プレスリリース
(研究成果)高β-グルカン含量の"もち麦"「フクミファイバー」

- β-グルカン含量が極めて高く、炊飯後に褐変しにくいモチ性裸麦 -

情報公開日:2019年11月26日 (火曜日)

ポイント

水溶性食物繊維のβ-グルカン1)含量を従来のモチ性大麦(もち麦)2)品種の2倍以上含み、炊飯後の変色の程度が少ないモチ性の六条裸麦3)品種「フクミファイバー」を育成しました。裸麦の基幹品種「イチバンボシ」よりも1割以上多収で、従来の高β-グルカン大麦品種のような"しわ粒"ではないため整粒収量が高い品種です。麦ごはん用のほか、新規用途向け"もち麦"としての普及も期待されます。

概要

農研機構西日本農業研究センターでは、これまでにモチ性大麦(もち麦)品種として裸麦の「ダイシモチ」と「キラリモチ」を育成しています。"もち麦"の長所はモチモチ感があり麦ごはんの食感が良いこと、β-グルカン含量がウルチ性よりも高いことですが、β-グルカンと"もち麦"の知名度が上がり、よりβ-グルカン含量が高い品種への期待が高まっています。

そこで、アミロースフリーのモチ性遺伝子とアミロース含量を高める遺伝子を合わせ持つことにより、通常のモチ性大麦の2倍以上のβ-グルカンを含むモチ性の六条裸麦品種「フクミファイバー」を育成しました。また「フクミファイバー」は、「キラリモチ」と同様に炊飯後も褐変しにくいという優れた品質も有しています。

麦ごはん用の精麦商品のほか、高β-グルカン大麦粉を用いたパンや麺類・菓子類・グラノーラなどへの利用も期待されます。

「フクミファイバー」は、育成地では「イチバンボシ」よりも平均収量が1割以上高く、整粒歩合や外観品質はやや劣るものの、整粒収量が高いなど生育特性も優れています。

関連情報

予算:運営費交付金および農林水産省委託プロジェクト「実需者等のニーズに応じた加工適性と広域適応性を持つ小麦・大麦品種等の開発」(2014~2015年度)

品種登録出願番号:第33464号(平成30年11月1日出願、平成31年2月13日出願公表)

問い合わせ先など

研究推進責任者
農研機構西日本農業研究センター 所長 水町 功子

研究担当者
同 畑作園芸研究領域 畑作物育種グループ 吉岡 藤治

広報担当者
同 地域戦略部 研究推進室 広報チーム長 菅本 清春

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詳細情報

開発の社会的背景・経緯

"もち麦"の需要が高まり、健康機能性成分として大麦β-グルカンの知名度が上がるにつれて、よりβ-グルカン含量が高い大麦品種が求められるようになりました。

「ビューファイバー」と「ワキシーファイバー」など、これまでに育成された高β-グルカン含量品種は、lys5h遺伝子4)を持つことによりβ-グルカンが高含量になりますが、これらの品種は"しわ粒"で粒の充実が悪く整粒歩合が劣り、農産物としての外観品質や精麦加工する際の品質が劣ることが問題でした。

そこで西日本農研では、アミロースフリーのモチ性遺伝子とアミロース含量を高めるamo1遺伝子5)を合わせ持つことによりβ-グルカン含有率が高く、整粒収量が高い裸麦の育成を進めてきました。併せて、ant28遺伝子6)により加熱後の褐変が起こりにくい高品質な特性の導入を図りました。

新品種「フクミファイバー」の特徴

来歴

「フクミファイバー」は、アミロースフリーのモチ性でamo1遺伝子を持つ「四R系3755」と、ant28遺伝子を持つ「四系9814」との交配により育成しました。モチ性とant28遺伝子はそれぞれアミロースとプロアントシアニジンの有無により選抜し、amo1遺伝子の有無は穀粒硬度7)とβ-グルカン含量により推定して選抜しました。「フクミファイバー」がamo1遺伝子を持つかどうかは、amo1遺伝子に連鎖するDNAマーカー(SSIIIaマーカー)によって確認しました(図1)。

主な特徴

  • 「フクミファイバー」は、アミロースフリーのモチ性の六条裸麦(もち麦)で、健康機能性成分の水溶性食物繊維β-グルカン含有率が極めて高い品種です。60%歩留まり精麦のβ-グルカン含有率は11%以上で、ウルチ性裸麦の標準品種「イチバンボシ」の約3倍、既存のモチ性裸麦品種「ダイシモチ」や「キラリモチ」の2倍程度です(表1・図2)。
  • 穀粒は、lys5h遺伝子を持つ「ビューファイバー」や「ワキシーファイバー」など既存の高β-グルカン含量裸麦品種のような"しわ粒"ではありません(写真1)。充実はやや劣り(写真2)、整粒歩合は従来品種より低いが粗収量が多く、整粒収量では「イチバンボシ」よりも約1割(育成地における2012~2017年度平均)多くなります(表2)。
  • 「キラリモチ」と同じant28遺伝子を持つため、炊飯後も変色しにくいという優れた品質特性も有しています(表1、写真3)。
  • 関東以西の温暖地での栽培に適しています。

その他の特徴

  • β-グルカン含有率が高いため、穀粒硬度が非常に高く(図2)、60%歩留まり搗精8)時間がかなり長くなりますが、砕粒率9)は低いです(表1)。
  • 播性程度はVの秋播型六条種で、「イチバンボシ」と比べて出穂期が1日、成熟期が2日程度遅く、稈長・穂長はやや長いです(表3・写真4)。
  • 穂発芽10)性が"易"なので(表3)刈遅れしないように注意が必要です。

品種の名前の由来

水溶性の食物繊維(Dietary Fiber)であるβ-グルカンを豊富に含み、食べた人に健康上のと身体的なをもたらす"もち麦"品種となることを祈念して名付けました。

今後の予定・期待

2019年産は兵庫県福崎町と岡山県美作市などの生産グループが利用許諾をして、合計約2.5haを作付けました。これらの産地では既存の"もち麦"品種より2倍程度のβ-グルカンを含む高付加価値の大麦原料として普及を進め、需要動向に応じて生産拡大を図る予定です。

この他の地域の生産者からも原種苗提供希望の問い合わせがきており、今までにない特性を持つ高付加価値で画期的な"もち麦"品種として、関東以西で広く作付けされ普及することが期待されます。

「フクミファイバー」は、麦ごはん用の精麦商品のほか、高β-グルカン大麦粉を用いたパンや麺類・菓子類・グラノーラなどへの利用が期待されています。

原種苗入手先に関するお問い合わせ先

農研機構西日本農業研究センター 地域戦略部研究推進室 知的財産チーム

TEL 084-923-4107 FAX 084-923-5215

利用許諾契約に関するお問い合わせ先

農研機構本部 知的財産部知的財産課 種苗チーム

TEL 029-838-7390 FAX 029-838-8905

用語の解説

1) β-グルカン:

穀類のβ-グルカンは(1-3),(1-4)-β-D-グルカンで、グルコース(ぶどう糖)が直鎖上に繋がった構造をしています。水溶性食物繊維であり、大麦では胚乳の細胞壁を構成する多糖であるため、搗精加工して精麦にすると含有率がより高くなります。

β-グルカンは、食後血糖値を上げにくくする、血液中のコレステロールの量を適正化する、内臓脂肪を減らす、便秘を改善するなどの機能性を持つことが、ヒトでの試験で実証されています。欧米などでは、1日当たり3グラムの摂取で効果があるとする健康強調表示(ヘルスクレーム)が認められています。日本でも大麦のβ-グルカンを関与成分とする機能性表示食品が市販されています。

2) モチ性大麦(もち麦):

コメなどの他の穀物と同じように、胚乳デンプンのアミロースとアミロペクチンの含有比率により、大麦にもウルチ性とモチ性があります。通常のウルチ性大麦には25%前後のアミロースが含まれています。モチ性大麦は、アミロースフリー(欠失)のものと、5%程度のアミロースを含む在来種型のものがあります。

炊飯するとモチモチして食感が良く、ウルチ性のおよそ1.5倍のβ-グルカンが含まれるという特長があります。

国内では主に瀬戸内地域で紫色の粒のモチ性裸麦が栽培されていましたが、近年はほとんど栽培されなくなっていました。しかし2013年頃から"もち麦"商品が上市されるようになり、2016年には「もち麦ブーム」となって国内需要量が急増して、現在に至るまで需要増が続いています。

3) 六条裸麦:

大麦には穂の形態によって六条大麦と二条大麦に区分されます。穂を上から見て6粒ずつ着粒しているのが六条大麦、2粒ずつ着粒しているのが二条大麦です。

また大麦には穀皮が穀粒に貼り付いていて脱穀しても穀皮が剥がれない「皮麦」と、脱穀すると穀皮が容易に外れる「裸麦(はだか麦)」があります。

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4) lys5h遺伝子:

デンプン合成系におけるADP-グルコーストランスポーターの変異遺伝子です。農研機構作物研究所(現・次世代作物開発研究センター)が育成した「ビューファイバー」「ワキシーファイバー」はこの遺伝子を有しており、原麦のβ-グルカン含有率がそれぞれ10%前後、約11%と極めて高い品種です。それぞれウルチ性とモチ性の"高β-グルカン大麦"と称される画期的な品種ですが、ともに"しわ粒"で充実が劣り従来品種と比べて穀粒の外観が悪く、精麦加工には不向きです。また収量性が劣ることが欠点です。

5) amo1遺伝子:

アミロース高含量化に関与する遺伝子ですが、モチ性遺伝子を合わせ持つとアミロースフリー(欠失)または低アミロース含量になり、高β-グルカン含量になります。

amo1遺伝子を持つかどうかは、連鎖するDNAマーカー(SSIIIaマーカー)によって確認できます。

6) ant28遺伝子:

精麦を炊飯(加熱)して時間が経つと茶色に変色(褐変)することが、麦ごはんが好まれない要因の一つです。この変色はポリフェノールが酸化することによって引き起こされます。ant遺伝子はポリフェノールの一種のプロアントシアニジンの生合成を阻害する突然変異遺伝子で、作用機作によって10種類以上の遺伝子群があります。

この内、これまでにant28遺伝子を持つ品種が育成されており、モチ性の二条裸麦品種「キラリモチ」もその一つです。

7) 穀粒硬度:

文字どおり穀粒の"硬さ"のことです。一般的に、穀粒硬度が高い(硬い)と一定歩留まり精麦の搗精に要する時間が長くなります。また、β-グルカン含有率が高い大麦は穀粒硬度が高い値になる傾向があります。

8) 搗精(とうせい):

大麦を麦ごはん(押麦・米粒麦など)・麦焼酎・麦味噌の原料にする場合は精麦に加工しますが、その際、穀粒の外側を削っていく加工を「搗精」と言います。 一定歩留まり(裸麦は60%、皮麦は55%)の精麦を製造するのに要する時間を「搗精時間」として示します。

またβ-グルカンは胚乳に含まれるため、「搗精」して外皮や糊粉層を削った精麦は、原麦よりもβ-グルカンの含有率が高くなります。

9) 砕粒率:

搗精加工する際に穀粒が砕けて綺麗な精麦にならない細粒が生じます。搗精後の精麦の内、このような細粒の重量比率(%)が「砕粒率」で、低い方が望ましいです。

10) 穂発芽性:

麦の収穫時期に降雨が続いた場合に、種子が穂についたまま発芽する現象を「穂発芽」と言います。見た目で芽が出ていないような程度が軽い場合でも、種子中のアミラーゼ活性が高まることにより、でんぷんが分解されます。

穂発芽程度が大きいと、搗精加工時に穀粒が砕けて精麦の製品率が低下することが懸念されます。また穂発芽した粒を原料として粉利用する場合は、二次加工する際の品質に悪影響を及ぼすと考えられます。

参考図

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