プレスリリース
環境に優しい棚栽培果樹用スピードスプレヤーを開発

- 近接散布で農薬飛散と騒音を大幅低減 -

情報公開日:2011年12月 6日 (火曜日)

ポイント

  • 棚面に近づけて散布できる昇降形のノズル管支持装置により、エンジン・送風機回転数を落としても均一散布が可能となったため、防除効果を落とすことなく、農薬飛散を大幅に減らし、低騒音化を実現できます。
  • 平成24年度に市販化予定です。

概要

(独)農研機構 生研センターでは、第4次農業機械等緊急開発事業において、株式会社丸山製作所、ヤマホ工業株式会社と共同で、昇降するノズル管支持装置により、付着性能 を落とすことなく、エンジン・送風機回転数を下げて、農薬の飛散や騒音を小さくできる棚栽培果樹用スピードスプレヤー(以下、「開発機」)を開発しまし た。開発機は、平成24年度に市販化予定です。 開発機は、棚栽培のナシ・ブドウ園を主な対象としており、ノズルを農薬散布のターゲットになる棚面に近づけて散布できるノズル管支持装置、樹形に合わせて ノズル管高さ・角度を調整できる装置を装備しています。

関連情報

予算:運営費交付金
特許等:出願中


詳細情報

開発の背景と経緯

果樹園における薬剤散布は主にスピードスプレヤー(以下、「慣行SS」)により行われています。送風を伴って機体側方や上方に薬液を散布しているため、 薬液飛散(ドリフト)が懸念されています。平成18年よりポジティブリスト制度が施行され、より一層ドリフトに配慮する必要性が高まったため、農業機械等 緊急開発事業でリンゴなどを対象として、立木用ドリフト低減型防除機およびスピードスプレヤー用ドリフト低減ノズルを平成22年度までに開発しました。

一方、ナシなどの棚栽培果樹は園地と住宅地が近い都市近郊栽培が多く、ドリフトに加えて、薬液散布時のスピードスプレヤーの騒音がトラブルの要因となるこ ともありました。そこで、棚栽培果樹については平成19年度に騒音も低減できるスピードスプレヤーの開発に着手しました。平成21年度までにノズル管支持 装置の基本機構の開発を行い、平成22年度から埼玉県農林総合研究センター園芸研究所、茨城県農業総合センター園芸研究所、さいたま市内生産者の協力を得 て、改良を繰り返しながら長期間の防除効果試験を実施しました。

開発機の概要

  • 開発機は、折りたたみできる左右のノズル管に電動シリンダが取り付けてあり、運転席のスイッチで棚の高さや樹形に合わせ、折りたたみ角度を調整し、棚面に 近接散布します(図1、図2)。ノズル管全体を昇降できる昇降高さ調整部、ノズル管中間部で散布方向が変えられる角度調節部が備えてあり、園地に合った棚 高さ、主枝の誘引角度などに合わせて、ノズル管全体の高さ、散布方向が調整できます。
  • ノズル管先端が枝などに衝突したときにノズル管が安全に折れ曲がる衝突緩衝装置が備えてあります。
  • 開発機には、さらにドリフトを低減するための専用ノズルが装着可能であり、慣行ノズルと切り替えて利用できます(図3)。開発した専用ノズルは2頭口であ り、前方のノズルは慣行ノズルの約2.5倍の噴霧粒径250μmで、ドリフトを抑制しつつ、新梢先端まで薬液を到達させます。後方ノズルは慣行ノズルの約 1.5倍の噴霧粒径150μmで、広角に噴霧し、棚面付近の葉が混んでいる部分への付着性を確保します。
  • 樹体に対して近づけて散布しますので、従来のように大風量を必要とせず、散布時にエンジン回転数を慣行SSの約2500~3000rpmより低い、 1800rpmに設定し、送風機の回転数を低くすることができます。慣行SSでは棚栽培の薬液付着に必要な送風量が290~465m3/minのところ、 開発機では送風量190m3/minと、約30~60%低減できるため、省エネ運転で散布が可能です。

ドリフト低減効果・散布性能等

  • ナシ園で開発機および慣行SSを供試し、殺ダニ剤(コロマイト)を散布量250L/10aで散布して園外に設置したコマツナへのドリフト薬液量を測定した 結果、開発機のドリフト薬液量は園端から10~25mで検出限界値の0.01ppm未満でしたが、慣行SSでは園端から10、15m地点でそれぞれ 0.11、0.03ppmとなり、開発機の高いドリフト低減効果が認められました(表1)。また、専用ノズルを装着した開発機のさらに高いドリフト低減効 果が認められました(表2)。
  • ナシ樹冠内に40枚の感水紙を設置し、棚面から高さ0.5、1.5mの平均付着度を求めました。その結果、付着性能を表す付着度指数は5~7となり、開発機は慣行SSと同等以上の付着性能でした(表3)。
  • 埼玉県農林総合研究センター園芸研究所ナシ園、茨城県農業総合センター園芸研究所ナシ・ブドウ園での主要病虫害の防除効果試験、通年の体系防除効果試験の 結果、慣行SSと同等の防除効果が確認され、出荷可能果実収量も同程度でした(表4)。さいたま市内生産者のナシ・ブドウ園での7~9月の3ヶ月にわたる 長期防除効果試験でも慣行SSと同等の防除効果が確認でき、出荷可能収量は慣行SSと同程度でした。さらに、上記3ヶ所のナシ・ブドウ園での棚下防除にお いて開発機の取扱性には問題がないことが確認できました。
  • 開発機の四方20mまでの騒音を測定した結果、散布時の騒音が85dB以上の非常に高い部分の面積が慣行SSでは約50~210m2であったのに対して、開発機では85dB以上の部分が無く、開発機の高い騒音低減効果が認められました(図4、表5)。

活用面と留意点

樹高(ネット高さ)4m以下、樹列間3.6~8mの棚栽培果樹に、ノズル管を棚面に近づける散布方法で適用可能です。ノズル管を折りたたむと慣行SSと ほぼ同じノズル位置となりますので、通常のSSとして利用可能です。強風下で散布しない、過度の散布量としない等、ドリフトに関する基本的な注意事項を守 る必要があります。

今後の予定

平成23年10月27日に埼玉県農林総合研究センター園芸研究所で現地検討会を実施しました。今後も開発した棚栽培果樹用スピードスプレヤーを積極的に紹介する等、普及促進のための活動を続けていきます。また本開発機は、平成24年度市販化予定です。

用語の解説

棚栽培
針金などで棚を作り、そこにナシやブドウなどの枝、つるを誘引する栽培方法です。慣行SSでは、水平に誘引した棚面の枝から上に伸長する新梢先端に、放射状に配置したノズルから噴霧する薬液を到達させるため、大きな送風量が必要でした。

ドリフト
散布対象とするほ場以外への薬液の飛散です。平成18年から食品衛生法が改正され、農薬が残留しても良い基準値が設定されていない作物に、一律基準 0.01ppmが設定され、農薬が基準値以上含まれる食品の流通を原則禁止する制度(ポジティブリスト制度)が導入されました。果樹園でのSSを利用した 防除は、大風量を伴って薬液を散布するので果樹園以外の水田や畑への薬液の飛散が懸念されています。また、作付けしていない場所への飛散もドリフトと言い ます。

dB
騒音や振動の大きさを表す単位でデジベルと読みます。100dBが電車通過時のガード下、90dBが騒々しい工場内、80dBが地下鉄車内、70dBがバス車内の騒音レベルと言われています。

付着度指数
防除機の付着性能を評価するために、表面が黄色で、水滴が付着すると付着した部分だけが青色に変色する感水紙が用いられます。感水紙全体に対する液滴に より変色した面積に応じて、0~10までの付着度指数が、標準付着度指標(生研センター作成)で設定されています。付着度指数0は液滴による変色がなく、 付着度指数10は液中に完全に浸された状態を表し、指数が大きいほど付着性能が高いことを表します。

図1.2.3 スピードスプレヤー

図4 散布時の騒音レベル