動物衛生研究部門

高病原性鳥インフルエンザ

鳥インフルエンザのワクチンによる防疫と清浄化

掲載日: 2005年9月28日
更新日: 2014年4月18日

はじめに

高病原性鳥インフルエンザの防御の基本は摘発淘汰である。一方で家きんは経済動物であり、必ずしも摘発淘汰が最良の策ではないとの議論がある。近年、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザの多発地域では、適切な監視検査と農場の衛生管理強化を併せたワクチンによる防疫もオプションとして認められるようになり、鳥インフルエンザ防疫対策におけるワクチンのあり方についての論議がマスメディア等でも取り上げられている。そこでこの解説では、鳥インフルエンザワクチンの特性を紹介し、ワクチンを使用した場合の問題点等について考察する。

1.伝染病対策におけるワクチンの使用法

経済動物である家畜の疾病対策におけるワクチンの使用法については以下の考え方がある。つまり、家畜の伝染病対策は、国が対象伝染病の清浄化を目指すか否かよって異なり、伝染病が多発していたり摘発淘汰では経済的損失が大きく清浄化が困難な場合は、国は伝染病の常在化を容認し、その発生被害をできるだけ小さくする目的で予防的なワクチン使用を許可する。この常在疾病ワクチンには、わが国ではニューカッスル病やマレック病等のワクチンがあり、ワクチン接種を継続しない場合、家畜は伝染病の発生被害を受ける危険性が高い。

一方、国際交易を含めた経済的損失面での重要性が高く、国が伝染病の清浄化を目指す場合は、基本的にワクチンは使用せず、摘発淘汰により迅速に清浄化を達成する防疫法を採る。ただし、発生が拡大して摘発淘汰が困難になった場合には、緊急的にワクチン接種で発生数を減少させ、摘発淘汰の併用により清浄化を目指す場合もある。この緊急対策ワクチンには、わが国では鳥インフルエンザワクチンや口蹄疫ワクチン等があり、国は万が一のためにワクチンを備蓄している。緊急対策ワクチンは国の管理の下で一定期間に限定して使用することになり、接種動物は行政部局の監視下に置かれる。

2.鳥インフルエンザワクチンの種類と効果

1)不活化ワクチン

現在諸外国で製造承認されている鳥インフルエンザワクチンの大部分は、ウイルス増殖液をホルマリン等の処理により感染性を無くした不活化ワクチンである。弱毒のH5またはH7亜型のウイルスは鶏間で感染を繰りかえすうちに強毒化する可能性があるため、弱毒生ワクチンは承認されていない。

米国のSwayneらの発表論文1)成績の一部を紹介して、不活化ワクチンの鶏に対する効果とその限界を示す。表は10株のH5亜型及び1株のH7亜型で作製した不活化オイルワクチンを各10羽の4週齢のSPF鶏に接種し、3週後にH5亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスを鼻に接種・攻撃した成績である。H7亜型ワクチン群では発症数、死亡数とも非接種群と同数で、H5亜型ウイルスの攻撃に対して防御効果を示さなかった。全てのH5亜型ワクチン接種群において攻撃後の発症及び死亡例数の減少が認められた。しかし、攻撃3日後のワクチン接種鶏からのウイルス回収成績では、全てのワクチン接種群で80%の鶏の口咽頭スワブからウイルスが回収され、ウイルスの感染と排泄の阻止はできなかった。

H5亜型ワクチン接種群での回収ウイルス量は非接種群に比べて1/100程度に低下しており、ウイルス量が少ない直腸スワブでは5つの群で回収陰性であった。

動物衛生研究所で3社の輸入予定ワクチンの効果試験を2回(1回目はSPF鶏、2回目はコマーシャル採卵鶏を使用)実施した。SPF鶏とは主要な伝染病の病原体感染が無いことが確認された実験用鶏である。用いたワクチンは全てH5亜型の油性アジュバント加不活化ワクチンで、指示書では3週間隔で2回接種するようになっている。ワクチンを2回接種後、3週間目の攻撃では両試験ともワクチン鶏群での死亡、発症は認められなかった。しかし、ウイルス感染の阻止効果については、1回目のSPF鶏での試験では認められたが、2回目のコマーシャル採卵鶏での試験では認められなかった。ワクチン効果の持続性を検討する目的で、ワクチンを2回接種後5ヶ月後に攻撃したコマーシャル採卵鶏での試験では、1社のワクチンでは発病、死亡鶏は認められなかったが、ウイルス回収が陽性であり、他社ワクチンでは7羽中3羽の死亡が観察される等、防御効果が低下していた。

以上の成績と他の論文成績と合わせて考察すると、不活化ワクチンは、(1)一定期間発症と死亡を防ぐことが可能で、(2)ウイルスの増殖及び排泄ウイルス量を減少させる効果はあるが、感染及び排泄を阻止することはできない、あるいは阻止可能期間が5ヶ月以下、であると言える。

表 各種ワクチン株で作製した不活化ワクチンの防御効果とウイルス回収 (Swayneら、1999の表を改変)

ワクチン株攻撃前
AGP陽性 B
防御ウイルス回収 C
株名 AHA亜型無発症数生存数口咽頭スワブ直腸スワブ
非接種 - 0 0 1 10(5.3) 7(1.69)
TO/71 H7 10 0 1 10(4.8) 5(1.26)
TW/68 H5 9 9 9 9(3.6) 1(0.96)
MO/87 H5 9 9 9 8(3.5) 0(NI) D
M10/93 H5 10 10 10 8(3.0) 2(0.97)
M5/94 H5 9 9 9 4(1.8) 0(NI)
TM/95 H5 10 10 10 10(3.4) 0(NI)
J12/94 H5 10 10 10 6(2.6) 0(NI)
Q1/95 H5 10 10 10 8(2.7) 0(NI)
V1/95 H5 9 9 9 7(2.3) 1(0.96)
P3/95 H5 8 9 9 9(3.3) 1(0.91)
C4/95 H5 8 10 10 10(4.5) 2(0.97)

A:各ワクチン株と攻撃株(Q1/95)のHA蛋白のアミノ酸配列の相同性はH7亜型のTO/71では79.6%、その他のH5亜型株では96.8~100%。
B:10羽中の陽性数、ただしMO/87群は9羽中。
C:各スワブにおける回収陽性数。括弧内は平均ウイルス感染価をlog10で示す。
D:NI はウイルス回収陰性

2)組み換えワクチン

鶏痘ウイルスにHA遺伝子を挿入して作製した組換え生ワクチンが開発され2)、メキシコ、グアテマラ、エルサルバドルで応用された実績がある。組換えワクチンは生ワクチンであるため、(1)液性免疫と細胞性免疫の両方を誘導可能、(2)不活化ワクチンより早期に免疫効果が現れる、(3)組換えワクチンウイルスではインフルエンザウイルスのHA蛋白のみが発現しているため、ワクチン接種による抗体と流行ウイルス感染による抗体との区別が容易、等の利点がある。しかし一方では、(1)ベクターウイルスに対する移行抗体を有するヒナでは効果が低い、(2)鶏痘などベクターとなっているウイルスのワクチン接種鶏に対しては効果が低い3)、等の効果面での欠点があること、及び遺伝子組換え生物の使用に関する規制の厳しさ等から実際の使用は上記3カ国に限られている。

3.人獣共通感染症対策

鳥インフルエンザの防疫については、家きんでの被害防除ばかりではなく、ヒトへの感染危害をも考慮する必要がある。通常、鳥インフルエンザウイルスはヒトに感染することはないが、株によりヒトが直接感染して死亡する場合もある。1997年の香港、2003年以降のベトナム、タイ、インドネシア等で発生したH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスがそれに当たる。

ヒトへの感染でもう一つ注意しなければならないのが、鳥インフルエンザウイルスとヒトのインフルエンザウイルスが混合感染した場合に遺伝子を交換して新型ウイルスができる現象である。新型ウイルスはヒトに流行したことがないHA亜型を持ち、ヒトで大流行を起こす可能性がある。

東南アジアでのヒトの感染者のほとんどがウイルス感染鶏等を抱くなど家きんに密着接触し、大量のウイルスに暴露されたことによる感染であり、感染源は家きんである。

ヒトでの感染危害及び新型インフルエンザ出現の阻止には鳥インフルエンザウイルス感染家きんの数を減らし、清浄化することが重要で、そのためには摘発淘汰による早期清浄化達成が最良の対策となる。もしヒトへの感染性を有したウイルスが家きんで蔓延した場合には、ワクチン接種による環境ウイルス量の減少策もオプションとして考えられる。

おわりに

日本では2004年1月に山口県で79年ぶりに高病原性鳥インフルエンザの発生があり、それまでは清浄性を保ってきた。この発生はアジア諸国での大発生の余波を受けたものである。アジア諸国での不明疾病が高病原性鳥インフルエンザによるものと判明してからは、各国の努力により発生は激減した。しかし、清浄化を達成できたのは家畜衛生技術、衛生管理技術のレベルが充分高い数カ国だけである。残念ながら日本では新たな弱毒型のH5N2型鳥インフルエンザウイルスの侵入を許したが、関係諸機関や被害にあわれた農家を含めた養鶏業界との密接な協力のもと、早い段階での清浄化達成は十分可能な状況にある。

国際的にも高病原鳥インフルエンザの防疫対策としてのワクチンの使用は、あくまでも清浄化達成の一手段であるととらえられている。つまりワクチンの使用は、鳥インフルエンザが地域に蔓延した場合に地域や期間を限定してワクチンを使用することによって環境中のウイルス量を減らし、感染の拡大や、人への感染のリスクを低下させる手段と考えられている。このため、ワクチンの使用に際しては、適切なサーベイランスと感染鶏群の摘発淘汰を併用することになっている。適切なサーベイランスと摘発淘汰を伴わないワクチンの継続的な使用は、ウイルスの常在化を引き起こし、清浄化が困難になることは諸外国の例からも明らかである。また、不活化ワクチンが感染防御を保証しない性質のワクチンであるため、その継続的使用下では清浄状態の証明には多くの困難が予想され、市場での競争力の低下を招くことも懸念される。

消費者は、清浄であることが保証された環境で飼育されたクリーンで安全な食肉食卵を望んでいる。鶏肉鶏卵の安定した生産と消費を維持するために、産業、行政、研究機関が一体となって清浄化を達成・維持することが目指すべき方向と思う。

文献

  • Swayne DE, Beck JR, Garcia M, Stone HD. Influence of virus strain and antigen mass on efficacy of H5 avian inf luenza inactivated vaccines. Avian Pathology 1999;28:245-55.
  • Swayne DE, Garcia M, Beck JR, Kinney N, Suarez DL. Protection against diverse highly pathogenic H5 avian influenza viruses in chickens immunized with a recombinant fowlpox vaccine containing an H5 avian influenza hemagglutinin gene insert. Vaccine 2000;18(11-12):1088-95.
  • Swayne DE, Beck JR, Kinney N. Failure of a recombinant fowl poxvirus vaccine containing an avian influenza hemagglutinin gene to provide consistent protection against influenza in chickens preimmunized with a fowl pox vaccine. Avian Dis 2000;44(1):132-7.