伝的構造と推定される黒色、宮崎県の在来品種の「飫肥早生」に対応する白色に分類される(図1のb)。
  • 両解析において、丹波地域のクラスターであるクラスターIと灰色の遺伝的構造、丹波地域以外のクラスターであるクラスターIIと黒色の遺伝構造は概ね一致したことから、丹波地域とそれ以外の地域の在来品種は異なる遺伝的構造を持つことが示唆される。
  • Structure解析により数品種が黒色と灰色の両方の遺伝的構造を同程度にもつことから、丹波地域と丹波地域以外の品種の交雑が推定される。また、主に丹波地域の遺伝的構造をもちながら他の地方の由来とされる品種や、丹波地域の品種でも他の地方の遺伝的構造を主にもつ品種が存在することから、古くから丹波地方を中心として品種が往来していたことが示唆される (図1のb)。
  • 60の在来品種間の親子解析より、両親が推定された9組合せ、片親のみの親子関係が推定された8組合せが存在する(表1、表2)。これらの中で丹波地域の最も著名な品種である「銀寄」は5つの地方品種を含む6つの在来品種の親と推定され、また、京都の伝統的な品種である「鹿ノ爪」と秋田の在来品種である「伝五郎」においても親子関係が推定される。これらのことから、丹波地域の品種が地方へ伝搬し、地方品種の成立において重要な役割を担っていたことが推測される。

成果の活用面・留意点

  • 階層的クラスラリングおよびStructure解析には36のSSRマーカー、親子解析には175のSSRマーカーで得られたアレルデータに基いている。
  • 本研究で明らかとなった在来品種の遺伝的構造と親子関係の情報は、クリの育種に利用される。
  • ニホングリは日本国内に自生する野生種から栽培化された代表的な果樹であるため、作物の栽培化の研究において本研究は重要な知見となる。
  • 本解析で得られた分子遺伝学的データは、「ニホングリの品種および栽培が普及した過程で丹波地域から地方へ在来品種が伝搬した」という従来の仮説を支持している。

具体的データ

図1,表1~2

その他

  • 中課題名:高商品性ニホンナシ・クリ及び核果類の品種育成と省力生産技術の開発
  • 中課題整理番号:142a0
  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2012~2014年度
  • 研究担当者:西尾聡悟、池谷祐幸、藤井 浩、山本俊哉、寺上伸吾、高田教臣、齋藤寿広
  • 発表論文等:Nishio S.et al. (2014) Tree Genet. Genomes 10:1171-1180